第三話 学校の差と兄弟の差
美濃島、と名乗った男子は基晴の顔に視線を向けたまま笑顔を少し消した。
「天城くんもさ、入学したばかりでワクワクしてるのに、新しい環境を貶されたら腹立つぞ」
上から目線でもないが、さっきの発言を叱っているのは分かる。そんな美濃島の言葉に力強く頷く伊庭にもまた苛立ち、基晴は落ち着いて反論を始めた。
「この学校を貶したわけじゃない。でも、創成学園は本当に名門校だろ。日本で初の国立宇宙開発学校で、世界的評価も高い。宇宙関連の技術ならなんでも学べるし、宇宙船関連資格とか宇宙医師免許とか、難易度の高い資格を取るひとも多い」
宇宙開発学部では一番の国立の名門校とされる、創成宇宙開発技術学園、略称は創成学園。
淡々と語る基晴に、美濃島が大げさに驚いた表情を見せた。
「天城くんはずいぶんと創成学園について詳しいんだね」
「アニキが中等部から通ってるんだよ」
からかうような口調につい零すと、
「あにき、って……誰のだよ?」
今度は伊庭が驚きの声を出した。
「いや、俺の兄だけど」
また釣られてはっきりと答えてしまった。
基晴の兄、信晴が創成学園に通っているのは隠したかったのに。
「えっ!? なんで? そんなに頭良いのかよ? おまえの兄さん!?」
「まぁ……子どもの頃から優等生だよ」
「創成学園の何学部に居るんだ!? 宇宙船関連か、それとも……」
何だコイツ、実際は創成学園に憧れてるんじゃないか。
「操縦士だよ。アニキは将来、おまえの夢の宇宙船操縦士になるんだよ」
自棄になって基晴は答える。
信晴は宇宙船操縦士を目指して創成学園中等部受験に合格し、そのまま好成績をキープする優等生だ。このまま進めば在学中に操縦士資格も取得するだろう。
学生が宇宙船操縦士資格を取るのはかなり凄い事で。「輝かしい日本の宇宙開発を担う若人」なんて報道される。
「それ、もう操縦士試験に合格した、って事か!? それとも模試の結果が良かったのか?」
「そんなの知らねーし。もし知ってても、今日会ったばっかのやたらと騒がしい奴になんか教えねーよ」
「なっ……なんだよ、その言い方!?」
伊庭は拳を握り締めて立ち上がったので、殴られるか? と基晴も身構えたが。
「だーかーら、喧嘩は止めよう、って言ったろ? 伊庭もさ、他人の家族について根掘り葉掘り尋ねるな」
間に入った美濃島に宥められ、ふたりの口論は止まった。
伊庭の質問責めに遭ってぐったりと疲れて、ぼんやり歩いていた帰り際の廊下で。
「なっ、なあ、一緒に帰ろうぜ」
基晴を呼び止めて、隣に並んだのは伊庭だった。無言で脇をすり抜けたが、するりと正面に回り込まれて。
「さっ、さっきはごめんな……」
やけにしおらしくなったな。
「俺もすまなかったな」
無視はせず謝って帰ろうとしたが、脇へ進むとでかい身体で道を塞がれた。
「そっ、それで今度さ、おまえの家に遊びに行っていいか?」
大声で正直な意思を告げられて。
「……俺のアニキに会いたいのか?」
心中を察した基晴がそのまま尋ねると、伊庭は大きく頷く。
「クラスメイトが会いたがってる、って言っとくよ」
会話を終わらせて基晴は早足で歩くが、伊庭はずっと斜め後ろをついてくる。
「あのなぁ、今日これから会うのは無理だぞ? 突然そんなこと頼まれたって、アニキも忙しいんだし」
流石に立ち止まって怒鳴り付けると、
「当ったり前だろ、そんなの知ってるよ」
伊庭も苛立った様子で応える。
「じゃあなんでついてくるんだよ」
「今日はただ、おまえと一緒に帰ろうとしただけだろうが」
「おまえさ、俺と仲良くなってアニキにも気に入られて、創成学園の授業をこっそり受けたいのか? 気持ち悪い考えだな」
「なっ……」
今度こそ殴られるか? そう警戒して基晴が身構えると。
「ねぇ、ふたりとも止めなよ、廊下で言い争いなんて」
ふたりに制止の言葉を投げたのは、美濃島、では無く……高浦汀だった。
「さっきは美濃島くんが注意してくれたけど、本当は自分も言いたかった。だから今度はちゃんと言う。伊庭くんも天城くんも、さっきから先輩達にちらほら見られてる。今年の一年生は仲が悪い、って思われたら他の人達が困る」
しっかりとした口調で諭す高浦は表情も真面目で。
「あっ、あぁ……ごめん、高浦さん……」
伊庭は大人しくなり、大きな身体を縮める。
苛立ちから口論を続けていたが、全生徒の帰り道となる場所で喧嘩するのは確かにみっともない。
そんな馬鹿な男子生徒に注意するのも目立つだろうに、高浦には優しさの他にも度胸がある。
「俺もごめん、高浦さん」
基晴も頭を下げた。
「ううん、分かってくれたならいいんだ」
安堵した様に微笑む高浦に、基晴もほっとして。
「よかったら、アニキと会うとき高浦さんも一緒に来ないか?」
高浦が創成学園の生徒に興味があるかは分からなかったが。伊庭だけ連れていくと、やたらと騒がしくなる。
「自分もいいの? ありがとう、嬉しい」
基晴が軽い調子で誘うと、高浦は明るい笑顔を見せた。
「高浦さんも来てくれるなら、俺も嬉しい! そうだ、克洋さんも誘おうぜ! 大勢のほうが勉強になるし!」
基晴と高浦を遠ざける様に、強引に伊庭が二人の間に割って入る。こいつ……本当に分かりやすいガキだな。




