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僕等の有人宇宙機  作者: 高柳 祥
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第二十九話 基晴の避難所


 佑依さんが用意してくれた、フリーサイズのTシャツとハーフパンツに着替えた基晴と美濃島は、布団に寝転がって話す。


「俺の経歴を説明したら、最後に東宮の生い立ちについて謎が出て来たな」

 

 美濃島はしみじみと語る。

 確かにあいつが折尾先生に告げた施設の名前は、基晴も聞いたことの無いものだった。それに、宇宙医師を目指す東宮が、婦人科の医師に教えてもらいたい事とはなんなのか、それも謎だった。


「折尾先生はなにか知ってるみたいだったけど……訊いてみるか?」

「いいや、そのうちあいつも自分から話してくれるだろ」

 心配そうな基晴に、美濃島は落ち着いて答える。そうだな、こいつも色々な事を教えてくれたのだし。

 

「美濃島もさ、今日は話してくれてありがとう……あと、ごめんな」

 礼と一緒に謝罪すると。

「迷惑かけた、って思ってるのか? 泊めてくれたのは折尾先生だぜ」

「でも俺は、おまえが操縦士諦めたの、母親のせいにした」

 途切れ途切れに想いを語ると。

「まぁ、そう言っちゃそうだし。表現の違いだ」

 美濃島はごろん、とこちらを向いて明るく笑う。基晴が「母親が倒れたら操縦士を諦めるだろう」なんて言葉には怒りを見せていたのに、もう許してくれたのか。


「それに俺が諦めようとしたのは、母さんの病気だけじゃないんだ……」


 またごろん、と空を向いて美濃島は呟く。眠くなったのか、語りたくないのか分からないが。それ以上はなにも尋ねず。基晴も、教室で倒れてからここまでの一連の流れで精神面の疲労は癒されたのか、ぐっすりと眠りについた。



 そして翌朝。カーテンの隙間から差し込む陽射(ひざ)しとハーブの香りで目覚めた基晴は、美濃島と朝の挨拶を交わす。


「これから俺は、朝ごはんご馳走になって、いったん家帰って、親と話してから学校には行くけど。基晴はどうする?」

「俺もそうしようかな、ありがとう」 

 一晩ですっかり馴染んだ基晴は、もう「図々しくないだろうか」なんて心配しなくなっている。美濃島が折尾先生や佑依さんと家族のように接するのも、こいつの人馴染みする性格だけでなく、この場所の和みやすさもあるんだ。


 洗面所を借りて顔を洗い、さっぱりした基晴が軽い気持ちでタブレットの電源を入れると、画面に現れた情報にぎょっとした。母から沢山の留守番電話が入っていたからだ。


 時計を見るとまだ七時前だが、普段の母なら通勤時刻だ。でもこのまま帰宅するのも嫌だし、かといってずっと逃げ回る金も度胸もない。


 恐る恐る母に電話すると、すぐに繋がり。

「あなた、いまどこに居るの?」

「えっと……友達の家」

 正確には違うが、「友達の知人の家」なんて答えると話がややこしくなる。

「友達、って学校のひと? なんでそんな所に居るの? ずっと電源を切ったままで、いつからそこに居るの? 私からの留守番電話は聞いた?」

 母の口調に怒りは見えないが、向こうも焦っているのか、答える前にまた質問が次々と投げられてきて。うろたえながらぼそぼそと返事をしていると、基晴の肩が軽く叩かれた。


「基晴のお母さんですか? 俺は美濃島克洋、っていいます。基晴のクラスメイトでサークル仲間です……それが、基晴は昨日の放課後、教室でいきなり倒れまして。だから俺が馴染みの病院に連れて来たんです」


 差し出された手に操られるように、自然とタブレットを渡すと。それを受け取った美濃島はべらべらと語り始めた。


「……本当ですよ。ここは病院で、お医者さんもいます。心配でしょうから替わりますね」


 そして基晴のタブレットは折尾先生に渡された。


「あとは折尾先生に頼もう」

「でっ、でも俺がこの病院に来たのは、俺が倒れたからじゃない」

「嘘も方便だろ。おまえの母さん、怒り狂ってもパニックでもなかったぜ。ほら、佑依さんの淹れてくれた紅茶飲もう」


 誘われて入ったリビングルームにも母と話す折尾先生の落ち着いた声は響いてきたが、基晴は心の中で耳を塞いで。自然に美味しいクロワッサン、サラダ、オムレツ、そしてほっとする紅茶をご馳走になった。



 折尾先生と佑依さんに心からお礼の挨拶をして、バス停で美濃島と別れると。何を言われるか、何て応えようか、家までの道をぐるぐる悩んでいた基晴は、重たい玄関の扉を開けた。


「……母さん?」

 ぼんやりとソファーに座っていた母に、恐る恐る声を掛けると。

「あら、基晴。さっきの電話で聞いたけど、もう元気になったんですって?」

 案外あっさりとした反応が返ってきた。

「うん。だから、これから学校にも行くよ」

 しかし、基晴からのそんな言葉には母は立ち上がって顔をしかめた。


「なにを言ってるの、基晴。母さんとちゃんと話しなさい。一昨日(おととい)に先に帰ったのは、信晴からお金を貰ったからですって? そのときは、なんて言われたの?」

「それは……」

 厳しい質問に口籠る。信晴の為にも、基晴の為にも、そんなこと答えられる訳がない。

「遅刻するから後で話すよ。じゃあ、いってきま……」

 

 母と視線を合わせると、パチン、と力強く頬を叩かれた。


「あなたまで親から逃げるつもりなの!?」

「逃げる、って……俺はただ、学校に行こうとしただけだよ」

「だけどまた連絡が取れなくなったらどうするのよ!? 病院に泊まった、なんて言われても信用出来ない。基晴まで信晴の向かった場所へ付いて行ったら、なんてずっと心配してたのよ?」


 信晴がどこへ行ったか知っているのか? 気にはなったが、でも現在の基晴がそれを知ってもなにも出来ない。


「タブレットの電源切ってたことは謝るよ。でもそれは母さんから逃げてた訳じゃなくて、友達との話に集中したかったんだ」

 美濃島の経歴を知りたかったのは事実だから、半分嘘で半分本当だ。懸命に訴える基晴に、母は大きく首を横に振ると。


「もう疲れた……勝手にしなさい!!」


 言葉で追い出されるように外に出ると。玄関の扉の鍵が、カチャリ、と中から閉められた。



 最初に職員室で遅刻を謝罪すると、もう昼休みだ。

 基晴が教室に入ると、美濃島もちゃんと席についていた。


「天城くん、お弁当は持ってきてないの?」

「あぁ、忘れた。なにか買うよ」

「じゃあ今日は休憩所に行こうか」

 わしづか専門学校には食堂や学食は無いが、販売所と飲食スペースの休憩所はある。高浦の誘いに、皆で教室から出て。タブレットをふと覗くと、母からメッセージが入っていた。


「基晴はさ、無断外泊から母さんに怒られたんだろ。今日はちゃんと帰れるのか?」

 美濃島の質問に、基晴はさっき読んだ母のメッセージをじっくりと読み返す。

「家出しなくても、先に母さんが出て行った……しばらく兄さんの所に行ってます、って連絡が来てる」


「えっ!! 稲地さん、どこに居るんだ!?」

 驚いた伊庭の問い掛けに、基晴は俯く。

「知らないよ……母親はただ、信晴の居る場所、としか言ってない」


 帰ったらしっかり母と話し合うつもりでいたのに、これからどうすればいいのだろう? 基晴がぐったりと考え込んでいると。


「ウチに来いよ。悩みがあるのにひとりぼっちだと怖いだろ」

「それはそうだけど……」

 いつまでも美濃島に甘えていていいのか?


「しばらくシェアハウスで暮らせば」

 離れた場所からの言葉に基晴が、きょとん、とすると。

「自分の居る施設。そこは保護者が病気とか、ひとりでの生活が難しい未成年者が助け合うシェアハウスでもある。いきなり親がどっか行っちゃって困ってるなら、丁度良い避難所だよ」

 頬杖をついた東宮が丁寧に説明する。

「……ありがとう」

 基晴は今度は、東宮の言葉に甘えることにした。


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