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僕等の有人宇宙機  作者: 高柳 祥
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第二十八話 語り終えた夜


 美濃島の過去の話から、基晴の心にはふと兄の信晴の姿が(よみがえ)った。


 信晴は厳しい父親に押し付けられて宇宙船操縦士を目指していたが。

 美濃島は気遣う母親の身体を大切に想い宇宙船操縦士を諦めたのか。


 ふたりとも才能ある人間なのに。それなのに……。 


「親の言う通りに将来決めていいのか?」

 膨れ上がった想いに思わず、厳しく基晴が告げると。

「母親も父親も、克洋の思うがままやりなさい、って言ってくれてるよ。俺が創生学園を辞めたのも、いったん操縦士への道を諦めたのも、親からの命令じゃない」

 美濃島も険しい口調に変わった。


「でも、本音は違うだろ! 息子が宇宙に出るのが嫌で、おまえの母親は病気になったんだろ? これからプロ操縦士になっても、また母親が倒れたら、おまえも今度はきっぱり辞めるんじゃないか?」


 基晴が責め立てると、美濃島に睨み付けられた。いままで見たことのない、怖く悲しい表情で。


「ねぇ、きみ、名前はなんて言うんだい?」

 ふたりの間に入り、基晴に問い掛けたのは折尾先生だった。

「天城……天城、基晴です」

 美濃島と争いになるのを止めようとしているのか? 基晴が素直に名乗ると。


「基晴くん、静枝さんは本当に、克洋くんが操縦士になるのを応援しているよ。現在(いま)も昔も、それは変わらない。でも基晴くん、ひとの心は複雑で、応援していても不安にもなるんだ」

 基晴の名前を繰り返して、折尾先生は穏やかに諭す。その教えに、基晴はぐっと言葉を詰まらせた。それは確かだったから。


 基晴も、本気で信晴が操縦士になるのを応援していた。でも自分にはなれない夢を叶える兄に嫉妬もしていた。そして「操縦士にはならない」信晴が断言した現在は、応援も嫉妬もなく、疑問だけが心にある。


「克洋さんが悩んだのも、克洋さんのお母さんが病気になったのも、廃止団体が悪いでしょう! なんで訴えないんですか? わざわざ家まで押しかけて脅すなんて!」

 

 無言となった部屋で、今度は伊庭が大声を張り上げると。

「きみの名前はなんて言うんだい?」

 また折尾先生が穏やかに尋ねた。落ち着いた伊庭がフルネームを名乗ると。


「賢司くん、廃止団体も克洋くんを脅したわけじゃない。宇宙へ向かう若者の命を守ろうとして、静枝さんに自分達の想いを語ったんだ。少し熱心過ぎたけどね。美濃島家の皆さんは本当に宇宙の安全を信じています、自分がそう告げたら反論はせず、もう克洋くんの元に訪れてはいないし」


「でっ、でも! 宇宙船操縦士って、そこまで危険な仕事になるんですか!?」


 伊庭の言う通り、世界でも日本でも既に宇宙での業務は一般化されている。それに日本での操縦士試験は他国よりも難関で、その理由のひとつに、安全性の高い技術があるからだと教わっている。危険性から宇宙船操縦士資格廃止なんかを語る人間の方が少数派で珍しいのに。


「実際に宇宙船事故もあるし、絶対に安全です、とは言えないけれど……賢司くんも操縦士を目指しているのかい?」

 折尾先生からの問いに、伊庭が力一杯頷くと。

「それなら、自分は危険な操縦士にはならない、と信じていれば大丈夫だよ。克洋くんも、賢司くんも」

 ずっと穏やかに、でもしっかりとした口調で名前を呼ばれて、伊庭は黙って頷いた。


「ありがとな、怒ってくれて」

 美濃島は伊庭と基晴の顔を交互に見て笑うと。 


「危険か安全かだけじゃなく、宇宙での仕事なんて物凄い遠い場所に行っちゃうわけだろ……なかなか会えないのも、よく考えたら嫌だったんだよ」


 しみじみと語る、それは美濃島の本心だろう。母親が高齢なのも、離れ離れになるのが辛い理由のひとつだろうか。周囲の親子よりも、一緒に居る時間が少ないから。


「それって、血が繋がってるから?」

 突然問い掛けたのは、東宮だった。

「自分は、東宮峻、って言います。親や兄弟は居なくて、ずっと施設で育ったんです。だからそういう、親子の心理、っていうのが分からないんです」


 折尾先生から訊かれる前に自分から名乗って、続けて自身の経歴も告げる。でも悲しい過去を語るようでもなく、東宮からはなんの感情も見えなかった。


「俺が母さんの傍に居たいのは、単純にあのひとが好きだからだよ。東宮には居ないのか? 傍に居たい相手」

「ふぅん……居るかもしれない。すまなかったな、変なこと訊いて」

 軽い調子で問う美濃島にしばらく考えると、東宮もあっさりと答えた。


「じゃあ、折尾先生。今日は突然頼んだのに親切に話してくれて、どうもありがとうございました」

 説明会を終わらせる合図のように、美濃島が礼を言うと。

「自分もきみ達の話を聞けて嬉しかったよ」

 いきなり押しかけたのを迷惑な様子は全く見せない。


「わしづか専門学校に入ったのも、折尾先生のおかげだし。そこの理事長の知人でもあるんですよね」


 それなら、このひとの存在で美濃島はわしづかの校長とも親しかったのか? また疑問が湧いたが、やはり尋ねるのは止めた。


「皆、夕食は食べていくの?」

 そんな佑依さんからの言葉に時計を見ると、もうかなりの時間をここで過ごしていた。


「自分は帰ります。美濃島くんも、折尾先生も、沢山の話をありがとうございました」

 丁寧な挨拶をした高浦に、伊庭と東宮も帰宅の準備を始める。


 自分も帰らなければ、基晴はそう思ったが。

 帰れば母は居るのか? 昨夜の母は父とどんな会話を交わして。そして今夜は、基晴も信晴の話を振られるのだろうか。


「俺は長々と喋って疲れたし……今夜は泊まっていいですか? 久しぶりに」

「ちゃんと連絡すれば、自分達は構わないよ」

 折尾先生から承諾を得た美濃島は、笑顔で基晴の顔を見ると。


「基晴も一緒に泊めてもらえば」

 軽い調子で尋ねた。帰りたくない気持ちは見抜かれていたのか。

「それは、嬉しいけど……いいんですか?」

「うん、構わないよ。狭い部屋になるけどね」

 そこまで図々しくはなれない、そう遠慮しようとしたが。結局基晴は、折尾先生からの優しい返事に甘える事にした。


「帰ったら矢郷さんに連絡するけど、全部話して良いの?」

「うん。矢郷さんも椛島も、俺のこと気に掛けてくれてるだろう」

 東宮からの質問に答える美濃島は、椛島からは暴言吐かれたのに、怒ってないのか。


「ありがとう、美濃島」

 椛島の代理なのか、東宮は礼を言うと。

「折尾先生も、佑依さんも、今日はありがとうございました」

 今度は折尾先生に向き合って礼儀正しく頭を下げる。

「興味深い話でした。また色々と教えてもらえますか?」

「自分はただの医師で、医学の教師じゃあないよ」

 東宮の依頼に折尾先生が笑うと。


「でも、婦人科の医師で、わしづかの理事長とも親しいなら……自分が居る施設の名前は、アトモスフィア、といいます」


 折尾先生から笑顔が消えて、複雑な驚きに変わる。しかし東宮の表情は変わらず、言葉を続ける。


「知識はあるでしょう? 自分はそこに、一歳の頃から住んでます。宇宙医師を目指す動機も、生い立ちからです。宇宙医学のみでなく、人間(ひと)はどこでどうやって生まれるのか、それも詳しく知りたい。だからぜひ、また教えて下さい」


「うん、自分の話にそう思ってくれたのなら……分かりました」

 しっかりと語り終えた東宮の顔をじっと見つめると、折尾先生は頷いた。


 基晴は美濃島と共にバス停へと帰って行く三人を見送ると、さっきまでの部屋に戻り夕飯をご馳走になる。そして、布団の敷かれた部屋へと案内された。



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