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僕等の有人宇宙機  作者: 高柳 祥
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第二十六話 胎児からの過去


 折尾先生は机の上に置いたノートパソコンを開いて、カタカタ……となにやら資料の検索情報を打ち込むと。


「女性の身体は、四十代後半になると卵子や子宮の能力の低下から、妊娠して出産するのは難しくなるけれど。五十歳以上の出産も少数で存在する」


 医師というより教師のように、基晴たちに丁寧な説明を始めた。そして美濃島はほっとした表情を見せるが。


「克洋くんの母親の静枝さんは、三十代後半から不妊治療を始めて。しばらく人工受精を繰り返してね。そして克洋くんが産まれたんだ」

 

 折尾先生の口から出る妊娠や出産という単語に、基晴の頭はまた混乱した。同じテーブルには高浦も居るのに、どうしていきなり性の話になったんだ? 

 どうやら伊庭も焦っており、佑依さんから渡されたハンカチでぐしゃぐしゃと額の汗を(ぬぐ)っているが。


「体外受精からの代理母出産は選ばずに? 母親にも産まれてくる子どもにも、両方の身体(からだ)に負担が掛かるから、高齢出産ではそちらがメジャーだと聞きますが」


 ふたりと違って東宮は冷静に問い掛ける。こいつが医学に詳しいのは勉強会でも知っていたが、そんな質問も出せるのか。


「胎児のころから私自身で育てたかった、とも言っていたの。現在の医療では五十代でも出産可能だし」

 佑依さんが東宮の傍に寄り、美濃島の母の想いを語ると。

「夫婦ふたりきりの生活も楽しんでたけど、不妊治療も続けてたら、偶然に俺ができたらしい」

 美濃島はのんびりと続ける。

「そのときのデータはここに残っているけれど……美濃島、克洋。障害も無く未熟児でも無い、健康な新生児だよ」

 パソコンを見ながら折尾先生も語る。美濃島が幼い頃から健康なのは事実なのか。

 しかし本格的に治療して息子が産まれたなら、さっきの東宮の言葉にもあったが、母親の身体は弱っただろう。


「さっき伊庭の言った通り、美濃島自身は元気でも、母親のために創成学園を辞めたのか……」

 思わず基晴が呟くと、美濃島はこちらに笑顔を向けた。

「さっき佑依さんからも聞いたろ。椛島にも整備士やってる曽祖父(ひいじい)さんが居るじゃん。俺の母さんも、そんな感じでまだまだ元気な社会人なんだぜ」


 じゃあなんで美濃島は、俺たちを病院に連れて来て、医師の言葉を借りてまで、母親の高齢出産の話をしたんだろう。


「でも基晴の言う通り、母親のため、母さんが心配、それが俺の創成学園を辞めた動機……それは正しい」

「どういうことだ?」

 曖昧な言葉に質問を投げると、困惑した美濃島は、助けを求める視線を折尾先生や佑依さんに投げる。


「自分が頼まれたのは、克洋くんの身体と、彼の母親の身体の説明をする、というだけだったけど……創成学園、その中での、宇宙船操縦士……それについても説明しようか」


 穏やかに尋ねる折尾先生に、美濃島はしばらく黙っていたが。


「いいえ、ここから先は俺が話します……うん、皆に伝えるにはそっちの方が良いや。折尾先生や佑依さんにも聞いて欲しいし。ありがとうございます、俺を産んでくれた母さんの説明してくれて」


 そして美濃島は自身の言葉で、過去に起こった出来事を基晴たちに語り始めた。



 *   *   *   *   *



 そう、二年前の冬。その頃は十六歳だった美濃島克洋は浮かれていた。

 周囲から得る自分への声や、インターネットでの自分についての言葉から、少し、いやかなり調子に乗っていたんだ。


「ただいま!」


 克洋は鼻歌交じりで早足で最寄駅から自宅に向かい。大きな挨拶と共に玄関のドアを開けた。

「あれっ、母さん? 居ないのー?」

 リビングのドアを開けても、いつも「おかえりなさい」と笑顔を出してくれる母親は居らず。おかしいな、と辺りを見回すと、なにやら客間から話し声がする。


「あら……おかえりなさい、克洋」


 そろそろと(ふすま)を開けると、焦って振り向いた母親の向かいには見知らぬ女性が座っていた。


「このひとが息子さんの、美濃島克洋くんですか?」


 ぼんやりと突っ立っている克洋の顔に目をやると、女性はきっぱりと尋ねた。怖い顔ではないが厳格な雰囲気を(かも)し出している。


「はい、こんにちは! あなたは誰なんですか?」


 笑いながら尋ねる克洋には、また「馴れ馴れしく話し掛けないの」なんて叱られるかな。しかし母は無言のままで。


「貴方が、最年少で宇宙船操縦士試験に合格した、という……宇宙開発技術創成学園に中等部から入学し、現在は高等部一年生の……」


 謎の女性はすっと立ちあがると。克洋のプロフィールをぶつぶつ呟きながら、頭からつま先までをじっくりと眺める。


「マスコミの方ですか? そうしたら、まず着替えてきますけど」

「違うのよ、このひとは報道関係者ではないの」

 明るく尋ねた克洋に対し、母親は焦るように答える。そして、タブレットを見ながらぶつぶつと独り言を呟く女性に視線をやると。


「それでもこちらは、あなたとも一緒に話したいでしょうから……そうね、克洋、着替えてらっしゃい」

「うん、分かった」

 よく分からない母の言葉に返事をして、克洋は客間から出た。


 自分も入れての話だと、宇宙服関連のセールスか? それならば客間には入れず、母が玄関口で追い返す。

 じゃあ、創成学園から我が校へ転入しませんか、なんて勧誘か? それも母ひとりでやんわりと断る。

 いつもはしっかりした母が困惑していたし、あのひとはどこの誰だろう?

 

 

「あのぅ……着替えましたけど」

 克洋が色々と考えを巡らして、また恐る恐る襖を開けると。いきなり女性が立ち上がり、こちらへ向かってつかつかと歩いて来た。

「初めまして、美濃島克洋さん。(わたくし)角恵理那(すみえりな)と申します」

「はぁ……はじめまして」

 眼前にタブレットの身分証明書画像が突き付けられ。克洋は呆然としたが、いちおう挨拶は返して、しげしげとタブレットを観察した。


 角、恵理那……顔写真、生年月日、血液型、本籍、そして職業欄。


「宇宙船操縦士資格……廃止運動?」


 思わず声に出して読んでしまった克洋に、角、という女性は力強く頷いた。

「今日は、私達の行っている運動についてお話に来ました。」

 克洋を見つめる瞳は炎が見えて、運動を話す口調にも熱が(こも)っていたが。


「角さん、説明は座って、ゆっくりとお願いします。この子は操縦士資格は持っていても、まだ十六歳です。さっき私に話してくれた、貴女(あなた)の持つ様々な考えを、一気にぶつけないで下さい」


 いつも通り丁重だが強気な母の口調に、角はまた母の向かいに腰掛けると。それから彼女は、まだ十六歳のガキが宇宙船操縦士に就くことの危険性を、たっぷりと訴え始めた。



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