第二十三話 詰問への拳
どうやら基晴は一時間程、保健室で休んでいたらしく。飲料を摂ったらすっかり落ち着いた。別にどこか苦しいわけでもなく、張りつめていた心の糸が切れてぐっすり眠っていただけだ。
「他のみんなは地下倉庫に居るから、私もこれから混ざるけど。天城くんは家に帰って休む? それとも、私と一緒に地下倉庫に行く?」
矢郷からの問いには迷ったが、皆に心配をかけたままでも気まずい。そして、ひとりきりで家に帰るのも嫌だった。
基晴は保健室の先生に挨拶をすると、矢郷と一緒に地下倉庫へと向かった。
「心配かけてすまなかった。保健室でゆっくり休んだし、矢郷さんから健康ドリンクも出して貰ったし、俺はもう元気だよ」
皆の輪の中に入った基晴が、全員の顔を見ながら言うと。
「でも倒れるなんて怖い。念のため家に戻って、何かあったらすぐ病院に行けるようにすれば」
東宮からはしっかりと忠告されたが。
「帰りたくはない」
きっぱりと基晴は答えた。心に溜まった思いが反射的に口から出たんだ。
「なんだよ、親と喧嘩でもしたのか?」
ぶっきらぼうに問い掛けたのは椛島だったが。父親と争いになったのは基晴では無いし、同居する母親がどう行動したのかも分からない。
「いいや……違うけど」
曖昧に答えると、椛島は基晴を睨み付ける。
「それじゃあ、もしかしてアニキと喧嘩したのか? この前におまえのアニキん家に集まったとき、なんか創成学園から変な奴が来て変なこと言ってたろ」
そんな質問には思わず美濃島の顔を見たが。その表情は変えずに、まるで基晴からの答えを待ってるようで。
「原因は兄さんだけど、俺と喧嘩したわけじゃないよ」
信晴の大切な宣言を、勝手にべらべら話すのは良くない。そう分かっていても、ひとりだけで悩むのは辛かった。基晴の心の糸が切れて倒れた理由も、ずっとひとりで悩んでいたせいだ。
「父親と兄さんが言い争いになったんだ。殴り合いの喧嘩なんかじゃない、だけど怖かった。そんな感じの口論だったんだ。俺はその場に居ただけだよ」
昨夜の出来事を弱々しく伝えると。
「それは俺たちが押しかけて、稲地さんの家で勉強会やったせいか?」
真面目な口調で問い掛けたのは美濃島だった。
「ここに居る全員も、それに俺だって関係無い。兄さん個人の、将来の問題だ……宇宙船操縦士についての」
しまった、と思ったがもう遅い。「関係無い」なんて言ったが、宇宙船操縦士の件を持ち出せば、美濃島も創成学園での資格取得とか、信晴と比べられていたとか、勉強会で自身に言われたことをまた思い出すだろう。
「なんでアニキと親が進路の喧嘩して、弟のおまえがうじうじ悩むんだよ」
その言葉の方向を見ると、まだ基晴を睨み付けていた椛島と目が合った。
「おまえのアニキ、操縦士試験にはまだ受かってないんだろ。それを親父から叱られて、アニキも怒ったんじゃないのか?」
そのまま椛島は厳しく言葉を続ける。
「そんな小さい問題じゃないんだよ!!」
馬鹿にするような言葉に耐え切れず、基晴が大声を上げると。
「もしかして稲地さんって、試験のために海外留学でもするのか? それとも本当は操縦士試験に受かってて、家族には黙ってたとか……」
いつもは誰より多く質問を投げているのに、今日はずっと沈黙を守っていた伊庭が、大声で問い掛けた。
「それも違う! もう宇宙船操縦士にはならない、って言ったんだ!」
気楽な問いに基晴の怒りのスイッチが入って、思い切り真実を怒鳴りつけると。
「それで基晴の父親と、稲地さんとが口論になったのか?」
しばらくの沈黙の後、静かに問い掛けたのは美濃島だった。
「兄さんは、俺とふたりきりでも話してくれたけど……もう二度と操縦士試験は受けない、創成学園も辞めて、家を出る、とも言ってた」
椛島や伊庭とは違う穏やかな問いに、基晴は頷いて。その後の流れを途切れ途切れで語ると、美濃島の表情も曇るが。
「なんだよ、下らない。要するに、目標を捨てた長男が親父に怒られたんだろ」
そう言い捨てたのは椛島だった。
「おい、美濃島。やっぱりこいつのアニキが操縦士を諦めたのは、創成学園にもおまえにも関係あるぞ。目標だった試験に受かってる奴が、弟の友達として家に来たんだから」
深刻に見つめ合う基晴と美濃島に向かってべらべらと言葉を続ける。そんな椛島の態度に、美濃島も怒りを見せたのか。
「なぁ椛島。おまえは稲地さんが、俺と比べられて操縦士を諦めた、って思ってんのか?」
「じゃあおまえはなんで、操縦士を受かってんのに創成学園を辞めたんだよ。下の奴等からうるさく言われるのが嫌だったんだろ」
美濃島からの質問に、椛島もまた言い返す。下の奴等、とは信晴のことか? 基晴の心にも怒りが沸々と湧いてきたが、続ける椛島の低い声には身体が動かせず。
「そんな負け犬の僻みの声は放って置いて、おまえは創成学園に戻って、立派なプロ操縦士になれば良いんじゃ……」
すると突然、椛島の暴言が途切れ。そして激しい拳の音が地下倉庫に響いた。
「……痛ってぇ……なにすんだよ!!」
衝撃で転がった椛島は、壁に凭れて頬を押さえる。そいつをぶん殴ったのは、兄の信晴を侮辱されて怒った基晴……ではなく、伊庭だった。
「将来のプロ操縦士になる、だなんて……克洋さんに言うな!!」
伊庭が怒声を投げると。
「うん、俺はまだプロ操縦士じゃないけどさ。しかし伊庭、なんで泣いてるんだ?」
美濃島の言う通り、伊庭はくしゃくしゃの泣き顔を見せて、首を傾げる美濃島の両腕を掴んだ。
「だって、克洋さんはもう長く生きられないんでしょ?」
伊庭の涙の発言に基晴の身体は固まって。椛島の表情も怒りから驚きに変わったが。
「えっ!? そんな悲劇の理由だったの? それって汀も知ってた?」
「ううん、全然知らなかった……というか美濃島くん、本当なの? 伊庭くんの言ったこと」
戸惑う矢郷と呆然とした高浦が尋ねると。
「いや、違うけど」
美濃島はあっさりと答えた。
「嘘は吐かないで下さい!! 創成学園を病気で辞めた……それは事実だ、って言ってたじゃないですか! そのときの難病が再発したんでしょう!?」
号泣しながら訴える伊庭に、美濃島は苦笑したいが出来ないような表情を浮かべる。
「本当に違うんだけど、信じて貰えないか……参ったな」
「伊庭くん、ちょっと落ち着きなよ」
高浦と一緒に基晴も伊庭の巨体を掴むと、美濃島から引き離し。
「美濃島はさ、創成学園を辞めた理由も、そして戻らなかった理由も、まだ上手く言えないんだろ? だったら待ってるよ」
以前、高浦から聞いた言葉を告げると。
「ありがとう。でも伊庭にずっと心配掛けるのも申し訳ないし」
美濃島はごそごそとタブレットを取り出すと。
「それに基晴をいつまでも待たせるのも悪いしなぁ」
のんびりと言いながら、どこかに通話を始めた。
「もしもし、折尾先生でしょうか。美濃島ですが……うん、克洋です。先生の都合が良ければ、今日そちらに行っていいですか? 今日が駄目なら別の日にでもお願いしたいんですが……」
丁寧だが親し気な口調で、いったい誰に何のために連絡しているのだろう。
「母さんと一緒じゃありません。でも、学校の友達を数人連れて行きます……病気の相談? いいえ、そんなんじゃないけど……俺の身体について、詳しく話して欲しいんです」
病気の相談、という言葉に息を呑んだ。もしかして通話相手は医者か? 「先生」と呼んでいるし。
「……大丈夫ですか、では、七時に。それまで友達と、そちらで待たせてもらいますね。ありがとうございます、折尾先生」
笑いながら会話を終えると。
「俺ひとりだと上手く説明できないからさ、とりあえず一緒に来てよ」
研究会の皆の顔を見渡して、美濃島は軽い調子で頼む。
「説明、ってなんの説明だよ?」
「だから、俺はまだ長生きできる、丈夫な身体だ、って説明」
基晴の問いに、あっさりと美濃島は答えた。




