第十七話 美濃島への詰問
「おい、信晴。話はもう済んだのかよ」
客間に響いた突然の声に驚くと、いつの間にかひとりの青年が立っていた。
背丈は信晴と同じぐらいだろうか。しかし、がっしりしていて色黒で、短髪に目つきが鋭く、威圧感のある。
「家の鍵は開けてある、ってメッセージにあったから、勝手に入ってきたぞ」
「あぁ、宏太か。わざわざありがとう」
信晴が立ち上がると、青年はつかつかとこちらへやって来て。
「お前か? 信晴の弟って」
基晴をじろりと睨み付ける。混乱して信晴の顔をちらりと見たが何も言わないので、基晴も黙って頷くと。
「俺は信晴と一緒に創成学園で宇宙船について勉強してる」
軽い自己紹介をされてもまだよく分からずに、信晴へ助けを乞う視線を投げると。
「彼、松澤宏太は俺の中等部からの同級生。それで、既に整備士の資格は取得している。モトからは、整備士を目指してる友達も来る、ってのも聞いたから、その方面に詳しい宏太も呼んだんだ」
「あっ、そうなんですか……今日は、わざわざありがとうございます」
宇宙医師だけでなく、整備士が専門のひとも呼んでくれたのか。無理させたかな。でも信晴と松澤ってひとは、下の名前で呼び合っているし。市村という女性とも「恋人同士ではない」なんて言っていたが随分親し気だ。しつこく頼んだり、金を渡したりなんかはせず、せいぜい食事を一回奢ったくらいだろう。
礼を言っても松澤は口を閉ざしたままで。遅れて来たのになにかに怒っているようだ。すると、矢郷が満面の笑みで頭を下げた。
「私たちのために、わざわざありがとうございます!」
彼女の目標は整備士だったっけ? 基晴の頭に疑問が浮かぶと。
「……ありがとう、ございます」
椛島も感謝の言葉を告げた。こいつの「ありがとう」を引き出すために、矢郷が先に礼を言ったのか。しかし、椛島の丁寧語は初めて聞いたな。
最初は戸惑いもしたが、有人宇宙機研究会の全員で来て良かった。
大勢の方が本格的な勉強会になるし、高浦も女子が自分ひとりだけのサークルより、矢郷も一緒に紹介された方が安心して和んだだろう。
「おまえらが宇宙船整備の基礎を習ってるのか、信晴の弟が進学した、小さい学校で」
「……そうですが」
松澤からの言い捨てる口調に、怪訝そうに椛島は答える。
「宇宙船整備士の仕事は、教科書見てるだけじゃ身に付かない。俺がそっちに言いたいのは、それだけだ」
「知ってます。だから少しは実習もやってます」
椛島も苛立ったのか、早口に変わった。
「おい、宏太。そんな言い方は失礼だぞ」
すると信晴も真面目な口調で正す。
「俺は他人に教える程の知識は無い、って言いたかったんだよ」
松澤は厳しい口調で言う。謙遜している様子には見えない。
「でもおまえは去年、宇宙船整備士の国家資格に合格しただろ」
「そうよ。だから将来には同じ業界に入るひとと話せばいいじゃない」
信晴の穏やかな言葉に、市村が明るく相槌を打っても。
「今日、俺がここに来た目的が言いたいんだよ」
うっとうしそうに反抗して。
「俺が来たのは……美濃島克洋、って名前が気になったからだ」
松澤が部屋中を見渡すと、美濃島がすっと一歩前に踏み出した。
「お前か? 美濃島克洋って」
「はい。自己紹介が遅れてすいません」
はきはきと答える美濃島を松澤はじっくり見つめる。まるで珍しい動物を見るように、頭からつま先までを眺める。
「きみが美濃島くんなのか……あぁ、俺はさっき名前を聞いたけど……」
信晴も呟くが、美濃島のどこが珍しいのだろう。
「ねぇ、松澤くん……もうちょっと話してからでもいいんじゃない?」
市村は松澤の肩に手を置くが。
「タイミング逃したら、話を逸らされるだろ」
「でも、いきなり話し難いこと切り出したって……」
三人が難しい表情で意見を交わしていると。
「ねぇ、松澤さん、市村さん。そして……稲地さん」
美濃島が口を開いた。困惑した信晴や焦っている松澤とは違い、落ち着いた雰囲気で。
「俺の名前は、美濃島克洋、って単語は、創成学園ではなんだか変な風に知れ渡っていませんか?」
こいつもなにを考えているのだろう。誘ったときは信晴と会いたくない様子だったが、いまは堂々としている。
「やっぱり、ふざけやがって……」
明るく尋ねる美濃島を、悔しそうに松澤は睨み付け。信晴はおろおろとふたりの顔を交互に見つめる。
基晴は知らない複雑な出来事があるのでは。
そしてその出来事を誰も話したくないのでは。
「……あーぁっと、みんなそろそろ腹減らないか?」
この嫌な空気を変えよう。そう決意して信晴に話し掛ける。
「なぁ、アニキ。そろそろ出前でも取らないか?」
「でも、まだ四時前だぞ?」
信晴が困ったように答えると、
「夕飯前には帰るって決めてたし、いきなりご馳走になるのは悪いよ」
「それにおやつもまだまだあるじゃん」
高浦と矢郷も怪訝そうな声を向ける。皆の意見からますます嫌な空気が増してきた……逆効果だったかな。
「でっ、でもっ! 俺は腹減ったんだよ! だから何を頼むかを、これから皆で決めよう……」
「まだ話を続けさせてよ、基晴くん。俺から頼みたい事もあるしさ」
あたふたしている基晴に向かって苦笑する美濃島に、身体が変に固まった。やはり下手な演技は見抜かれていたらしい。
「そうだ! 創成学園とわしづか専門学校、操縦士を学ぶ優等生同士ってどんな話をするか、それを俺は気になって……」
伊庭も濁った空気を変えたくなったか大声を出したが。その肩を高浦が抑えた。彼女の目線は厳しく「口を挟むな」と言ってるようだった。
「創成学園で操縦士を学ぶ優等生……って、やっぱりおまえはそう言われてるのか」
「いいえ、違います。俺が学んでる場所は、わしづか専門学校ですから」
松澤が怒りの声で奇妙な疑問を投げると、美濃島はのんびりと答える。
なかなか進まない話にじれったくなり、そして意味も分からず美濃島に怒る松澤という人間に苛立ち。
「創成学園での優等生は、アニキ……稲地信晴でしょう!?」
思い切って質問をぶつけると、松澤は基晴の瞳を睨み付けてきた。その鋭い視線に身体は固まったが、怒りの声は返されず。
「確かに創成学園では、その名前も広まってる。でも、稲地信晴は、ただの優等生だけど……」
松澤はゆっくりと言葉を続ける。
「……美濃島克洋は、最も若く宇宙船操縦士試験に合格した天才、って言われてるんだよ。創成学園では」
基晴がそんな言葉を聞いた瞬間、時間が一旦止まった気がした。




