第十五話 勧誘者への勧誘
以前、美濃島が基晴に対して「有人宇宙機研究会に入らないか」と誘ってくれたようには出来ないが、自分なりに懸命に説得を続ける。
「サークル活動、とも言ってあるんだよ。俺の家で有人宇宙機研究会やれば、美濃島も来るだろ?」
優秀な人物と共に学ぶのが嫌なのか? それならサークル活動にすればOKするだろう、そう思って誘うが。
「いいや、やっぱり俺は行かないよ」
さらりと断られた。そして、しばしの沈黙の後。
「……そっちも聞いてるか? 俺は行かないけどさ、B組のひと達も誘って行ってきなよ。基晴くんのお兄さん宅、いや、稲地さんのお宅に」
美濃島が声を掛けた方を振り向くと、伊庭の巨体がのっそりと立ち上がった。
基晴の背後に座って隠れ、こっそりとふたりの会話を聞いていたのか。
「どうしても、克洋さんは行かないんですか? 操縦士を目指す人間同士、勉強になるのに」
盗み聞きしていたことは謝らず、伊庭が残念そうに俯くと。
「俺と稲地さんが話しても、勉強にはならないよ」
笑いながら断った美濃島の近くへ伊庭が一歩踏み出すと、その手の平を後ろから掴んだ人物が居て。
強引に誘うな、そんな眼差しを伊庭に向けたのは、高浦だった。
「ねえ、天城くん。私と伊庭くんは行ってもいいんでしょう? それから研究会の皆も」
「うっ……うん、もちろん」
明るい雰囲気で会話を変える高浦に、基晴も慌てて答える。しかし、彼女も隠れて聞いていたのか?
他人に気を遣う美濃島がここまで断っているんだ、無理矢理呼ぶことはない。基晴と同じく伊庭も諦めたのか、残念そうに口を閉ざした。
「でも、いつになるかは分からないぞ。兄貴も今年の試験で忙しいんだし……」
美濃島への質問を遠ざけようと、伊庭に話を振ると。
「プロ操縦士の実地試験受けるのか!?」
「違うよ、実習生の資格試験だよ」
いきなり興奮した伊庭を落ち着かせるように言うと。
「あれ、まだ受かってなかったんだっけ?」
伊庭は首を傾げる。なんだこいつ。合格してるのが当たり前、みたいに言いやがって。
「アニキもまだ19歳だし……その年齢で受かる方が珍しいだろうが」
「でも、創成学園の優等生なんだろ? 中等部から勉強してるエリートなのに。もしかして、試験のとき具合でも悪かったのか?」
父から信晴への説教を思い出した基晴の心に、怒りのスイッチが入り。
「おっまえなぁ……アニキを変にヒーロー扱いしてんじゃねーよ! いくら優秀な人間だからって、なんでもかんでも出来るわけじゃなーんだよ!!」
思い切り怒鳴り付けた。
伊庭も父と似た脳みそだな。出来る奴はいつでも出来る、と思い込んでるんだ。
「でっ……でも、十代での合格者も増えてる、って言ってたし……」
どこの誰から聞いたんだ、そう怒鳴ろうとすると。
「運やまぐれで受かるんじゃなくて、ちゃんと勉強して、しっかり訓練積んで、そうして受かった方が実力ある操縦士だろ」
口を開いた基晴を止めたのは、のんびりとした美濃島の声で。すると高浦もこちらへと向かってきた。
「自分も同意するな。操縦士だけじゃなく、他の仕事も。大事なのは資格取得だけじゃない」
そう言いながら美濃島をじっと見つめると。
「ねぇ、美濃島くんも一緒に行かない? 勉強会か研究会にさ。無理強いはしない、って思ってたけど……もしも議論から口論になったら、止められるのは美濃島くんだけだし」
高浦は声を掛けながら、基晴と伊庭に気まずそうな視線を投げる。
確かにそうだな、伊庭の質問責めに基晴や椛島が苛立ったら、間に入って上手く収めることが出来るのは美濃島ひとりだ。
子供同士のケンカが始まれば、高浦だけじゃなく信晴も困るだろう。
高浦からの誘いからの依頼に、美濃島はしばらく黙ったが。
「そうだなぁ……俺も行かせて貰おうかな」
微笑んで頷いた美濃島に、高浦も嬉しそうな笑顔を見せた。
「やっぱり美濃島も、高浦さんから誘われたら素直に頷くんだな」
からかうように基晴が囁くが、伊庭はなんの反応も返さない。こっそり顔を覗くと、高浦と笑顔で語り合う美濃島を睨み付けていた。
こいつ、美濃島のことは尊敬してたんじゃなかったのか? つくづく馬鹿正直な奴だな。
そして研究会員と何日か予定を話し合い、信晴とも日程を合わせて、皆で集まる日が決まった。
当日には駅前で待ち合わせ、青空の下を遠足のようにぶらぶらと歩く。
「なぁ、天城。お兄さんって、これ好きじゃなくないよな?」
伊庭は落ち着かない様子で尋ねる。手土産の好き嫌いを心配しているので、
「平気だよ、甘い物は大体好きだし」
持っている袋をちらりと見て、軽い調子で答えると。
「はっきり言えよ! 苦手だったら申し訳ないだろ!!」
「お前の手作り菓子じゃない限り平気だよ」
怒りよりも呆れた基晴が突っぱねると、伊庭は怒りの表情を見せたが。
「あっははは……伊庭くんがクッキー焼いてたり、チョコレートの飾り付けしてたら可愛いじゃん。ハートマーク付ければ逆に喜ぶよ」
明るく笑ったのは矢郷で。
「そうだね、微笑ましい光景だよ」
重ねてくすくす笑う高浦に、伊庭は黙り込む。
「伊庭も高浦さんも、お茶菓子持って来たのか……俺もなんか買おうかな」
「おまえは遅刻して来なかっただけで平気だよ」
歩きながら辺りを見回す美濃島に、基晴は応える。これは本音で、「やはり俺は行けない」なんて当日に断らずに、ちゃんと来てくれただけで嬉しかった。
「これは汀と私からの手土産だから、それに美濃島くんの名前も重ねれば?」
矢郷が尋ねると、美濃島は微笑む。
「それはありがたいけど、高浦さんも良いの?」
「うん。この辺りは新規住宅街でお店も少ないし」
高浦も穏やかに応えた。早くに矢郷を自宅に呼んで、ふたりで近くのショッピングモールに向かい、そこで選んだお菓子、そう彼女からは説明された。
最寄り駅は同じだが、高浦の自宅は駅の反対側らしく。父の家しか行かない基晴はよく知らない土地だった。
「ありがとう、お金は帰りに払わせて貰う」
女子達と和やかに会話を交わす美濃島に、
「……手土産はなんでもいいんだけど」
基晴は思い切って切り出した。
「俺の兄貴は今日が、宇宙船操縦士の基礎の勉強会、って言ってるから……整備士の勉強してるひとたちが来ると、話がズレるかも」
「やっぱり俺は帰ろうか?」
ぶっきらぼうに応えたのは椛島で。なんの感情も見せずに問われると逆に慌てる。
「いや、それはいいんだけど……整備士が目標の生徒も呼んだ、ってのは伝えてあるし」
あたふたと答える背中を、矢郷に軽く叩かれた。
「あいつも嫌なら来ないって。興味あるから来たんだよ」
あいつ、とは椛島のことか。彼女の人物を評する言葉にはどこか説得力がある。
「自分も同じ。どんな内容でも、創成学園、ってだけで興味深い」
そう呟いたのは東宮だった。
そういえば、宇宙医師を目指す生徒も来る、それも伝えると。
「宇宙医学を専門に学んでいる友人を誘う」
なんて信晴は言ってくれたっけ。




