第十四話 問われる名前
父の家からのわしづか専門学校への通学は不慣れな基晴は、余裕を持つ為に普段よりも早めの時間に出発して。
真面目な高浦は常に遅刻せず、いちばん朝早くからクラスに居るが。
ふたりとも朝の駅で話した時間が長くなり、学校に着いたのは少し遅くなった。
「おはようございます」
HRが始まる時間ギリギリで高浦が教室の扉を開けると。
「おはよう、高浦さん! やったぁ!! いつもは負けちゃうけど、今日は俺のほうが早かったな……」
伊庭がからかい交じりで喜んだが、一緒に入ってきた基晴の姿を見ると、ふっと笑顔が消えた。
「おはよう、伊庭」
基晴からの挨拶にも何も返さなかったが、やたらと気になるらしく。HRの最中もちらほら振り向いてきたが。
「おい、天城。なんで今朝は高浦さんと一緒だったんだよ?」
HRが終わると真っ直ぐに問い掛けられた。
「偶然会ったんだよ」
伊庭との面倒な質疑応答をすぐ終わらせたくあっさりと答えるが。
「はぁ? 高浦さんは地下鉄だけど、お前はバスだろ? 下駄箱辺りで会ったのか?」
「地下鉄の駅で会ったんだよ」
しつこく寄って来る伊庭に苛立って、誤魔化しもせず答えてしまった。
「なんでそんな所から一緒に来るんだよ!? 待ち伏せてたのか? お前、気持ち悪いぞ!」
伊庭の疑問が驚きと怒りに変わると。
「伊庭くん、自分が天城くんと駅で会ったのは、本当に偶然だったんだ」
高浦がこちらへやって来た。
「偶然、って……でも、どうして……」
声は小さくなるが質問は続ける伊庭に対して、高浦は困惑した視線を基晴に向ける。
「俺は小学生の頃両親が離婚して、それから母親とふたり暮らし。だけど父親の家にも時々行く。昨夜は父親の家に泊まって今朝はそこから通学したら、高浦さんと最寄り駅が一緒だった」
これ以上質問攻めに遭うのは嫌だし、そのせいで高浦が困るのはもっと嫌だ。自棄になった基晴は家庭の事情を他人事のように言い切った。
「へぇ……お前の親、離婚してたのか」
明らかな同情の視線を向ける伊庭に、
「伊庭くん、自分もね……」
口を開いた高浦の手首を、基晴は思わず掴んだ。
きっと彼女は基晴のみ変な目で見られないよう、自身の家庭事情も語るつもりなのだろう。
しかし、勝手にべらべら喋ったのは基晴だし、そのせいで高浦までプライバシーを晒すのは嫌だった。
「……自分も今朝、天城くんと会ったときは驚いたんだ」
手首を掴まれた高浦は基晴の思いに気が付いたのか、怪訝そうな伊庭にそれだけ呟いた。
「でもまた天城が高浦さんと一緒に通学したり、一緒に帰ったりする日もあるのか……おまえ、そんな計画してないよな?」
「馬鹿じゃねーの……するわけねーだろ。おまえみたくストーカー思考じゃないんだから」
そういう下心はあったので気まずくなり、目を逸らして小声でツッコむと。
「なっ、なんだよ、それっ……」
怒ったのか照れたのか、立ち上がろうとした伊庭が、ガタン、と椅子を揺らし。
「ふたりともー、ケンカはやめよう、っていつも言ってるだろうが」
のほほんとした声の主がやって来た。
「美濃島……お前、なんで居るんだよ」
基晴は美濃島を睨み付けたが。
「当たり前だろ、俺はこのクラスの生徒なんだから」
いつも遅刻する癖に堂々とした態度に、基晴はまた苛立ち。
「やっぱり、美濃島とアニキは似てないか」
ふと呟くと、美濃島は珍しく興味を示した。
「そういや、基晴くんのお兄さんって創成学園で操縦士目指してるんだっけ」
いつもは相手の独り言なんか深追いしないのに。
「そうだよ、兄弟でも全然似てない優等生だ」
ぷいっと横を向くと、美濃島は苦笑して。
「そういうこと言うなよ。兄弟仲は良いんだろ?」
「悪くは無いけど、それも別々に暮らしてるからだし」
「別暮らし、って……創成学園の寮に住んでるのか?」
美濃島は珍しく質問を重ねてくる。いつもは逆にあれこれ尋ねる伊庭を注意する立場なのに。
「小っちゃい頃に親が離婚して、俺が母親と、アニキは父親と暮らしてるんだよ」
しばらくの沈黙の後。
「じゃあ、もしかして、基晴くんとお兄さんは苗字も違うのか?」
真剣な質問に戸惑いつつ頷くと、美濃島はしばらく考えて。
「基晴くんの、はる、って漢字さ、季節の春だっけ?」
「違うよ、天気の晴れるの晴だよ」
いきなりの質問にはぶっきらぼうに答えると、また考えながら美濃島は尋ねる。
「じゃあ……お兄さんの名前って、信じるに晴れるの、信晴?」
「そうだけど……知ってるのか? 稲地信晴」
美濃島は口を閉ざして視線を逸らしたが。
「そのうち、皆で勉強会に行く、って言ったけど」
怪訝そうな基晴からの言葉には、驚いて眼を合わせた。
「参ったなぁ……まぁ、いいか」
その一言で美濃島は会話を終わらせたが、基晴はもやもやした心で一日を過ごした。
そして放課後、ひとりで自動販売機に行った美濃島の後を付けて。
「おまえさ、俺のアニキとは会いたくないのか?」
基晴は一対一で切り出した。強気な口調で問い詰めるのは避けたが、遠回しに尋ねるのも嫌だったのできっぱりと問う。
「なんで……そう思うんだ?」
ペットボトルを手に持ち、基晴の顔は見ずに美濃島は尋ねる。
「昨日、俺との話の流れで、美濃島克洋、って名前出したらアニキも気にしてたんだよ」
基晴の言葉に、美濃島の表情はどこか寂しそうに沈んだ。
「へぇ……そうなんだ。じゃあやっぱり、俺は行かない方が良いかなぁ、稲地さんの家なんて」
昨夜の信晴からの質問責めと、さっきの美濃島の挙動不審な面で、兄の稲地信晴とクラスメイトの美濃島克洋の間に、何らかの繋がりがあるのは分かった。
でも、それを語るのはためらいがあるんだ。
だったら、落ち着いて語れるようになるまで待つのも家族や友達としての役目だろう。
「俺は伊庭みたく他人のことギャーギャー訊きたくないし、おまえの事情はおまえから言うまで尋ねないけど」
格好つけてる言い草だと思ったが、基晴は続ける。
「勉強会には一緒に来いよ。アニキも、おまえの名前は気にしてたけど、嫌ったり、怖がったりはしてなかったし」
美濃島は俯いていた顔を上げて、じっと基晴の言葉に耳を傾ける。




