第十三話 重なる偶然
基晴はまた懸命に、これからの想いを語り始めた。
「食事の席で言わなかったのは、また父さんからは、お前には無理だ、なんて言われそうで……だからこの話は、母さんにもまだ言ってない」
たとえ信晴が庇ってくれても、厳しい父の本音を聞くのはまだ辛い。
そして自身の目標が叶うか叶わないかで、父と信晴が争うのも嫌だった。
「でも、父さんも母さんにも、いつかはちゃんと伝えたい。こうしてアニキに言ってるように、ふたりにも俺の目標を真っ直ぐ伝えたい」
途切れ途切れに、しかし熱心に語る基晴の本心に信晴は黙り込んだ。
「やっぱりアニキも無理だって思ってるのか?」
「そんな訳無いだろ。モトが本当の夢を目指すのなら、自分も嬉しいよ」
思い切り否定した後、笑顔を見せた信晴に、基晴も思い切り笑った。
「本当か!? 俺も嬉しい!」
やっぱり話して良かったな、嬉しくなり兄弟で明るく笑い合ったが。ふと基晴の心に以前の父と信晴の会話が蘇り。
「でも、アニキはやっぱり操縦士試験の本番が大変だろうし……勉強会、ってのは別にいいよ」
「また気を遣うのか。構わないよ、自分もモトと一緒に操縦士を学べるのは嬉しい」
気遣ってくれてるのはそっちだろう、そう思ったが、信晴はどんどん話を進める。
「サークル仲間にも操縦士を目指すひとは居るんだろう? 勉強会でもサークル活動でもさ、父さんが留守のときに、皆をこっちの家に呼びなよ。テキストも沢山あるしさ、それぞれに合ったやつ選べるだろ」
父の家に研究会員を呼ぶのか……考えるとなんだか面白そうだ。しかし、立ち止まった基晴を無理矢理じゃなく立ち上がらせる所なんかが、
「やっぱりアニキと美濃島は似てるな」
何気なく呟くと。
「美濃島?」
信晴が疑問の表情を見せた。
「うん、さっき話したろ。操縦士目指してるサークルのリーダー。美濃島、っていうんだ。そいつに誘われたから入会したし、自然とやる気にさせるところが美濃島はアニキと似てる」
「操縦士目指す……そのひとの、下の名前は?」
明るく話す基晴に、信晴は興味深く質問を返す。
「確か、あつひろ、とか、たかひろ、とか……」
「克洋、か?」
「あぁそうだ、かつひろ、だった」
基晴は笑いながら答えるが、信晴は眉間に皺を寄せて、なにやらじっと考えている。
「確か、年齢はモトと違うっていってたよな? 幾つなんだ?」
「17、いや、たぶん18歳」
「美濃島……克洋……」
口元に手を当てて、信晴は美濃島の情報をぶつぶつと呟く。その謎めいた表情から「知り合いなのか」と尋ねるのはなんとなく出来なかった。
翌日の朝。
昨夜から気になってはいたが、信晴に美濃島の話題を振ることは出来ず。たわいない話をしながら朝食を摂り。
「じゃあ今度は、操縦士の勉強を教えて貰いに来るよ」
ひとり玄関まで見送りに来た信晴にそう告げると、基晴は父の家を出た。
最寄りの地下鉄駅の改札を潜り、はやぶさ専門学校へ向かう路線を探していると。
「あれ? 天城くん?」
聞き慣れた女子の声にびくっと振り向いた。
「おっ……おはよう、高浦さん」
「おはよう、奇遇だね」
戸惑いながら挨拶を交わす。困ったな、高浦家と稲地家の最寄り駅は同じ地下鉄の駅だったのか。
「天城くんのお家って、こっち方面だったっけ?」
高浦は不思議そうに首を傾げる。当たり前か、いつもの通学路では基晴は地域バスを使っているのだし。
「いいや、今日は俺の家じゃなく父親の家から来たんだ。昨夜は自宅から出て父親の家で食事会して、そのまま家には帰らず父親の家に泊ったから」
基晴からの焦りながらの説明に、高浦の表情はさらに不思議さを増す。これも当たり前だな、普通の高校生ならば「自宅」と「父親の家」は一緒のはずだ。
「俺の両親、小学生の頃に離婚してさ。俺は母とふたりで暮らしてる。それで父は兄とふたりで暮らしてて……それでも月に一度は、俺と父と兄と三人で食事会するんだ。お互いの近況報告も兼ねて」
やっと落ち着いた基晴が、まぁいいや、とざっと家庭事情を語ると。
「ふぅん……」
高浦は複雑な表情を見せた。両親が離婚してるなんて可哀想なひとだな、とか思われたかな?
「天城くんは自分と似てるかも」
「えっ……どこが?」
意外な呟きに基晴が驚くと、今度は高浦が慌てて両手を目の前で振る。
「いや、自分も両親は離婚してて、自分の親権は母になったから」
「そう……なんだ」
「でも、自分の母は再婚してて。多分、父も再婚してる」
「そう、なんだ」
「それで、自分は母が再婚したひとと一緒にも暮らしてるんだ」
「そうなんだ」
同じ相槌しか打てない基晴に、高浦は話を続ける。
「母の再婚相手……自分にとっては義理の父に当たるひとが中国人で。中国語は義父さんから教わったの」
「えっ!? だって、高浦、って……」
「それは母の旧姓。自分の両親は夫婦別姓だから」
だから高浦は中国語が得意だったのか。一緒に暮らす家族が中国語を使うなら上達もする。でもやっぱり凄いな、子どもの頃から外国語でコミュニケーション取ってたなんて。
尊敬した基晴が自然と褒めると。
「いや、義父さんは会ったときからバイリンガルだったから、日本語でぺらぺら話せたよ」
高浦は謙虚な態度を見せる。
「だけど、義理の兄になったひとが中国語しか話せなくて……自分もまだ6歳だったから、中国語にも馴染めたけど」
懐かしそうにしみじみ語るが、苦労してたんだろうな。
現在の日本では国際結婚も珍しくはないが、母親の再婚相手やその連れ子だけが自分には通じない言葉で喋っていたら、基晴ならば怖くてひとりで家族内から遠ざかる。
「だから高浦さんはしっかりしてるのか。俺とは似てないよ」
思わず心に浮かんだ弱気を口にすると。
「でも自分は、血の繋がった父とはもう会ってないし。天城くんにも難しいことはあるんじゃない? 誰でも家族とのいざこざはあるだろうし」
高浦は微笑む。家族の話を友達にしたのは初めてだったが、逆にホッとしたな。
また父の家で兄に勉強を教わり、この道から学校に向かえば、またこうして高浦とふたりきりで笑って喋れるかな? 基晴はぼんやりと想像した。




