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僕等の有人宇宙機  作者: 高柳 祥
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第十二話 向かいたい場所に戻る


 美濃島が語り終わったのを見て、口を開いたのは伊庭だった。


「……俺は、小学校は後半からほとんど行ってなくて、中学校には全然行ってなくて。そこら辺からずっと引きこもりだった……親はなんとも言ってこなかったけど、困ってるのは分かってた。俺、一人っ子だし」


 いつもの大声とは違い、俯いたままぼそぼそと喋る。


「生きてる場所は部屋の中だけだったけど……動画から宇宙船操縦士の色々な活動を知って……そこから操縦士に憧れて、専門学校への入学を決めたんだ」


 拳をぎゅっと握りしめて伊庭は語り続ける。


「そしたら親も凄く喜んで……だから宇宙船操縦士って職業は、俺を立ち上がらせてくれた、凄い存在なんだよ」

 

 顔を上げた伊庭に見つめられて、椛島は少し(ひる)んだが。


「じゃあ最初からそう言えよ……ただ夢見てるガキみたく見えるじゃねーか」


 伊庭の操縦士に対する動機は認めた様子だった。


「じゃあ、美濃島くんと伊庭くんが意気投合したのって、宇宙船操縦士に対する大きな夢、って共通点があったから?」

 高浦が問い掛けた。意気投合というより、伊庭がやたらと美濃島に(なつ)いていたが。


「そうだなぁ、俺と伊庭って、入学式前に学校見学で一度会ってるんだよ」

「えっ!? そうだったの?」

 美濃島の言葉に高浦は驚いたが、基晴も意外だった。美濃島、伊庭、高浦の三人が親しくなったのは、基晴ひとりが参加しなかった入学式後の見学会からかと思っていたので。


「そのときあれこれ訊かれて、あれこれ話しちゃってさ。本当はもうちょっと馴染んだら、入院してたことも、年齢(とし)が違うことも、俺自身の口から言いたかったんだけど……」

「あっ! ごめんなさい……」

「いつかは話すことだし。タイミングがずれただけだ」

 慌てて謝る伊庭を、美濃島は穏やかに慰める。


「わしづか専門学校の見学会なんてやってたっけ? 知ってたら私も行ってたのに」

 矢郷からの問いに、

「特別な希望者だけに開催してくれたんだ」

 美濃島はそれだけ答えた。もしかすると、伊庭も校長と知り合いなのかな? だが、さっきの美濃島の校長室でのやり取りを会話には出せず。

 矢郷の表情(かお)にはまだ疑問が残っていたが、彼女もそれ以上は訊かなかった。入院や引きこもりなどの個人の過去を深く探るべきではない、と思ったのだろう。


「もうそろそろ門限だよ」


 東宮からの言葉に、皆は片づけを始めたので。


「まずはさ、このサークル、有人宇宙機研究会、ってどんなサークルなんだ? どんな部員集めて、どういう活動するんだ? なんか発表とか、大会出たりとかするのか?」


 基晴は詳しく尋ねた。誰に向かっては曖昧に、答えが返れば誰でもよかった。

 だが、皆は首を傾げるだけで。


「会長が居ないんだし分かんないよ。集まって話すだけでいいんじゃない?」

 そう答えたのは矢郷で。

「椛島も、地下倉庫を変なサークルの部室にしていいのか?」

 基晴が向き合うと、椛島は頭を掻きながら、

「ひとりでの実習の予習よりも、サークル活動って言った方が鍵は借りやすい」

 珍しく弱気な口調で答えた。まだ基晴はなにか尋ねようとしたが、

「もう時間ないよ」

 東宮のその一言で、新型有人宇宙機研究会の顔合わせは終了となった。



 五月の終わり。

 基晴は父の家へと食事会に向かった。


 食事の席でしばらく会話を交わすと。


「友達に誘われてさ、宇宙船研究会、とかいうサークルにも入会したんだ」


 基晴は切り出した。サークルのフルネームは「新型有人宇宙機研究会」だが長ったらしいので略して伝えた。


「どういう活動をしているんだ?」

 日本酒の盃を片手に持つ父から問われて。

「宇宙船に関する色んな業務……操縦士、整備士、宇宙医師、どんな動機でその仕事に就きたいかを語り合う」

 父が怪訝な表情を見せたが。

「俺もまだ入ったばかりだから、よく分からないよ」

 そんな言葉でごまかした。


「本当にモトに合った学校なんだな。サークル活動も始めるなんて」


 信晴は満面の笑みを見せる。

「よく分からないサークルだけどさ、目標はそれぞれ違うし、女子も居るし。皆が楽しく仲良く頑張ってる」

「だからモトも入会したのか。モトも昔から頑張ってるもんな」 

 以前どこかで聞いた風な言葉だ。

 思えば信晴と美濃島は似ているな、熱心に基晴の目標を引き出す所なんかが。


「どんな生徒がリーダーなんだ? わしづかは確か……設立されてからまだ五、六年だろう」

 父からのそんな問いには「会長は謎だ」なんて答えは返せず。


「宇宙船操縦士を目指してる、しっかり者の男子だよ。学年は俺と同じだけど、病気で入院して入学が遅れたらしく、年齢は上なんだ。わしづか専門学校の校長とは古い知り合いらしく、親しそうに話してた」


 美濃島を仮のリーダーにしてごまかした。実際、あそこの個性的な部員をまとめているのは美濃島の落ち着いた語り口だ。


「ほぅ、わしづかでも本格的に操縦士を目指せるのか」


 学校の能力を低く見たような台詞に、信晴は苦々しい表情を見せたが、兄がなにか言う前に基晴は明るく笑って。


「うん! 操縦士を学びたくて立ち直った、とかいう奴も居るし。目標にするんだったら創成学園に負けない位にしっかり出来るよ」


 そんな言葉に父はただ笑って盃を傾けた。まだ子どもの思考だな、といった風に。



 今夜も父の家に泊まる基晴は、酔った父が寝室に行ったのを見て、信晴の部屋の扉をノックして。


「俺さ、宇宙船操縦士はもう諦めた、なんて言ってたけど」


 信晴が扉を開けると、基晴はいきなり切り出した。


「やっぱり夢は変えられない……夢を変えたくない、って分かったんだ。だから、俺はまたこれから、宇宙船操縦士を目指したい」


 胸の前で両手の拳を握り締め、一生懸命に想いを語る基晴の瞳を、信晴はじっと見つめると。


「それは……創成学園や、違う学校に転入したい、って意味か?」

 部屋に招き入れ、椅子を出しながら尋ねる。

「いいや、いま勉強を始めたわしづか宇宙開発専門学校で、これからもずっと学んでいきたい。あそこは俺に合ってるから」

 

 入学祝いで告げたのと同じ答えだが、中身は違った。

 基晴は現在(いま)居る学校でなければ、また目標から遠ざかるだろう。

 それは周囲(まわり)に居てくれる人間の存在がいちばん大きい。


 基晴の答えに、信晴はまたしばし沈黙すると。


「操縦士に目標を戻す、それはモト自身で決めたのか? それとも、わしづか専門学校の講師からの助言があったのか?」

「両方、かな……」

 基晴は申し訳なさそうに答えた。


 俺自身の考えだ、そう言おうとした瞬間に、地下倉庫での椛島からの言葉や、入学式の翌日に交わした伊庭との会話が頭をよぎったんだ。

 操縦士から整備士に逃げる、なんて考えは、真剣に目標に向かって走る人間には失礼だった。

 伊庭に対しても、こいつも操縦士は無理だからこんな学校にいる、なんて勝手に自分自身と同一視して。厳しい目標に立ち向かう人間には失礼だった。


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