第十一話 動機と理由と事情
やはり椛島と伊庭は似ているな。
宇宙関連の壮大な夢に憧れて、自身の輝かしい将来を描く男子だ。
椛島が職人気質なのは、すぐ傍に理想の職人が居るからだろう。
「それは立派だなぁ。椛島くんの曾お祖父さんも、その栄光を継ぎたい椛島くん自身も」
「あのひとが立派なだけで、俺はまだ立派なんかじゃねーよ……あと、おまえ俺と同じ学年なんだろ。だったら俺のこと、くん、付けでなんか呼ぶな」
美濃島からのにこにこ笑いながらの誉め言葉に照れたように、ぶっきらぼうに言い捨てると。
「分かった分かった。じゃあ改めて、椛島、これからよろしくな」
穏やかに美濃島が手を差し出すが、椛島は握手には応じなかった。
「自然な流れで自己紹介が始まったね。美濃島……って言ったっけ。私のことも、矢郷、って呼びなよ」
「いやいや、女の子は丁寧に呼びたい。高浦さんも矢郷さんも、さん付けが嫌ではないなら」
「まぁ、嫌では無いよ。じゃあ美濃島は、宇宙関連のどんな仕事に就きたいのさ?」
矢郷も好奇心旺盛なところが伊庭に似ている。
「その質問は、矢郷さんが答えたら俺も答える」
きっぱり告げると美濃島の肩を、矢郷はばしばしと叩いて。
「丁寧に呼ぶ、とか言っても結構厳しいねー」
笑いながらツッコミを入れるが、怒った訳ではなさそうだ。
「私は以前も言ったじゃん、詳しくは決めてない。でも好きなことを仕事にしたくてさ。小っちゃい頃から宇宙が好きだから、宇宙に関わることで、私に向いていることを見つけたくて」
矢郷もしみじみと語り始めた。
「わしづか専門学校に決めたのは、入試が簡単だったから。どんな学生でも入れるタイプの学校じゃん」
矢郷の学力は分からないが、勉強は嫌いなのかな。
「塾とか予備校には行かなかったのか?」
「家は姉ちゃんも弟も妹もいてさ。ひとりで学費を使い込んだら恨まれるんだ。ホームヘルパーも雇ってないから家事の手伝いで忙しいし、わしづか専門学校って私立にしては安いし、それも入った理由のひとつだな」
基晴が尋ねると、矢郷は家庭環境も交えて喋る。大げさに話している訳ではなさそうだ。
「俺も矢郷さんと一緒」
尋ねる前に、また東宮がぽつりと呟いた。
「一緒、って……学費からわしづか専門学校に入ったのか?」
基晴が問い掛けると、東宮は頷いて。
「保護者にあたる施設のひとは、学費が高いと駄目、なんて言わなかったけど。やっぱり施設に居ながら宇宙医学を学ぶってだけでも気まずいし」
東宮は淡々と語るが、基晴の耳に入った気になる単語には、伊庭もやはり反応したらしく。
「施設、って養護施設か? それじゃあおまえ、親いないのか!? 病気か、それとも……」
大声の質問を遮って、バンッ、という大きな音が地下倉庫に響いた。
伊庭の頭を矢郷が思い切り叩いたんだ。
「痛って!! なにするんだよ!?」
いきなりの行動に基晴は驚いたが、伊庭も後頭部を擦りながら矢郷を睨み付けると。
「私ひとりなら、そういうこと訊くな! って怒鳴って終わりだけど」
伊庭の鋭い視線にも平然として矢郷は語る。片手には作業用の分厚い手袋をはめて。それで叩いたからダメージが大きかったのか。
「叩いたのは汀の代わり。怒った汀に頬でも引っ叩かれたら、あんた反省するのと同時に喜びそうで」
手袋を外しながら呆れた矢郷の言葉に、伊庭も基晴も、はっとして高浦の方を見ると。彼女は無言のまま眉間に皺を寄せていた。
「うん、ごめん……でも俺、叩かれたからって喜びはしないよ!?」
「自分にそういうこと言うより先に、東宮くんに謝りなよ」
普段は穏やかに叱るが、今回は高浦も険しい表情をしていて。「他人の家庭事情をあれこれ探るな」そう叱りたいのも分かる。
「あっ、ああ……ごめん、なさい」
「別にいいよ」
東宮はあっさりと応える。当の本人は本当に何も思っていなかったようだ。
「こうやって個人個人が進路や入学の動機を深く語り合うとか、いよいよ研究会っぽくなってきたなぁ」
にっこりと笑う美濃島に、椛島はまた照れた表情を見せて。
「美濃島は宇宙開発関連の、どんな進路を目指してるんだ?」
そんな質問を投げたので、基晴もはっとした。
「んー? 俺は操縦士になりたい」
美濃島があっさり答えると。椛島は、チッ、と舌打ちをして伊庭と基晴に目線を送ると。
「なんだ、おまえもこいつらと一緒かよ。適当に褒めておいて、結局は整備士を見下してるんだろ」
また不機嫌になった椛島に対して、美濃島は大げさに両手を振る。
「いやいや、俺はそんな事言ってないだろ。それに伊庭も基晴くんも差別はしてないぞ? 伊庭は操縦士になりたい! って大きな夢があって。基晴くんは操縦士の方が難しい、って思い込んでるんだろ。実際はどっちも難しいけど」
椛島を諭す美濃島に、大声で伊庭が割り込んだ。
「なっ……操縦士資格の方が難易度高いに決まってるじゃないですか! なんで克洋さんまでそんな事言うんですか?」
「いや、資格の難易度、とかそういう問題じゃなくてさ。プロの仕事はどれも難しいんじゃ……」
椛島と伊庭、両者からの強い主張に、美濃島の笑顔が困惑した苦笑に変わっていくと。
「でも克洋さんは俺たちより多い時間、操縦士資格を学んできたのに、操縦士の難しさが分からないんですか? 分からないから悩んで入院してたんですか?」
伊庭の言葉に、ふっと美濃島の表情から笑みが消えた。
「……それって、美濃島は俺たちより年齢が上、ってことか?」
「そうだよ! だからもう操縦士の知識も豊富で……」
怪訝そうに尋ねた椛島に向かって、伊庭は怒鳴るが。
「伊庭くん、黙って聞きなよ」
高浦からの厳しい制止に口を閉ざす。
「椛島くんの質問の相手は美濃島くんなんだから、伊庭くんが答えるのはおかしい」
さっきも厳しく叱られたからか、伊庭は大人しく俯く。
「そうだよ、伊庭の言う通り。でも少し違うかな」
美濃島は落ち着いて椛島に向き合う。
「俺は中学の時、張り切り過ぎて体調崩して。それで二年間休んでから、ここ、わしづか宇宙開発専門学校に入学した。だから年齢も皆より上で、今年18になる。でも休んでた期間は勉強なんてしてなかったから、その分知識が豊富な訳じゃないよ」
感情を交えず、他人事のように自身の事情を語るが。それで美濃島は言動や雰囲気が大人っぽかったのか。




