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僕等の有人宇宙機  作者: 高柳 祥
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第一話 地球の桜が咲く宇宙への学校


 2×××年。地球上では既に宇宙開発活動が日常となっていた。

 世界でも発展国は、宇宙船、人工衛星、スペースコロニー、惑星基地……それらに生活の幅を広げ。国の税金や企業の資金を注ぎ込んでいた。


 日本も国家予算から宇宙開発庁が作られて長い年月が経ったが、しかしまだ他の国々に比べると宇宙開発には遅れをとっており。そして宇宙船事故や宇宙開発反対運動なども問題視されていた。


 そこで日本政府は「宇宙開発を進化させる若者の育成」を教育政策に掲げ、操縦士、乗務員、整備士、医師、等、様々な宇宙での技能を身に付ける学校を増やしていく。


 初めのうちは無限大の宇宙(そら)へ将来の夢を広げる若者は多かったが、宇宙関連の専門的業務に就くには地球上で学ぶ他にも、宇宙へ出て実際の経験を積まないと無理だとされて。


 特に宇宙船操縦士に就くのは厳しく、目指す若者は少なく、途中で挫折する若者も多かった。



 *   *   *   *   *



「我が、わしづか宇宙開発専門学校うちゅうかいはつせんもんがっこう。ここは、理事長の鷲司純一郎わしづかじゅんいちろうの志しである、日本でも世界でも全く新しい宇宙開発、それを若い世代の未来に託し……」


 四月の暖かな朝。壇上ではいかにも好々爺(こうこうや)といった校長が穏やかに語る。その声を聞きながら、天城基晴(あまぎもとはる)はぼんやりと大きな窓の外を眺める。大きな樹木に咲いた桜の花びらがひらひらと舞い散る。あれは人工桜かな? 出来たばかりの校舎に合わせて、昔ながらの学校の雰囲気を出すために桜の木なんて植えたのだろう。


「……これから様々な宇宙関連の仕事に就く若者達が、まずは業務の区分も隔たりもせず、比較の無い少人数指導、を主な概念として掲げております……」


 少人数指導、という言葉にちらりと周囲を見渡すと、確かに生徒も講師も少ない。

 進学先を決める際、親や教師から渡された宇宙関連学校の資料は膨大な量だったが。基晴はふと目に留まったこの学校を選んだ。


 創られたばかりの小さな学校に通いたい動機は簡単だ。

 周囲の誰とも仲良く一緒に学びたくなかった。

 逆に競い合ったりもしたくなかった。


「……それでは、これで入学式は終わりとします。これからあなた方ひとりひとりが地球上のわしづか宇宙開発専門学校でしっかりと学び、将来は大勢の力で宇宙へと道を進めることを願っています。学校長、室山義秀(むろやまよしひで)


 校長が挨拶を終えて深々と礼をすると、

「このあと学校内の見学会、そして各種サークル活動の説明会がありますが、参加は各々(おのおの)自由とします」

 壇上の脇に立つ女性がマイクを使い話す。しかし、基晴はすぐに群衆の中を通り抜けて真っ直ぐ帰宅の道に向かった。これからクラスメイトとなる人達と挨拶もせずに。



「ただいま、っと……」


 マンションの扉を開けると自動で照明が付くが、いつものことだがそこには誰も居らず、帰宅の挨拶も基晴の独り言だ。いつもの流れで通話タブレットの電源を入れると、馴染みのある女性の映像と声が流れてきた。

「こんにちは、天城さん。今日の夕食は、ペペロンチーノ、アボカドとサーモンのサラダ、コーンスープが調理済みです。メニューは飲料と一緒に冷蔵庫に収納してあります。お好きな時間にオーブンレンジで温めて下さい」

 画像の中に居るのはホームヘルパーの女性だ。入学祝いなのかメニューは基晴の好きなものばかり。けれどもそれを食べるのは基晴ひとりでだろう。まぁ、いつものことだが。今夜も母が帰って来るのは基晴の就寝後だろう。公認会計士の母にとって特に年度初めは忙しいのだし。

「ありがとうございます。明日もよろしくお願いします」

 ホームヘルパーへのいつもと同じ挨拶を吹き込んで返信すると、基晴は自分の部屋へ向かい、ごろん、とベッドに寝転がる。

 すると携帯タブレットにメッセージが受信されているのに気が付き、タブレットを開くとしっかりとこちらを見つめるひとりの青年の顔が映し出された。


「モト、わしづか宇宙開発専門学校への入学おめでとう。あそこは創立されたばかりの学校だから、馴染むまで時間が掛かるかもしれないが、ゆっくりでも頑張って慣れると良いな。自分のペースで体調に気を付けて頑張れよ。自分もわしづか宇宙開発専門学校の雰囲気は知らないから、今度会ったときに教えてくれ。入学祝いの食事会は以前(まえ)に決めた日時で。予定が変わったら連絡してくれ」


 わざわざ入学祝いのメッセージを送ってくれたのか。相変わらず几帳面で気遣いが上手(うま)いな。基晴はタブレットの返信入力ボタンを押すと、

「入学祝いメッセージありがとう。アニキも元気で」

 それだけの言葉を微笑みながら吹き込み、送信ボタンを押した。メッセージの送信先は基晴の三歳年上の兄、稲地信晴(いなじのぶはる)だ。兄弟なのに姓が違うのは、幼い頃に両親が離婚したから。理由は聞いていないが、感情の不一致とかよくある話だろう。父親とは月に一度は会っており、父親とふたりで暮らす信晴ともよく連絡を取っている。


 次に父親と三人で会うときは、どんな風に接しようかな? 楽しい学校生活の中でしっかりと勉強しているようには見せたいが、そのためには少しは学校に馴染まないと。


 そんな事を考えながら、基晴はウトウトと眠りについた。



 そろそろ夕食にしようとリビングのドアを開けると、そこには母が居た。ちょうど帰宅したばかりなのか、スーツのまま食事を机に並べている。

「ただいま、基晴」

「おかえりなさい、早かったね」

 いつも母の帰宅は11時過ぎだが、時計を見るとまだ8時前だ。

「基晴の入学祝いがしたかったの。ほら、あなたの好きなケーキも買ってきたから」

 母は明るい笑みで机上に置かれた高価そうな菓子店のラッピングを指差す。

「学校はどう? 基晴に合いそうだった?」

「うん。比較の無い少人数指導、っていうのが俺に合ってると思う。入学式で校長先生が話してたんだ」

 心配そうな問い掛けに基晴が明るく答えると、母はまた笑顔を見せたが、

「帰りは遅かったの? 制服のままじゃない」

 再び心配そうな口調になった。その質問で気付いたが、入学式の緊張や信晴の入学祝いメッセージから、着替えないまま眠っていたんだ。苦笑してごまかすと、また部屋へと戻った。

「……ふぅ」

 基晴は着替えながら溜息を吐く。離れて暮らす父だけでなく、一緒に暮らす母にも「新しい学校では楽しくしっかり学んでいる」と思わせたくて。


 夕飯の席で、基晴は母に入学式の光景を語った。

「父さんから勧められた学校に進もうかとも考えたが、あそこに決めてよかったと思う」

 母の買ってきた入学祝いのケーキに乗っている苺を食べながら話を()(くく)ると、紅茶を口にしていた母は笑う。

「あのひとは宇宙関連は自分が一番詳しいって思い込んでるけど、新しい情報には(うと)いのよ」

 母との会話で父の話題を出すのは、別にタブーではない。母も信晴とはよく会っているし、ふたりとももう夫婦ではないが、信晴と基晴の両親ではあるのだろう。

「でも人数は本当に少なかった。アニキの通う学校なんかは、誘われて文化祭見に行ったときに、学校じゃなくひとつの街みたいだな、って驚いたけど」

「そう……でもあそこは中等部から大学まであるし……あなたの通う学校は五年制でしょう」

 基晴が軽い調子で笑うと、小声で応えて母は席を立ち紅茶を継ぎ足すが、信晴の学校の話題から顔を背けたようだ。


 幼い頃から兄の信晴は基晴の憧れでもあり目標でもあったが。

 父親は分かりやすく優秀な兄と比べて基晴の不器用さを諭して。それに対して母親は基晴の前で兄を過剰に褒めるのを避ける。

 そのためしっかりと劣等感は身に付いており。

「やっぱりお兄ちゃんと同じ進路に進むのは嫌だ」なんて思ったのも、基晴が創業されたばかりの小さな学校へ進んだ要因のひとつだった。



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