温泉
色々と高鳴る衝動を抑えながら、俺はアルルと一緒に女湯へののれんを潜った。
その先にあったのは勿論脱衣所、しかし違和感に気が付いてしまう。
その違和感とは・・・・脱衣所に誰もいないことだった。
「・・・・何で誰もいないんだ?」
「良いじゃないですか、広くて」
確かに広い、俺達以外誰1人としていない脱衣所。
しかし何故だろう、ものすごく残念な気がする。
でも、きっと温泉の中には沢山の人々がいるはずだ。
・・・・あ、ヤバい、また変な衝動が、これが男の本能か。
「どうしたんですか? 早く着替えましょう」
「あ、あぁ、そうだな」
俺はアルルに言われたとおり、ゆっくりと服を脱ぐ事にした。
「・・・・リオさん!」
「な、何だよ!?」
俺が服を脱いで、タオルを腰に巻いたらいきなりアルルが大きな声を出してきた。
「何でタオルを巻いているのですか!?」
よく分からないけど、俺が服を脱いだ後にタオルを巻いているのが気にくわないらしい。
だが、俺は温泉に行ったらタオルを巻くようにしているし・・・・今まで1度しか行ってないけど。
「いや、普通は巻くじゃ無いか、お前だってタオルで胸と下を隠してるんだし」
「分かってませんねぇ、やっぱり子供はフルオープンで走り回るのべきなのです!
そんな腰にタオルを巻いて温泉を走り回る子供がいるとでも!?」
「よく分からない理屈を俺に言うな、そしてお前の意見を押し付けるな
そもそも、俺の予想だとトラ達も同じ様にしていることだろう」
まぁ、フレイの奴はフルオープンで走り回ってそうだけどな。
「とにかく駄目です! と言うか、なんで下だけなんですか!?
タオルを巻くというのなら、上も隠して下さい!」
「胸なんざ無いし」
俺は5歳くらいの子供だ、そんな子供がいちいち胸なんて隠しはしない
下手したら上半身裸で走っても何も言われないくらいの年齢なんだからな。
まぁ、そんな子供はいないだろうけど、親が止めるはずだし。
・・・・いや、孤児院にいたとき、フレイの奴がおしめで部屋中を走り回ってた気がする。
その時の先生は大変そうだった、必死にフレイを追いかけていた途中に床が抜けて
盛大に転けてたな、で、心配そうにしてよってきたフレイを拘束していたっけ。
あぁ、なんとも懐かしい記憶だ、あいつはあの頃から変ってないんだよな。
「そんな風に言うなら下も脱いで下さい、お願いします!」
「それは無理」
「がーん! わ、私の、私の夢が・・・・」
「勝手な夢を抱くな、あと死んでくれ」
「いいえ、私は大願を果たすまで死にませんよ!」
はぁ、もうこいつと話していると本当にしんどいな。
何でこいつはここまでオンオフの差が激しいんだか。
・・・・いや、暴走の振り幅が大きすぎるだけか。
「とにかく、さっさと行くぞ」
「分かりました、ですがきっと私にラッキースケベがあるに違いありません!
きっと滑って転けたリオさんが私を押し倒すみたいな状況に!」
「ならねーよ!」
こいつの馬鹿な発言に悩まされながら、俺は楽園への扉を見据えた。
そう、その扉は磨りガラスだ、だから中の様子は分からないが
複数の影が動いているのは分かった、どうやら予想通り誰かいるらしい。
俺は高鳴る自分を抑えながら、その扉をゆっくりと押した・・・・しかし開かない。
「あ、開かない・・・・だと、そんな馬鹿な! ぐぐぐぅ!」
俺は力一杯押しているのだが、開く気配が無い。
どうしてだろうか、さっぱり分からない! あと1歩が届かないなんて!
「・・・・リオさん、微笑ましいです! ふふふ、そこ引き戸ですよ~」
「は、はぁ!?」
後ろを見てみると、ものすごい幸せそうな顔をしているアルルが立っていた。
え? 引き戸? 引き戸なの!? 何でこんな簡単な事に気付けなかったんだ!?
そうだ、興奮しすぎてたんだ! 冷静な判断が出来なかったのか!
だが、不本意ながらこいつのお陰で入り方が分かった。
俺は今一度覚悟を決め、横に引き、楽園へ歩き始めた・・・・が。
「・・・・・・」
その先にあったのは楽園などでは無く、いつものメンバーがお湯に浸かっているだけだった。
何でこいつらしかいないんだ? そんな・・・・温泉と言えば見ず知らずの・・・・
「あ、リオさん達も来たのですか」
「え、あ、あぁ」
「あはは! リオちゃんだ! いやっほー!」
「・・・・なんでお前らしかいないんだ?」
「今日は貸し切りですよ、お姫様達が体を休めて来いって言ってくれましてね」
「・・・・なんで」
「はい?」
「なんでそれを最初に言わない・・・・何で温泉があるとしか言わなかったんだよ・・・・」
「いやぁ、リオさんが渋れば言うつもりだったんですけど、あっさり承諾してくれたので
別に言う必要ないかなって思いましてね」
折角の温泉なのに、これじゃあ、いつもの風呂と同じじゃ無いか。
確かに湯の種類が多いのは素晴らしいことなのかも知れない。
だが、これじゃあ、温泉じゃ無くて広くて湯船が多いただの風呂じゃないか。
「と言うか、私としてはリオさんとお風呂は入れるってだけでテンション凄かったんでね
だって、リオさん最初以来ずっと私達と入ってませんでしたし、フレイさん達とは入るのに」
「・・・・そう言えばそうだったな」
「そうだよ、だから私としては楽しみだったんだよ、リオと一緒に入るの初めてだし」
「私も」
そう言えばメルトとマナとは一緒に入ったこと無いんだったな。
「そう言えばそうだったな」
「そうでしょう? それに皆で一緒には居ることはありませんでしたからね
なので、折角の休憩ですし、こう皆で交流を深めようかなって言う事で
今回は良い機会でしたよ、お姫様達にも感謝しないといけませんね」
・・・・ま、まぁ、そうだな、たまにはこう言うのも悪くないかも知れない。
こんな風に俺達4人とその子守4人が一緒に入る事は無かったし。
「所で3人だけですか? トラさん達は?」
「露天風呂だよ、青空を見たいって、あ、私はリオちゃんが来るのを待ってたの」
「そうか」
「と言うわけで、私達も行こう!」
そう言って、フレイはタオルとかを巻かずに湯船から出てきて、俺の方に走ってきた。
やはりこいつはタオルとかは巻かないようだ、予想通りだな。
「いやっほー! あ」
「は?」
しかし、俺の近くに来て、停止しようとしたときに足を滑らせ、俺の方に倒れてくる。
流石にこの不意打ちに反応できるはずも無く、俺はフレイに押し倒されてしまい、後頭部を強打した。
「・・・・」
「リオさん! ちょっと! リオさん!」
「・・・・うぅ、超痛ぇ」
「リオちゃん、大丈夫?」
「な、何とか・・・・で、フレイ、俺の上に馬乗りになるな、重いんだけど」
「お、馬乗り! じゃあ、この状態で露天風呂に行こう! 私はリオちゃんに乗ってるから!」
「あぁ!? ふっざけんな! テメェで歩けや!」
「あ、ごめんごめん、リオちゃんって力無かった、と言うわけで」
「は?」
今度はフレイの奴が俺の方を掴んだと思うと、軽く1回転して自分の背中に乗せてきた。
・・・・あれ? どういう事だろうか、どうして俺がフレイの背中に乗っているんだ?
「じゃあ、いっくよ!」
「はぁ!? え? はぁ!? ちょ、ま!」
「あははは!」
「のわぁぁぁ!」
そして、凄い速度でフレイは4足歩行を始め、露天風呂まで突っ込んでいった。
凄く早いんだけど!? 何この子、なんで俺を乗せたままでこんなに早く!?
いやいや、そうじゃない! そもそもさ、子供が子供を乗せたりするか!?
背中狭いんだよ! 大人ならいざ知らず、同い年の子供! 少しバランス崩せば落ちる!
そしてバランスが取りにくい! この速度で落ちたら俺は死ぬって!
「止めろフレイ! 落ちたらヤバい!」
「大丈夫だよ! 落ちなきゃ良いだけだからね!」
「だったらせめてもう少し減速しろ! この速度は不味いって!」
しかし、俺の声はフレイには届かずに、フレイは俺を背中に乗せたまま加速していった。
仕方なく俺は落ちない様にフレイにへばりつき、堪えていると、ようやくゴールが見えてくる。
ようやくと言っても、本来掛かった時間は数秒なのだろうが、俺的には長く感じた。
「フレイさん、リオさんを乗せてどうしたのですか?」
「フレイ、もしかしてまた強引に」
「いやっはぁー!」
「ぬわぁぁぁ!」
フレイはトラ達が浸かっている湯船に向けて俺を乗せたままダイブしやがった。
そして、俺の視界は一瞬にして水中に沈み、それと同時に異常な熱さが俺を襲った。
「あっちゃぁぁ!!」
「あつぅぅ!」
それはどうやらフレイも同じだったようで、こいつも俺と同じく絶叫した。
「それは熱いでしょうね、この湯船は46度ですので、ダイブだと熱く感じますわ」
「な、なんでそんな湯に入ってるんだよ!」
俺は湯船から飛び出て、冷静に返してきたシルバーにその疑問を投げかけた。
「私は熱いお湯が大好きなのですわ、トラさんが入っているのはトラさんが負けず嫌いだからですわ」
「は?」
その言葉を聞いて、俺はトラの方を見てみた。
トラは俺達がダイブしてきたからかしら無いけど、顔を真っ青にしながら入っている。
見た感じ、かなり震えてるようにも見える、堪えている証拠だろう。
「トラさん、熱いのなら出ても良いですわよ?」
「あ、ああ、熱いわけ無い、な、舐めないで」
「声が震えてますわよ」
「き、気のせい」
トラは強がっている様子だが、その表情には一切の余裕が見えていない。
あれだよな、子供に46度のお湯は辛いだろうな。
俺は風呂に入るときはそれ位だったが、この姿になってからは結構辛いし。
「トラ、無理しないで良いんだぞ?」
「無理なんかしてないから」
トラ、最近負けず嫌いに拍車が掛かってる気がする。
前までここまで負けず嫌いじゃ無かった気がするんだけどな。
もしかしたら部下に負けたくないのかも知れない。
「そうですか、リオさん、トラさんはこのままらしいので、お二人はウィングさん達と入って下さい
お二人にはこの温度は厳しいでしょうし」
「そうだな」
とりあえず俺は自爆してのたうち回っているフレイを引っ張って、ウィングが入ってる風呂に移動した。
「あ、来たんだ・・・・えっと、フレイちゃんは大丈夫かな」
「見てたんだな、まぁ、大丈夫だろう、こいつは頑丈だからな」
「そうだね・・・・でもリオちゃん」
「何だ?」
「足を持って引っ張るのはどうかと思うよ?」
「大丈夫だろう、こいつは無駄に頑丈だからな、そもそも俺がこいつを持ち上げる事が出来る訳がない」
俺はあまり力が無いからな、こいつを引きずって運ぶことは出来たとしても
こいつを持ち上げて運ぶことは出来ない。
「リオちゃんはいつもフレイちゃんの事は雑に扱うよね」
「安心しろ、雑に扱うのはこいつとアルルだけだ」
「あはは・・・・」
「リオの意外な一面を見た気がするよ」
ウィングの近くに居たマルが少し楽しそうにそう呟いた。
やっぱりマルもここにいたんだな。
「マルもいたんだな」
「勿論いるよ・・・・それにしてもリオは皆といると楽しそうだよね、特にフレイさんとは」
こいつにはそう見えていたのか、俺はそんな風には感じていなかったんだがな。
だが、こいつが言うのならそうなのだろう。
ウザったいとは思っているが、フレイの事は信頼しているからな。
それにしても、フレイはさん付けか、まだ馴染んでない証拠か。
もう3ヶ月も経ったというのに、慣れないんだな。
「そうなのか」
「うん、私と一緒に居るときはこんなに嬉しそうじゃ無かったのに・・・・少し妬いたよ」
「そりゃね! 私とリオちゃんは小さい頃から育ってきたからね!
後リオちゃん、私、頭が凄く痛いんだけど」
「大丈夫だ、お前の事だしすぐに痛みは消える」
「酷くない? この運び方は酷くない? 私が馬鹿になっちゃったらどうするの!?」
「安心しろ、それ以上は馬鹿にはならないから、むしろ頭を打った方が賢くなるかもな」
「本当に!? じゃあ、そこの柱に頭をぶつけてくる!」
「止めろ! お前は本当に馬鹿だよな!」
冗談で言ったはずなのに、すぐにその気になるってどうなのだろうか。
やはりこいつはいつまで経っても馬鹿だな。
「本当に楽しそう」
「リオさん! 私達も来ましたよ!」
「今日は良い天気だから露天風呂も良いね」
「うん、私もそう思うよ」
「は! リオさんが腰に巻いているタオルが緩んでる! これはチャンスですね!」
「あ、本当だ」
俺はアルルの大声を聞いて、緩んでいたタオルをもう一度強く締め直した。
「そんな! そんなぁ! どうして直しちゃうんですか!? どうして気が付いたのですか!?」
「・・・・お前が言ったからだろう、この変態、てか、下手したらフレイより馬鹿なんじゃねーの?
「うぅ・・・・私の大願、またしても叶いませんか」
「最近アルルさんの様子がおかしい気がする」
「大丈夫だ、あれが普段のあいつだから」
「いや、あれが普段っておかしいと思うけど」
「あぁ、あいつはおかしいからな」
ウィングの少し呆れた言葉に俺は答えた。
「へ、へぇ、えっと・・・・あ、そうだ、メルトさん、一緒に入ろう」
「あぁ、分かってるよ」
「じゃあ、私もフレイさん達と入ろう」
「うぅ、しくしく、我が大願がぁ」
「トラさん、皆さんあのお風呂に入るみたいですわよ? 私達も行きませんか?」
「し、シルバーが行きたいならね、でも、先にシルバーが出たら、シルバーの負けだから」
「そうですわね、では、私の負けですわ、速く行きましょう」
「そ、そうだね」
俺達は露天風呂の大きな風呂に同時に入る事にした。
だが、アルルだけは未だにうなだれている。
「・・・・アルル、お前も入れよ」
「はい! 今すぐ行きます!」
さっきまで絶望した表情で地面を見ていたというのに
俺があいつを誘うとあいつの表情はすぐに変り、風呂に入ってきた。
そして、すぐに俺の近くにすり寄ってくる。
「はぁ、良い湯ですね、空が綺麗です」
「・・・・はぁ、そうだな」
「ですが、リオさんの方がもっと綺麗です」
「お前って、本当に結構変な事言うよな、脳みそ腐ってんの?」
「いやぁ、前に読んだことのある本にこんな台詞がありましてね
1度でも良いから言ってみたかったんですよ、普通は星空の下で男の人が言う台詞ですが
別に女の人が女の子に使っても良いかなって」
「ロマンチックですわね、私も言われてみたいですわ」
「そうかな? 正直キモいと思うんだけどなぁ」
「まぁ、確かにそうですよね、人の美しさと星空の美しさでは性質が違いますからね」
「リオちゃん、こっちこっち、何だか難しいお話ししてるし」
「あぁ、うん」
「あはは! 見てみて! 泳げるよ! 広いよね!」
「フレイ、温泉で泳いじゃ駄目だって」
「そうだよ、怒られちゃうよ?」
「大丈夫! 私達しかいないから!」
アルル達は何か乙女チックな話で盛り上がっている。
で、俺達は遊んでいるフレイのお守りか。
アルル達は普段とは違う感じだが、俺達はいつも通りだ。
・・・・でも、悪くないと思える、やっぱり変らぬ居場所の1つや2つくらいは欲しいな。
まぁ、楽園を得る事は出来なかったが、それでも良い体験になったかも知れない。
たまには全員で風呂に入るのも悪くない・・・・その内、この中にフランとメルが入れば良いがな。
その時になれば、多分マルも馴染んでくれるだろう、ま、もう結構馴染んでるかもしれないが。
俺は泳ぎ回っているフレイとそれを必死に止めようとしているウィング、マル、トラを見てそう思った。




