『仕方ないから助けてあげる』
クロエとルカが殴り合いを始めてから、すでに四時間。
美しい顔立ちに青あざを刻み、鼻と口から血を流しながらも、互いに拳を打ち込む。
「うおりゃぁぁぁあ!」
「ガ、ハッ……のじゃ!」
だが、その戦いに差は出始めていた。
「あぁ? なんだよそのヘボパンチは!」
「っ!」
ルカの拳を受けても、クロエは微動だにしない。
逆に、カウンターで放った渾身の一撃がルカの頬をとらえ、彼女の身体は地面へと叩きつけられた。
「ほら! んなもんじゃねぇだろ? 立てよ……お前の番だ」
しかし、ルカは倒れたまま動かない。
「……」
「おい」
「……」
返事はない。嫌な予感に駆られ、クロエは駆け寄って髪を掴み、顔を覗き込む。
「……嘘だろ……」
ルカは気絶していた。
「は? ……おい……おい! 起きろ!」
クロエの息はまだ荒れていない。
体力にも余裕がある。
だからこそ、この程度で気絶したルカに困惑を隠せなかった。
「おい!」
「……」
返答はない。
「っ……!」
クロエは奥歯が欠けそうなほど強く食いしばり、最後に渾身の拳をルカの顔面へ叩き込んだ。
「俺が求めてたのは、そんなお前じゃないんだよ!!」
「……」
「こんなもんでくたばったなんて……嘘だろ? あの圧倒的な強さは、どこに消えたんだよ!」
手を抜いていたわけではない。
ただ――普通の人間であろうとしたルカの身体と、普通を捨てたクロエの身体。
その差が、如実に現れていただけだった。
「……」
「俺は……何のために……」
「……」
クロエはポケットから一枚の魔皮紙を取り出すと、指先で弾いてルカの身体に貼りつけた。
「チッ……」
魔皮紙が起動し、ルカが目を覚ます。
「!……」
「勝負は俺の勝ちだ。さっさと傷を治せ」
「どうして……トドメを刺さなかったのじゃ?」
「あ? 今のはあくまで“勝負”だ。殺し合いじゃねぇ」
「………後悔することになるのじゃ」
「…………させてみろよ」
「……」
「俺の人生はお前に狂わされた……クリスタルドラゴン討伐。あの時、俺達はそこに居た」
「……あの場に……」
「そうだ。てめぇにとっちゃ、周りに群がる虫と同じだったかもしれねぇ。だが、俺にとっちゃ……人生を変えられ、いや、終わらせられた出来事だったんだ」
「……」
「だから後悔させてみろよ! お前は……こんなもんじゃねぇだろ!」
「…………本来の姿になれ、そう言いたいのじゃな?」
「そうだ。あの日より俺達は強くなった……それを証明――」
「断るのじゃ」
「……は?」
「ワシは今の姿で……お前達を――」
言葉を最後まで言い切る前に、クロエはいつの間にか手にしていた大鎌を振り下ろしていた。
「っ!」
ルカは咄嗟に両手へクリスタルブレードを展開し、辛うじて受け止める。
「てめぇ! 解ってんのか!? その姿じゃ、こんな単純な力比べすら勝てねぇんだぞ!」
クロエの力が圧し掛かり、ブレードにヒビが走る。
「くっ!」
ルカは足元からクリスタルを生み出し、衝撃でクロエを押し退け距離を取った。
「それでも! ワシはこの姿で――!」
言葉を吐き出す直前。
ルカの片腕が吹き飛んだ。
「……な!?」
「もういいよ、お前」
隙を見逃さず、クロエは瞬時に間合いを詰めると、もう片方の腕も容赦なく刈り取った。
「ぐ……!」
両腕が落ちるよりも早く、足元から伸びた【黒い鎖】がルカの身体を絡め取り、拘束していく。
「これは……」
「卑怯だなんて言うなよ? さっきの勝負はもうついてた。それに、俺達は“お前の本来の姿”と戦うことを前提に準備して来てるんだ」
その時、空間が揺れ、転移の光と共にルコサが現れた。
「そういうこと。君達が殴り合ってる間に、こっちは準備させてもらったよ」
「……流石はルコサ先生なのじゃ、自分の教え子に手を出すつもりなのじゃ?」
「変な言い方しないでくれる?まるで俺が変態みたいじゃん」
「……」
「なんで黙るんだクロ」
ルコサはオリバから借りた片手銃を取り出し、ルカの眉間に構える。
「君の核は“ここだ”」
狙いは見事に捉えていた。
「……………」
「最後に言い残すことはあるかい? 懺悔なら神の使徒である俺達が聞いてやろう」
銃口を突きつけられながらも、ルカの口元には不気味な笑みが浮かんでいた。
「お主らが使う【神】と、ワシの『神』はちと違うての。その神が言うのじゃ……」
ルカは小さく息を吸い込み、狂気を孕んだ目でルコサを見据える。
『――ヤバい時は助けに来るよ♪ ってね♪』
「!!!!」
突如、アオイの声が天から響き渡る。直後、ルカを中心に足元から巨大な魔法陣が奔り、光が一気に広がっていった。
「っ!この!」
ルコサはとっさに引き金を引いた。だが、指の動きを読んでいたルカは僅かに体をずらし、弾丸はその頬を抉って抜けた。
「ハズレなのじゃ!」
『――魔法陣の効果により【神の鎖】は無効化された』
「っ!この魔法は……神の……!クロ!」
「あぁ!」
状況を悟ったルコサはクロエの手を掴み、一気に転移。遠くに居たオリバルのもとへ飛んだ。
「一体何が――」
「オリバ!緊急事態だ!『女神』が干渉を――」
「おい……ルコ……」
「何だ!」
「その手に……掴んでるのは……」
「え……?」
ゆっくりと視線を落とす。
そこにあったのは――確かにクロエの腕。
しかし、腕だけだった……





