3.魔獣襲来
「先輩すんません。後ろ走ってて言うのもなんですが、ちょいと集中させてもらっていいですか?」
「なんでぇ、オイラに露払いさせようってのかい?」
「聖都へ到着するまでの時間を利用して、いろいろと下準備しておきたいんですよ」
「必殺技開発か?」
「いやまあ……時速40キロっしょ? ホバーの出力を上げたいし、肩ミサイルに細工を施したいし、なんやかんやしたいしで」
「うむ、デニス嬢ちゃんの為になるなら露払いの役目を引き受けようではないか!」
西の地平に日がかかる頃、青き魔狼と黒き巨神が、一路聖都に向かって街道をひた走る。
都市として大きな胃袋を持つキュウヨウは一大市場である。人の往来は激しい方だ。
キュウヨウ ― 聖都ウーリス間は、人の脚で十五泊の距離である。
城塞都市キュウヨウから聖都までの間に、最低十五個の宿泊施設がある事になる。
つまり、十五以上の町があるのだ。
アエリオの町は、最もキュウヨウに近い町である。
元々は辺境の寒村であったが、キュウヨウが建設された後は、後方補給の基地として栄える事となった。
朝早くにアエリオを発てば、夕刻までにキュウヨウへ到着する。その地理的好条件がこの町を支えていた。
後方支援基地であるが故に、中心施設は簡単な柵で囲われている。
日が町の西に沈もうとするこの時間帯。外へ出ている人々も戻ってくる頃だ。
ここ、東の門は閉門の時間を迎えていた。
三々五々、戻ってくる住人達に対し、門番二人は大声で急ぐ旨を告げていた。
いつもと変わらぬいつもの風景。
夜は出歩いてはいけない。
聖教会が課した戒律の下、人々は定められた時代を消費していた。
そこへ――。
青い旋風が襲来した。
黒い魔神が怒濤の勢いで突っ込んできた。
住人達の間を青い巨狼が駆け抜け、門を飛び越えてアエリオに進入した。
黒い巨神が、簡素な門を破壊し、町に入っていった。
わずかな時間の出来事だ。
何か大変な事が起こっている。それだけが判っただけで、人間がどうこうできる事柄ではなかった。
現にキュウヨウから知らせは入っていない。
知らせより早く彼らが移動している事など、知識および常識の範囲外であるゆえ、門番達に何も求める事はできない。
町に住まいする者の多くは中央通りを駆け抜ける、二体の魔物を見た。
ある者は宿の二階の窓から、通り過ぎる半身を見た。
ある者は、戦慄するまえにすれ違った。
危害を加えるでなく、何かを要求するでなく、人と変わる事なく大通りを走った。
別世界の生き物が、どこかの隙間から人間界に現れ、人間の道を使い、人間の町を当たり前のように通過する。
人が活動する時間と、活動を休止する時間の狭間を抜けていく異様の者達。
青い魔狼と黒い巨神は、恐るべき速度で駆け、西の門から出て行った。
その事実を感情と経験則が否定する出来事。夢を見るには少々早い時間。
――何かが破壊されようとしていた。
その日の夜は、町始まって以来の大騒動となった。
赤子ですら眠らなかったという。
この世の終わりを声高らかに歌う者がいたという。
動ける者は手に武器となる物を持ち、家の全ての窓とドアに閂をかけ、固まって震えていたという。
魔獣に遅れる事半日。アエリオに駆けつけてきた聖騎士の大部隊が、皮肉にも騒動に輪をかけることになる。
町の機能は七日八夜に渡って停止した。その後の知らせでさらに七日間機能障害を起こす事となる。
この事件は、以後数百年に渡ってアエリオで語り継がれる伝説となるのであった。
聖都ウーリス。
聖宮殿を囲う簡素であるが荘厳な城壁を中心として、ほぼ円形に広がる都市である。
中心部にある聖宮殿こそ、俗世より隔離された美しき空間であるが、その周囲に構成される町は人の営みが盛んである。
いくつもの聖教会や、聖修道院が町中に建ち、人々の拠り所となっている。
俗世ではあるが、聖教会の教えに基づき生きる清き人が大勢住む町である。
もっとも、必然的に門前町としての性格を持つゆえ、商魂逞しき商店が多数存在するのだが、おおむね聖教会により生きている者達が作った町には違いない。
「なんだあれは?」
聖都に詰める聖都親衛隊達が騒いでいた。
東から飛んでくる片目の潰れた巨大な鳥が、聖宮殿へ向かっていたからだ。
幻獣ジンが宮殿中庭に降り立とうとしたのは夕日が沈む前。まだまだ明るい時間帯だ。
ベルドの命により、デニスとジムを移送していたのだが、何の連絡も受けていない聖都親衛隊達は魔獣襲来とばかりに攻撃態勢を取っていた。
「おい、人間を運んでいるぞ!」
巨鳥が脚のかぎ爪で檻を掴んでいた。
中には少女と少年そして男が二人の計四人。全員ぐったりしている。
男は重量軽減のため鎧を脱いでいたので聖騎士に見えなかった事、そして高度高速飛行により体力と意識を奪われ意識朦朧としていた事が不幸であった。
「さては噂の魔獣使いか! 異教徒共め、目にもの見せてくれん!
鳥型魔獣が着地する瞬間の隙を狙い、一斉に襲いかかる手はずを整えていた。
まさに上を下への大騒ぎである。
幻獣ジンが四人の入った檻を下ろそうとしている。丁寧に下ろす事に神経を集中しているのだろう。だれの目にも隙だらけだった。
檻の中にいる聖騎士がベルドの連絡書を持参しているのだが、それが責任者の目に入る前に、ジンと人間四人は殺されそうになっている。
「弓隊、用意!」
ぎりぎりと音を立て弓が引き絞られる。
連絡より先に聖都へ着いたため、間違いが起ころうとしている。
「弓隊、放て!」
「待ちなさい」
凛とした声が聖都親衛隊の背後からかけられた。
蜂蜜色の金髪にアイスブルー瞳。白い法衣の男が立っていた。
「教皇バライト様!」
訝しがりつつも、弓隊は弓から矢を外し、跪く。
教皇は、二人の枢機卿を従えていた。
バライト教皇は、柔和な微笑みを絶やさず皆を見渡す。
「皆の者、大義です。これはベルド将軍配下の異法獣。檻の中はリデェリアルの天才少女デニスと村人のジム。それと送り届けてきた聖騎士二人です」
何故それを知っているのか? 親衛隊の者共は疑問を挟まない。
彼らにとって教皇は神と同列。自分たちの知らないことを教皇が知っていて何の不思議があろうか。
「この者達に神の慈愛を!」
彼らは羊使いを前にした羊の様に、従順に頭を垂れて従った。
「ハウル卿、ヨルド卿、この者達に温かい食べ物と飲み物を。体力の回復を待って事情を聞きましょう」
「心得ました」
二人の枢機卿は聖親衛隊に指示を出し、四人をつれて宮殿へと入っていく。
一人残ったバライトは柔和な微笑みを浮かべたまま、夕焼けに染まる西の空を見上げていた。
「地べたばかりを見ていてはいけない。上に立つ者は常に空を見ていなければ」
そして暗くなりつつある東の空に目を移す。
その目は厳しいものだった。顔から微笑みは絶えていた。
「まもなく未来が来る」
青と黒の巨大な魔獣が、いくつもの町や村を駆け抜けていった。
ある町では深夜に、ある村では早朝に、ある集落では昼の日中に。
その全ての、――魔獣が通り過ぎた村や町で、――そのあまりにも日常と非日常が入り交じった光景に、人々は心のダメージを受けていた。
神に祈りを捧げ、神をなじり、神を捨て、神のために争い、違う神に魅入り……。
それでも人は、幼い人類は「神」に信心するしかなかった。
――悲しい事だが――
心の傷は、人の手で作り出した薬では塞がらないのだから……。




