デスマーチ提案
ルキアから、エルフ語の専門家を招聘すると宣言されて三日。
俺はひとまず、現状の大結界マークⅡを強化するために本体まで来ていた。
俺の持つ小型結界を、とりあえず弱い部分に対して補強する形だ。盾の裏打ちのように、仮にその部分が破壊されても、小型結界によって守ることができるという形である。
だが結局のところ、これはその場凌ぎの方法だ。
大結界の一部が破壊されるとなると、その修理は本体を弄る必要がある。侯爵家の者以外に立ち入りのできない山――大結界マークⅡの本体を置いているあそこまで出張り、破壊された玻璃を新しいものと交換、ならびに全体の魔術式を刻み直すという作業が必要になってくるのだ。
本来、それをしないために敢えて分裂しやすい魔術式を刻み、遠隔管理装置によって本体に触らなくても修正できる――そういう体制を整えていたわけだが。
そして、この作業というのがかなり時間がかかる。
破壊された部分を小型結界で防いでいる間で、修繕できるかどうかと言われると疑問だ。何せマークⅡを作るのに、俺は一月半もの時間を要したのである。どんなに頑張っても、七日は掛かってしまうだろう。
何せ一部の修繕だけでなく、その部分を修繕したことによる他の箇所への影響だったり、全体のバランス調整を行わなければならないからだ。
だから俺は、マークⅢの建造を提案したわけだが――。
「……まぁ、出来ないことは……ないか?」
改めて大結界の本体を見ながら、そう呟く。
そんな俺の呟きに対して、隣にいたカンナがうげぇ、と顔をしかめた。
「先輩、本気で言ってんすか?」
「ああ……裏打ちした小型結界で一部分の強度を確保している間に、破壊された部分の修繕をする……まぁ、かなりの自転車操業にはなると思うが、俺が泊まり込みでここで過ごせば、出来ないことはないな」
「それじゃ、先輩の労働環境がフィサエル以下っすよ」
「……」
最短、二日で《白光》が二発飛んでくるとする。
損耗率の高い部位は、事前に小型結界で強度を保つ。その上で本体にまで影響のない部分は、ジュード先輩の育てた後輩たちによって遠隔操作による修繕を行う。そして本体まで破壊されている部分は、俺がここに泊まり込んで修繕を行う。
その間、カンナやアンドレ君をはじめとした魔術師たちで、小型結界を量産する。そして小型結界が完成次第、順次ここに運び込む。持ち込んだ小型結界を再び弱い部位に設置し、次の《白光》に備える――まぁ、この手順ならいけないこともない。
まぁ俺は、完全にこの場所で毎日野宿だ。寝れる時間は……まぁ、日に一時間もありゃいいだろう。
「つってもな……とりあえず、当座を凌ぐにはそうするしかないだろ」
「先輩が不在で、あたしらにどう新しい大結界作れって言うんすか」
「いや、それはお前が……」
「基幹部をいじって、さらに強度を上げるための方法をやるんすよね? そんなの、先輩以外に誰が出来るんすか」
「うーん……」
カンナの辛辣な言葉に、眉を寄せる。
確かに、大結界マークⅢの基幹部を弄ること――ルキアから「エルフ語の専門家を招聘する」と言われて、それが現実味を帯びてきた部分はある。
今まで俺は、分からないエルフ語をどうにか周囲の魔術式だったり、その発動だったりで推測して理解してきた。だが基幹部については、その大本であるために内容の理解が困難で、諦めていたのだ。
だが、エルフ語の専門家が来てくれるとなれば、その調整も現実味を帯びる。
どの部分にどの魔術式が働くのか、どの魔術式が枚数制限を示しているのか、そこに刻まれているエルフ語が少しでも分かれば、助けになってくれるだろう。
そして、それを出来るのはきっと俺だけだ。
だが、本体の修繕――それを行うことができるのも、多分俺だけだ。
何せ俺は、このマークⅡを作った本人だ。どのように修繕すればいいか、どのようにバランス調整すればいいかも分かっている。
ああ……せめて俺があともう一人いれば。
欲を言うなら、あと三人くらい俺が欲しい。
「悪いが、きみの泊まり込みはわたしも反対させてもらう」
「……ルキアさん」
そこで、口を挟んできたのはルキア。
ここは侯爵家の者以外出入り禁止であるため、ルキアと共に来なければならないのだ。だから、忙しい中で時間を作ってもらって、こうしてカンナを含めて三人、馬車を操縦しているダリアを含めれば四人で、こうして来ているのである。
「そもそも、泊まり込みでこの場所で延々と仕事を行うのは、きみの過労死すら招くことになる。きみは今後のノーマン領の発展において、欠かすことのできない人物だ。いたずらに、きみの寿命を縮めるような真似はしないでくれたまえ」
「ですが……」
「当座というだけならば、構わないとは思う。だが、その自転車操業を続けることは許さない。わたしはきみの身を、何よりも心配している」
「……ありがとうございます」
ルキアのありがたい言葉に、涙が出そうになる。
そこまで期待してくれていることも嬉しいが、その期待に応えなければならないという重圧もまたあった。
「ですが……大結界マークⅢの製作を始めるにしても、マークⅡを維持し続けることは必要です。基幹部を弄って、さらに強度を増す形での新しい製作になるので……マークⅡよりも、さらに時間がかかると思いますから」
「……その間に《白光》が二発放たれてきたら、終わりということか」
「はい。ですから……そうなったら、俺はしばらくここから動けません」
「その場合、マークⅢをどうするかだね。主導で作ることのできるきみがいないとなれば、製作することもできない」
「……」
ああ、本当に。
俺がもう一人、いてくれたら――。
「仕方ないっすよ、先輩」
「……何がだ?」
「もうこうなったら、仕方ないっす。あたしも、覚悟決めるっす」
ふぅぅぅ、とカンナが吐くのは、大きな溜息。
そして意を決したように、俺を見据えて。
告げた。
「先輩……ガルフ爺さんとミナ姉さんを、呼びましょう」
「――っ!」
カンナの口から出てきた人物は。
かつて封印都市フィサエルで、俺たちと共に大結界の維持管理をしていた二人――。




