新たなプロジェクト
「そういうわけで、早急に大結界を強化する必要性が出てきました」
「なるほど」
俺は、事の経緯をルキアに対して報告していた。
さすがに事が事であるため、ルキアへの報告は必要だろうと考えたのだ。
雲魔竜が二体――そんな状況は、今まで封印都市でも経験のないことだ。そしてフィサエルの古代遺物でさえ、《白光》の一撃で半壊していた。《白光》が浴びせられるたび、急いで魔術式を修復していたのもいい思い出だ。
だから俺の作った大結界マークⅡが、かつての古代遺物よりも劣るということではない。ただ純粋に、二度の《白光》という経験がないだけだ。
「……確かにそれは、由々しき事態だ。雲魔竜が増えるとはね」
「ええ。少なくとも、二度の《白光》に耐えうるだけの大結界を構築しないと、今度はノーマン領が危機に陥ることになります」
「分かった。大結界を強化する、腹案はあるのか?」
「……現状は、ひとまず俺の持つ小型結界を、全て一時的な防衛に使おうと考えています」
「ほう」
俺も、色々と考えた。
マークⅡの強化にあたり、すべきこと――それは魔術式をより強固にすることだったり、玻璃を重ねる量を増やすという、基本的なことだ。現在、十枚重ねにしている玻璃を、二十枚重ねにすることで純粋に強度は二倍になってくれるだろう。
だが、それを行うと今度は、魔鉄鋼の枠が問題になってくる。現状、使っている魔鉄鋼の枠は、十枚重ねにした玻璃を嵌めてぴったりのサイズにしているのだ。そして、そこに隙間なく魔術式を刻んでいる。
これを倍にしようと考えたら、大結界を一から作り直さなければならない。そうなると、現在《魔境》とノーマン領を隔てる大結界は一時的に停止し、魔物の進軍を阻むものは何もなくなってしまう。
それはまさしく、本末転倒というものだろう。
「一時的な防衛といっても、純粋に大結界に小型結界の照射を重ね合わせることで、損傷の多い部位をフォローするのが目的です。こちらの……」
俺はそう言って、懐から取り出した紙を広げる。
これは現在、起動しているマークⅡの形をそのまま紙に示したものだ。
俺は、その中でも右斜め上あたりを指差す。
「このあたりの一帯を、雲魔竜が執着して何度も攻撃を仕掛けてきています。ですので、一度の《白光》でも半分以上の損傷が加わる部分は、大体このあたりです」
「ふむ」
「他にも森巨人が攻撃を仕掛けてくるのが、このあたりです。ここも一応、《白光》の後には四十パーセントほどの損耗率になります。そういった危険な部位は、赤で記しています」
「うむ。実に分かりやすい」
広げた紙の、赤で記されている部分が損傷の激しい部位だ。
大体、赤い部分は全体の一割程度である。
「この部分に、一時的に小型結界を照射することで、強度を高めます。仮にこの脆弱な部分が二度の《白光》によって崩れたとしても、小型結界の照射によって阻むことができます」
「ふむ……では、この部分が壊れる前提だということか?」
「悪く言うなら、そうです。壊れないように強化するために、まず壊れても問題がないように保険をかけておく必要がありますから」
「なるほど」
俺は、自分の作った大結界に対して自信を持っている。
だがそれは、絶対に壊れないという根拠のない自信ではない。現在の損耗率や魔術式の補修頻度などを考えると、赤の部分が破壊されても決しておかしくはないのだ。
だからまず、対策というのは最悪を想定して打たなければならない。
「ですので……この部分を小型結界によってフォローすれば、仮に二度の《白光》によって一部分が崩壊することになったとしても、大結界全体が崩壊することはありません。分かりやすく言うなら、盾の弱くなった部分を金属で裏打ちするようなものですね」
「ああ、その例えは分かりやすいな」
「そして次の段階ですが……俺は、大結界マークⅢを作ろうと思っています」
「何……?」
ルキアの眉が動く。
まぁ、訝しむ気持ちは分からないでもない。だが、俺も根拠なくこんな発現をしているわけではないのだ。
「俺は封印都市に二十二年務めていましたが、古代遺物でさえ雲魔竜の《白光》を喰らうと、魔術式そのものは半壊していました。ただの一撃で、です」
「ふむ……」
「つまり現状の大結界で、今以上の強度を出すことは、不可能なんです」
「……」
俺も、何度も計算した。
玻璃ではなく妖精鏡をふんだんに使うことで、より強度を出すことはできないものかとも考えた。魔術式をより緻密に描いて、強度をより出す方法がないか模索した。
それこそ、つい先日辿り着いた新しい方法――多次元領域における魔術式の並行作動を利用すれば、より強度を得ることができるのではないかとも。
だが――その全てを用いても、大結界マークⅡに施すことができる強化は、せいぜい二割増しだった。
それでどうにか、かつて封印都市にあった大結界の強度に届く程度だ。
「だが、きみは大結界の向こうに大結界を構築することは、不可能だと言っていたではないか」
「はい。大結界を超えて、大結界を展開することはできません」
「ならば……」
「ですから、大結界を重ねて……僅かに後方に展開します」
紙を二つに破り、一つを立てる。
そしてもう一つを、それとほとんど同じ位置へと置いた。
「大結界とは別の方向から照射すれば、光の加減で歪むこともありません。今、一枚しか存在しない城壁を、二枚にするだけの話です」
「……可能なのか?」
「はい、可能です。ただ……ひとつ、問題はあります」
プレゼンテーションを行う場合は、メリットだけを出すのではない。
そこに生じるデメリットに対しても、しっかり理解してもらう必要がある。
何故なら、それは――。
「マークⅢを展開した状態で、マークⅡが崩壊した場合……マークⅢの向こうにマークⅡを再び展開することはできません。その場合、マークⅢより僅かに後方に展開することになります」
「……」
「最悪、マークⅡが崩壊した場合……少しだけではありますが、大結界が後退するということになります」
大結界を超えて、大結界を展開できない。
その結果、どうなるかというと――。
「……僅かな距離とはいえ、《魔境》が広がるということか」
「……ええ」
《魔境》は、少しだけ広がり。
人類の領域は、少しだけ失われるということ――。




