幹部集結
俺は翌日、早速カンナ、アンドレ君、ジュード先輩の三人を別邸に呼び出した。
詳しい話は明日――そう言われてから俺は、ダリアに用意してもらった強めの酒をしっかり飲んで、ぐっすり眠った。相変わらず飲んだ後の記憶はないけれど、多分何もしていないと信じたい。
そして早速呼び出したのは、昨日ルキアから聞いた話を、彼らとも共有するためだ。
カンナは何故か俺とルキアが二人で食事に行ったことに対して、「先輩もやることやってんすねぇ」と揶揄ってきた。やることやってねぇよ。
「ははぁ……封印都市の大結界を、再起動すか」
「そうだ。ルキアさんから、ひとまずそう言われた。その詳しい内容は、まだ分からない」
「ですが、確かに現実的な案かもしれません。小型結界があれば、《魔境》の内部も調査できると思いますし」
「そうだね。小型結界の強度は確認したが、大結界にも及ぶものだった」
「ああ」
アンドレ君、ジュード先輩の言葉に対して、俺は頷く。
現在、俺の手元にある小型結界は四十九だ。一つはルキアに預けており、残る小型結界は結局出番がなくなってしまった結果、我が家に置いたままである。
そして現状、小型結界が必要な場面は特にみられない。私兵団長のシュレーマンに一応聞いたけれど、「よっぽどの襲撃でもない限り、必要ないですねぇ」と言われてしまった。
「だから、四方に小型結界を展開すれば、《魔境》の魔物からの攻撃も防ぐことができる。さらに瘴気も通さない。余程の集中攻撃を食らわない限り、壊れることもないと思うし……仮に壊れたとしても、予備は大量にある」
「空気が心配っすね。《魔境》の瘴気が混じった空気だと、体調悪くなるっす」
「そこは、《浄化》の使い手を同行させる形だな。適宜換気をしながら空気の入れ換えをして、その都度瘴気を《浄化》してもらう感じだ。閉鎖空間内の《浄化》なら、そこまで魔力を使うこともないと思う」
「誰が使えるんすか?」
「……」
まず、俺は使えない。結界関連以外の魔術はほとんど使えないのだ。
そしてカンナも、そう聞いているということは使えないのだろう。
そこで、アンドレ君が手を上げた。
「ああ、僕使えますよ」
「アンドレ君、同行決定」
「ありがとうございます」
アンドレ君、きみ、何でもできるなぁ。
俺なんて、結界関連以外全部ポンコツなのに。ちょっと嫉妬してしまう。
「まぁ、実際の詳しい話は、後でルキアさんからしてくれることになってる。その前に、一応聞きたいと思って呼んだんだ」
「はぁ」
「俺は、封印都市の大結界を再構築することは、決して不可能じゃないと思っている。魔鉄鋼の大枠さえ残っていれば、玻璃で代用する形で結界の板を入れ替えて、再起動させることはできるはずだ」
「そっすね。理論上は可能だと思うっす」
俺の言葉に、頷くカンナ。
共に大結界マークⅡを作ってきたカンナならば、理解してくれるとは思っていた。あくまで、あのマークⅡを作ってきた日々――あれを、大結界の向こうでするだけなのだ。
正直、時間はかなりかかると思うけれど、不可能ではないと思う。
「それにあたしとしても……やってみたいっす。あたしに家族はいないっすけど……封印都市の住民には、知り合いも大勢いたっす。あの人たちを、せめて埋葬してあげることができるなら、どんな苦労もするっす」
「ありがとう、カンナ」
「儂も協力したいところだが……」
「まだ決定事項というわけではありませんが、ジュード先輩には残ってもらいたいと思ってます。俺とカンナ、それにアンドレ君が長く離れるわけですから……その間、ここで指揮を執ってもらいたいんです」
「なるほどな……」
一応、『ラヴィアス結界商会』の商会長は俺だ。
そして幹部という役割にあるのが、ぶっちゃけカンナとアンドレ君の二人である。特にアンドレ君は全体の統制とか指揮とか、そういうの全部任せていた。俺が技術畑の人間であるから仕方ない。
だからアンドレ君不在の間、全体の管理を任せることのできる人物――俺には、ジュード先輩以外に誰も思い浮かばなかった。
「ひとまず俺、カンナ、アンドレ君の三人。それに、荷運びの役割として十数人、といった形になると思う。少なくとも徒歩で封印都市まで向かわなければならないから、それなりの食料や水が必要になる」
「水は現地調達で、《浄化》を使えばどうにかなるかもしれませんが……さすがに、食料までは調達できそうにないですね」
「あたしもさすがに、魔物とか食べたくないっす」
うげぇ、と舌を出すカンナ。
安心しろ、俺も食べたくない。
「アンドレ君、部下の魔術師に《浄化》を使える者はどれくらいいる?」
「僕の知っている限り、三人ですね。でも《浄化》はそれほど高等魔術というわけではありませんし、聞けばもう少しいそうです」
「じゃあ、荷運びの面々については《浄化》が使える者を主として選別してほしい。あとは《水成》とかかな?」
「《水成》はどうでしょうかね。あれはどうしても、大気中の成分を……」
俺の質問に、アンドレ君がそう答えようとして。
次の瞬間、ばんっ、と応接室の扉が開かれた。
「――っ!」
「ああ、揃っているようだね。何よりだ」
「えっ……ルキアさん?」
その扉を開いたのは、ルキア。
てっきり今日、ルキアの都合の良い時間に呼び出されるとばかり思っていたから、かなり驚いた。
「午前の仕事が、思ったよりも早く終わってね。わたしも机に向かってばかりで、少々腰が痛かった。だから、散歩ついでに来ただけだよ」
「そ、そうでしたか。すぐにお茶の用意を……」
「ああ、行きがけにダリアに会ったから、ついでに頼んである。茶菓子は上等なものを用意するように伝えたよ」
「……分かりました」
勝手知ったる人の家――ではないか。この別邸も、俺が借りているだけで実際にはルキアの所有物なのだから。そしてダリアも同じく、ルキアが雇っているメイドである。
そう考えると俺、ルキアから借りてるものばかりだ。あと大結界の欠片とか。
「さて、それではきみたちが聞きたいだろう話をしよう」
ソファに腰掛けて、顎で俺に座るよう促すルキア。
俺は頷いてから、ルキアの正面へと座る。カンナ、アンドレ君、ジュード先輩は俺の背後にそれぞれ立つことを選んだらしい。
「その名も、『フィサエル型大結界再起動計画』だ」
「……」
うん、分かりやすい。
とても、分かりやすい。
しかし『フィサエル型大結界』――その名前は二十二年務めた俺も、初めて聞いた名称だった。




