小型結界について
小型結界の量産に関しては、以前から考えていたことの一つである。
それは全て、俺の商会――『ラヴィアス結界商会』の経営を考えてのことだ。
商会としての仕事が大結界の管理だけとなると、ぶっちゃけ俺とカンナ、それにアンドレ君と他数名くらいが揃っていれば十分である。
勿論、今後大結界の部品――玻璃の板が破損することは十分に考えられるけれど、一気に崩壊する可能性はさほど高くない。それこそ、雲魔龍が何十匹も一斉に『白光』を放ってきたら危ないかもしれないが、少なくともフィサエルの歴史上、そういった行為は一度もない。つまり、適宜破損した箇所の玻璃の板を、少しずつ作っていけばいい話である。この作業については、言っては何だが俺一人でも十分である。
だがそれでも俺は、この商会に所属している人員――その誰一人として、削るつもりがない。
もう仕事に必要ないから解雇だ告げれば、それこそ俺はあの憎い都市長と同じ人間になってしまう。
ここまで短い間ではあるけれど、大結界を構築することに尽力してくれた人材なのだ。彼らの今後も保証すべきが、リーダーたる俺の仕事だろう。
「量産って、これ……え? あれ、これって、玻璃じゃない……?」
「ああ。これは元々、封印都市にあった大結界の一部だ」
「えっ!? そ、それじゃこれ、古代遺物なんですか!?」
「まぁ、そうだ。目指すべきは、一応これなんだけどな」
俺が差し出した大結界の一部――それを見ながら、アンドレ君が驚愕に目を見開いていた。
ラヴィアス式新型ノーマン大結界マークⅡでは、玻璃で代用したもの――それは本来、妖精鏡という素材だ。玻璃よりも遥かに頑丈で弾性も高く、容易に傷のつかない素材である。
しかし残念ながら、この素材を作ることができたのはエルフだけであり、その製法は既に失われている。
「……元々の大結界は、こんなにも薄い素材だったんですか」
「ああ。玻璃だとどうしても、一枚一枚に分厚さがあるから、これより厚くなってしまうし、重くなってしまうのが難点だな」
「この薄さで、十枚重ねなんですか?」
「いや、これは四枚重ねだ。玻璃だと強度に不安があったから、これよりも多く重ねて強度を得るようにしたんだよ」
「……それでも、この薄さですか。四枚重ねでも、玻璃一枚にも満たないですね」
まぁ、アンドレ君の驚きは分からないでもない。
玻璃の板はそもそも、薄くすると僅かな衝撃でも割れてしまう脆いものだ。そのため、一枚一枚をそれなりに厚くしている。さらにそれを十枚重ねにしているため、非常に分厚いものとなってしまっているのだ。十枚重ねると、胡桃の実くらいに厚くなってしまうのが難点である。
比べて妖精鏡で作られたこれは、途轍もなく薄い。羽毛ほどの薄さだと言って過言ではないだろう。
この素材を作ることができれば、一番なのだが――。
「まぁ、一番いいのはこれを作れることなんだが……ひとまずは、今回作った玻璃と魔鉄鋼のやり方で、小型結界を作ってみようかと思う」
「大結界の一部を、自分で展開できる道具ですか……」
「ああ。ルキアさんは、これを買うのに金貨五千枚を出したと言っていたよ」
「……」
「でも俺たちが作れるのは、これよりももっと重くなるし、強度も低い。それに割れたときに刺さるかもしれないから、懐に入れておくのは難しくなる。そのあたりの課題をクリアしないと、商品にはならないだろうね」
少なくとも、今のままでは商品として売り出すのは難しい――それが、俺の頭の中だけで考えている結論だ。
実用段階に至るまでは試作を続けて、そのうち売り出すことができればいいかなと考えている。
「せんぱーい。何やってんすか? そろそろ戻って……あれ、アンドレ君まだいたんすか」
「ああ、カンナか」
そんな風にアンドレ君と話しているうちに、やってきたのはカンナだった。
現在、俺とカンナは広間とは別の部屋で、遠隔管理装置へ魔術式を刻む作業に勤しんでいる。一応、完成したら遠隔管理装置を設置する場所だ。
その作業途中、アンドレ君が来たということで一旦抜けて、カンナに任せていたのだが。
「あ、どうも、カンナさん」
「ちっす。どうしたんすか? 定時報告ならすぐに済むだろうと思って、先輩待ってたんすけど」
「ああ、すみません。僕の方が色々、ソルさんに聞きたいことがあったので」
「なんすか? 男同士のいやーんな話すか?」
「してねぇよ」
何言ってんだこいつ。
そもそも俺、ぶっちゃけ未だに女性関係ゼロだぞ。いやーんな話なんか、聞いたことしかないっての。
あれ。俺このままだと、女性関係ゼロのままで結婚することになってる。
「アンドレ君に、小型結界の話をしてたんだよ。お前にも前に話しただろ」
「ああ、小型結界すか。でも、そんなん商売になるんすか? お貴族さまくらいしか買わない気がするんすけど」
「それなんだよなぁ……」
以前に、カンナに話したときに言われたことは、一応覚えている。
俺は一応、商品として小型結界を売り出す予定ではある。しかし素材に魔鉄鋼を使わなければいけないし、原価がどうしても高くなるのだ。どんなに売値を削っても、金貨百枚とかになるレベルである。
それだけの価値はあるとは思っているけれど、そうそう手を出しにくいお値段なのだ。
「あたしが金貨百枚持ってたら、こんなもん買わないっすよ。冒険者ならもっといい武器とか防具を揃えると思うっす。お貴族さまなら、それで護衛を雇うっす。金貨五千枚も出して買う物好きなんて、ルキアさんくらいっすよ」
「……まぁ、そうだな。俺も色々考えているけど、これを商売にしていくのはまた今後の課題というか……」
「いえ」
そんな、カンナと俺の会話に。
真剣な眼差しでそう言ってきたのは、アンドレ君だった。
「ちょっと考えただけでも、欲しい人は何人もいます」
「……アンドレ君?」
「後衛を守りたい冒険者は絶対に欲しいでしょうし、乗合馬車の業者も護衛を雇う代わりに導入したいでしょう。敵の多い貴族は間違いなく欲しがりますし、貴重品の多い商店などでも欲しい代物だと思います」
アンドレ君の目が、輝いている。
一瞬でそんなに羅列するとか、きみ何者なんだ。
「これは、売れますよ。ソルさん」
「……」
アンドレ君。
きみ、商人の才能もあったのか。




