商会としての方針
俺の現在の職場は、別邸の広間だ。
ラヴィアス式新型ノーマン大結界マークⅡ(やっぱ名前長ぇ)を作っている際にも、ルキアの屋敷の方では玻璃の板を、こちら側では魔鉄鋼の土台を作るという形で分業していた。それは現在も大きく変わっておらず、俺は相変わらず別邸の方の広間で作業を行っている。
そして、ルキアの屋敷――玻璃の板を作っている側はどうなのかというと、そちらの作業も継続してやってもらっている形だ。
大結界が展開してから、さすがに人数が過剰ということでルキアが削減したが、今でも五十人からなる魔術師たちが玻璃の板を加工している。
既に大結界は出来ているわけだし、そんなにも玻璃の板は必要ないのではないかという意見もあるかもしれない。だが、封印都市フィサエルの大結界は妖精鏡という特殊素材が使われており、それを玻璃で代用した形なのだ。どうしても強度、粘度共に劣る素材であるため、多少の衝撃で傷ついてしまう。
ゆえに数を用意して、いつでも本体の板を交換できるようにしているのだ。俺の見立てでは、雲魔龍がやたら執着してくるあたりの結界基盤については、半年に一度は交換する必要があると睨んでいる。
さらにこの量産体制を続けていくことでの、腹案もある。
「ソルさん、お疲れ様です」
「ああ、アンドレ君」
そして、そんな玻璃の板に対する作業を、全部監督してくれる役割――それが俺の信頼する魔術師、アンドレ・カノーツ君の仕事である。
今日も今日とて、アンドレ君が別邸の方に作業の報告に来てくれた。
「久しぶりだな、アンドレ君」
「へ? いつも会ってるじゃないですか」
「いや、なんか心情的に」
確かにアンドレ君の言う通り、彼は毎日別邸の方に顔を出してくれて、作業の進捗状況について報告してくれるのだ。だから昨日も会ってるし、一昨日も会っている。
でもなんか、心情的にすごく久しぶりな気がしたのだ。何故だろう。
「今日は合計、二十八枚できました」
「作業ペースは、順調に上がっているな。その調子で続けるようにしてくれ」
「はい。作業員たちもだいぶ慣れたみたいで、手際よく作ることができています」
「なら良かったよ」
「そろそろ、割と倉庫の方に大量にある状態ですが……」
「ひとまず、継続してくれ。今の大結界の……品質の悪いものとの交換枚数が、まだ何枚になるか分からないんだ」
アンドレ君の報告に、俺は頷く。
たったの二ヶ月弱で、何千枚と作った玻璃の板だ。あの頃は、玻璃の板を作る方もかなり無理をさせて、毎日二百枚とか作らせていた。正直、そのせいで全体的な品質については、かなり粗いものになっていたことを否めない。
俺の方で、さすがに規格外すぎるものについては弾いているけれど、多少品質が悪いものも無理して組み込んだ部分はあるのだ。そして品質が悪いということは、つまり劣化しやすく強度も低いということになる。そのため、落ち着いたら交換していく予定だ。
今、彼らに作ってもらっているのは、適宜交換していくための玻璃の板である。
「今後も、品質を第一に作っていってくれ。作業スピードが上がることは良いことだが、それで品質が落ちることのないように」
「分かりました。また、チェックの方をお願いします」
「ああ」
アンドレ君が置いた木箱を開けて、中身を確認する。
以前はアンドレ君も監督役、そして玻璃の板を検分する役割で忙しく、俺のところに持ってきてくれたのはダリアだった。だが今は一段落ついているということで、アンドレ君自身がこうして俺の元に持ってきてくれるのだ。
そして、二人で改めて製品の方を確認して、品質の方をチェックしていくようにしている。
一枚一枚取り出し、そこに刻まれている魔術式を確認して、俺は頷いた。
「……うん、問題ない。今後も、品質を落とさないように頼むよ」
「良かったです。ではまた、明日も持ってきます」
「ああ」
「ただ……少し、疑問があるんですけど」
「うん?」
アンドレ君のそんな言葉に、俺は眉を上げる。
どことなく不安そうな様子だ。品質には問題なかったけれど、作業の方で何か問題でも発生したのだろうか。
「僕たちは……いつまで、この仕事を続けることができるんですか?」
「……どういうことだい?」
「いえ……大結界は、もう完成しているじゃないですか。僕たちが今作っているのは、今使っている部品で、品質が悪いものを交換するためですよね?」
「ああ、そうだ」
アンドレ君の質問に頷く。
確かに、アンドレ君の言う通りだ。今使っている品質の悪いものを、より品質の良いものに変えるための作業――今、彼らが行っているのはそれに尽きる。
「だったら僕たちは……いずれ、解雇されるんですね」
「……」
「今後、永続的に……ずっと必要な部品を作っているわけではないんですよね? そうなれば……いつかは、僕たちの仕事も必要なくなるんじゃないですか?」
「……」
思わぬ言葉に、返すことができない。
今後永続的に必要なもの――例えば大結界そのものの維持管理ならば、仕事が尽きることはないだろう。封印都市の元都市長のように、無能な上司が不要と判断しない限り、維持管理の仕事はずっと継続していくと言っていい。
だが玻璃の板を作っていく仕事は、いつか終わりがくる。現在の部品を交換して、その上で予備の部品を作れば、今後はそれほどの量産体制を作る必要がない。それこそ全てが落ち着いたら、維持管理と並行して俺が作ることもできるだろう。
そうなれば、彼らは解雇となる――。
「俺は……解雇という形にはしたくないと、考えている」
「……そうなんですか?」
「ああ。アンドレ君をはじめとして、何人か……まだ未定ではあるけれど、維持管理の方法を教えて、そっちの仕事をやってもらおうと考えてる。あと……玻璃の板を作っていく仕事も、まだ継続していくつもりだ」
「でも、玻璃は……」
「アンドレ君には、見せたことがあったかな」
俺は懐から、袋を取り出す。
この仕事を始めてから、ずっと懐に入れてある大切なもの。
慎重に袋から取り出し、くるんでいる布を外し、そっと机の上に置く。
それは――ルキアから託された、かつての大結界の一部。
「それって……」
「これは、封印都市で実際に使われていた大結界の一部だ。これ単体で、少量の魔力を流すだけで、周囲に簡易の《結界》を張ることができる」
「えっ……!」
アンドレ君に向けて、俺は笑みを浮かべる。
俺は大結界を作ることができた。エルフの技術と比べれば不完全なものかもしれないが、再現することはできたのだ。
ならば――これも、作ることができる。
「俺は……これを、量産しようと考えてる」
丁度いいことに、俺の立場は商会長。
そして商会ということは、何かしらの商売をやるということだ。
その主力商品として考えているのが。
この、『小型結界』である。




