商会長になるとかいきなり
商会長にならないか。
そんな突然の言葉に、俺は眉を寄せることしかできない。
というか、俺はさっぱり覚えていないけれど、きっと昨日晒した醜態について、叱責を受けるつもりで来た俺だ。それがいきなり、商会長にならないかとか言われても混乱するだけである。
そのため、答えられずにいた俺に対し、ルキアが笑みを浮かべた。
「まぁ、突然のことで意味が分からないだろうね」
「え、ええ……」
「一応、説明はさせてもらうよ。しかし、これはわたしの事情でもある。だから、きみに負担をかけることはない。それは約束しておこう」
「……ありがとうございます」
一つ、安心する。
商会長になるという話が、どんな内容から来るものかは分からない。しかし、どう考えても俺の負担は増えるだろうとは考えていた。
だが、ルキアがそう言ってくれるのならば、安心できる。
彼女はきっと、俺にできないことは最初から言わないだろう。
「まず大結界の維持管理についてだが、これを侯爵家からの公共事業という形にしたい」
「……公共事業、ですか」
「そうだ。貴族領における予算というのも、わたしの一存で決めることができないものも多くてね。正直、ラヴィアス式新型ノーマン大結界マークⅡを作成している段階では、侯爵家の予算を割くことができなかったんだよ。だから、仕入れた玻璃の板と魔鉄鋼の料金も、きみや他の魔術師に対する給金も、全てわたしのポケットマネーだ」
「えぇっ!?」
思わず、そう声を上げる。
玻璃の板に関しては一万枚以上も用意してもらっているし、魔鉄鋼は素材そのものが稀少でありめちゃくちゃ高い。これだけで、恐らく金貨数千枚は吹っ飛んでいるだろう。
さらに、俺や魔術師の給金に関しても、全て――。
「まぁ、正直なことを言うと、おかげでノーマン侯爵家の貯蓄はほぼ底だ。さらに、少なくない借金もしている。だが、金勘定はわたしの仕事だ。きみはそのあたり、考えなくとも良いよ」
「し、しかし……」
「だが現在、ラヴィアス式新型ノーマン大結界マークⅡ……うぅむ、長い名だな。いちいち言うのが面倒だ」
その名前つけたのあんただよ。
そう言いたい気持ちを堪えながら、ルキアの言葉の続きを待つ。
「まぁ、新型大結界については現状、効果を確認できている。そして、フィサエルの大結界が既に崩壊したことを考えれば、この新型大結界の管理維持を行うにあたって予算を割くことには、何の問題もないということだ」
「……」
「だが、きみがわたしの雇っている一個人となれば、ノーマン領からの支出は必要経費のみとなる。大結界の管理維持にあたって、収入も支出も一切発生しないということだ」
「はぁ……」
難しくて、なかなか理解できない。
そのあたりの金勘定とか、一切無縁の生活を送ってきた俺だ。
「だから、商会を作る。きみを代表として、新型大結界の管理維持業務をノーマン領から請け負う商会だ。形ばかりの入札は行うが、我が領から公共事業を委託するという業務形態になるだろう。そうなれば、ノーマン領から業務委託という形で資金供出がなされる。商会はそれをやりくりして、さらに事業を広げることもできるんだよ」
「その……つまり、俺は何をすれば?」
「特にきみの仕事内容は変わらない。ただ、肩書きがノーマン大結界管理商会の商会長に変わるだけのことだ」
「……」
ええと。
つまり、商会を作るというのはあくまで、ルキアがノーマン領を運営するにあたって必要なだけのことであり、俺は名前だけ商会長になるようなものということだ。特に、商会長になったから何か仕事が増えるということもないだろう。
でも公共事業を請け負うとなれば、何かしら書類仕事とか、そういうのが増えるんじゃないだろうか。
「その書類は、きみが商会長になった場合の人員配置だ」
「は、はぁ……」
「一応、確認しておいてくれ」
ルキアが差し出した紙束――それを、捲る。
『ラヴィアス式新型ノーマン大結界マークⅡ維持管理機構 組織図』とタイトルに書かれていたそれは、まず最上に俺の名前、その横に顧問として『ルキア・フォン・ノーマン』の名が書かれている。
副商会長、カンナ・リーフェン。
専務、アンドレ・カノーツ。
その下には商会員として、玻璃の板を作った際にいた数名の魔術師の名前が書かれていた。恐らく、今後大結界を管理していくにあたっての人員が、ここに書かれているということだろう。
そして二ページ目――事務方と書かれている紙には、一つも見知った名前がない。
「書類仕事などの事務方は、わたしの方から人員を用意する。わたしへの収支報告書などを作成するのは、事務方になるだろう。実務の者は一応、毎日報告書を提出してほしい。何も異常がなければ、定形様式に『異常なし』と一言書いてくれればいいよ」
「……本当にただ、名前だけの商会長ってことですか」
「まぁ、そうだね。何だい? もしかして、商会長としてふんぞり返ることでも期待していたのかな?」
「いやいや……」
ふふっ、と笑ってくるルキア。
俺には全部が理解できていないけれど、とりあえず俺が名前だけの商会長になることが、ルキアの利に繋がると考えていいのだろう。
そしてルキアがそれを望むのならば、俺に否はない。
彼女が俺を拾ってくれて、俺を活かしてくれたのだ。ならば俺は、その恩に報いるだけのこと。
「分かりました。今後も、大結界の管理維持に努めます」
「頼むよ。諸々の書類は、わたしの方で準備しておく。そのあたりの準備が整うまで、ゆるりと過ごすといい」
「今日から早速、遠隔管理装置の接続を行う予定です」
「……わたしは、休めと言ったつもりなのだがね。いや……まぁ、きみにはきみの仕事のペースがあるだろう。わたしの方から、下手に口出しはしないことにするよ」
ルキアが呆れたように、そう肩をすくめた。
だが俺としても、なるべく早く遠隔管理装置の設置はやりたいのだ。そうでなければ、いちいち大結界を補修するために本体まで行かなければならない。
逆に言えば、俺が休むためには早く遠隔管理装置を設置しなければならないのである。
「ああ、それと」
「はい」
「きみの給金だが、今後は商会の方から支払われることになる。まだ事務方と予算を組んでいる段階ではあるから、確定というわけではないが」
「え、ええ」
俺の現在の給金は、金貨二十枚だ。
正直、これをルキアがポケットマネーから捻出したと聞いて、返したくなってきたけど。今のところ、金を使うことがあまりないし。
だから、別段これが減っても、特に問題はないように思えるのだが――。
ルキアは俺に向けて、にっこりと笑みを浮かべる。
「金貨四十枚ほどになる予定だ」
「……」
なんか。
倍に増えた。
いつもご覧くださり、ありがとうございます。
諸事情ありまして、こちらの更新ですが週2回、月木更新から週1回、月曜のみの更新に変えさせていただきます。
今後ともよろしくお願いします。
7/20 社長→商会長 に変更いたしました。




