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領境の街道へ

「よし……これで、全部終わりだな……!」


「意外と、時間かかったっすね……」


「だが、許容範囲内だ。まだ《魔境》の瘴気は遠い」


 最終調整には結局、丸二日かかった。

 玻璃の板ごと全部交換したのが、結局四ヶ所に及んだせいだ。いくらノーマン侯爵家の高級な馬車とはいえ、玻璃の板を全て無事に運ぶことができるほど揺れが少ないわけではなかったらしい。

 だがそれでも、並の馬車で運んでいた場合、この程度の損傷では済まなかっただろう。


 現在、俺たちの前にある大結界の照射装置――そこには現状、何の問題もない。

 不具合は全て修正し、何度も確認を重ねた。何の問題もなく、これから大結界を構築することができるだろう。


「それじゃ、先輩」


「ああ。俺が今から、領境の街道に向かってくる。お前はここで、俺が合図をしたら大結界を構築してくれ」


「承知っす」


 そして今度は、俺とカンナの役割の交代だ。

 今度は俺が実際に照射されている大結界を確認し、カンナの方が照射装置の方を確認する。その上で起動を行い、何の問題もなければ、そのまま照射を続けることになる。

 つまり、今度こそ完全に最終段階ということだ。

 これで大結界の照射に成功すれば、ラヴィアス式新型ノーマン大結界マークⅡは今後、半永久的に稼働し続けるだろう。


「では、ダリアさん」


「はい、ソル様」


「俺を……ザッハーク領との領境まで連れてってもらってもいいですか?」


「それは……」


 ちらりと、ダリアがカンナを見る。

 ここはルキア曰く、ご禁制のものを多く置いている場所であるし、カンナ一人を置いていくのは問題になるかもしれない。

 だけど俺、馬車とか操縦できないし。そこはダリアを頼るしかないのだが――。


「……いえ、承知いたしました。ソル様の希望は、余すことなく叶えるようにとルキア様より命じられております」


「ありがとうございます」


「カンナさん、ここにある他のものには、決して触れないようにお願いします」


「大丈夫っすよ。あたし、大結界で忙しいんで」


 ダリアが一応、そうカンナに釘を刺した。

 しかし先程の俺もそうだったけれど、現状の俺たちは大結界以外全く興味がない。ここにご禁制のものがあると言われても、「ふーん」くらいで済むだろう。

 だから問題ない――俺はそう信じて、まず馬車に乗る。


「それじゃ、ダリアさん! 出してください!」


「はい!」


 ダリアが御者台に乗ると共に、馬車を動かし始める。

 行きは俺とルキアと大結界の照射装置が入っていたから、随分狭く思えたが、今は俺一人。随分広すぎる車内に、なんとなく居心地の悪さを感じてしまう。


「……」


 だけれど、居心地の悪さを感じるのは、今じゃない。

 今から俺が向かうのは、領境。

 つまり、これから大結界を照射する場所なのだ。


 大結界を構築すれば、その時点でザッハーク領とノーマン領は分断される。

 ザッハーク領から逃げてきた避難民は恐らく、列を成して街道にいることだろう。


 俺は彼らを――目の前で、見捨てるのだから。















「到着いたしました」


「ええ、ありがとうございます」


 馬車を飛び降りて、現状を確認する。

 ザッハーク領とノーマン領の間には、領境と呼ぶほどの何かがあるわけではない。単に看板で、『ここからノーマン領』という印が書かれているだけである。何せ、入領するのに何かが必要になるわけではないからだ。

 しかし現在、そこには検問所が仮設営されており、その検問所に対して長蛇の列ができている。

 そこで俺は、以前にルキアが言っていたことを思い出した。


――逃げてくる者には皆、奴隷紋を刻もうと考えている。


 奴隷紋。

 それは他人に所有される、人間以下の証だ。所有者に対して決して逆らうことができなくなるという、まさしく奴隷に対して刻まれる紋である。

 俺は何故そこまで行うのかと、ルキアに尋ねた。


――当然だろう。わたしはノーマン領の領主であり、第一に考えるべきは領民の安全だ。避難してきた流民に自由を与えてしまえば、そこで不自由を覚えた彼らが暴動を起こす可能性もある。


――わたしは、領民でない者にまで庇護を与えられるほど優しくはないのだよ。逃げてきた者に与えるのは、わたしの庇護ではない。わたしの管理だ。


 どこまでも領民のことを考える彼女の発言に、俺は納得した。

 少しでも領民の安全が阻害される可能性があるならば、可能性の段階で全て踏み潰す――それが、ルキア・フォン・ノーマンという領主の考え方なのだから。

 だから恐らく今、こうして長蛇の列ができている理由もまた、一人一人に奴隷紋を刻んでいるからなのだと思う。


 そして――今の俺に、この列に並んでいる全てを救うことはできない。


「ご苦労様です」


「おぉ……? ああ、新しい魔術師か? 良かった、奴隷紋を刻む魔術師が足りなくてな」


「いえ、違います。俺は大結界の管理者です」


「へぇ、あんたが?」


 近くにいた、隊長らしい男にそう告げる。

 そして同時に、俺はこれから大結界を築く場所――そこを改めて確認した。

 既に焦げたような痕がついている場所が、これから大結界を築く場所だ。既に焦げているのは、一度カンナが確認するために大結界を構築したからだ。そして、カンナの確認が終わり次第大結界の照射を解除しているため、現在は何もない。

 これからここに、大結界を築くわけだが――。


「今から、大結界を張ります」


「……正気か? まだ、避難民は大量にいるんだぞ?」


「ですが、向こうを見てください。既に、瘴気は見える位置まで来ています」


「……」


 長蛇の列の最奥――その向こうに見えるのは、黒く淀んだ靄だ。

 避難民たちもそれを分かっているからこそ、随所で「早くしてくれ!」「助けて!」「早くっ!」と叫ぶ声が聞こえてくる。しかしそれでも暴動が起きないのは、武装した兵士が領境を固めているからだろう。


「仕方ないな……」


「少しなら、待ちます」


「分かった……おい! お前ら! 検閲ラインをもう少し下げる! 領境からこちら側に、入れられるだけ入れろ!」


 隊長がそう部下に告げ、俺から離れる。

 本当ならば救えるはずの命――それを、一人でも多く。

 だけれど、全員を救うことはできない。


「……」


 何人が、向こうに取り残されるだろう。

 何人が、見捨てた俺を恨むだろう。

 今から痛くなってきた胃を、歯軋りと共に押さえる。


「おい、貴様っ!! 貴様っ!!」


 だけれど、唐突にそんな風に後ろから声がして。

 振り返ると共に、感じたのは頬に走る強い熱さと、目元の火花。

 殴られたと感じたときには既に、俺の体は倒れていた。


「ようやく見つけたぞ! ソル・ラヴィアス!」


「えっ……」


 そこにいたのは、俺に引導を渡してきた男。

 大結界が崩壊する、その原因を作った男。

 そして――誰よりも早く逃げてきた男。


「都市、長……?」


 ジーク・タラントン都市長が、そこにいた。

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― 新着の感想 ―
[一言] さあ、お前の罪を数えろ。 罪状結界により護られた都市で有りながら結界管理局を独断で除こうとした。 結界を破壊しようとしその責任をまだ残っていた結界管理局に押し付けた。 都市長という立場であり…
[一言] Σ(||゜Д゜)あわわわ ソルさん… つ★★★★★
[一言] いやいや、衛兵なにやってんの。 前話のシリアス感台無しじゃん。 何この萎える展開… もう少し頭使って欲しかった… 非常に残念である。
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