ルキアの真意
ダリアのことをどう思う。
勿論、女性としてだ。
そんな質問が来ると思っておらず、俺は答えに詰まる。
一体どんな意図があって、ルキアがそんな質問をしてくるのか――その真意が、全く掴めない。
「その……ルキアさん?」
「ああ」
「ど、どういう意味、ですか……?」
「うん? わたしの言い方が難しかったかな? ダリアのことをどう思うか質問しただけなのだが。女性として魅力的であるかどうか、きみに答えてもらおうと思ってね」
「……」
それは理解している。
その上で、俺の今の状況を考えてみよう。
俺は今、ルキアに雇われている状態だ。封印都市フィサエルの大結界が崩壊する――その情報をルキアに届け、俺が新たな大結界を作るプロジェクトのリーダーとして選ばれた。
その上で現在は住む場所もないため、ノーマン侯爵家の別邸を借りている。そして俺一人では生活能力も低いということで、ダリアをはじめとしたメイドを派遣してもらっている。食事も全て、侯爵家で作ったものを持ってきてもらっている現状だ。
つまり、俺は今。
衣食住の全てをルキアに依存しており、仕事においてもルキアに雇われている状態だということだ。
「その……ダリアさん、ですか」
「ああ。無論、ここにはわたし以外に誰もいない。きみの忌憚のない意見を聞かせてくれて構わないよ」
「はぁ……」
何度も言うが、俺は四十のおっさんである。
婚期はとうの昔に逃しているし、今後そういう相手は現れないだろう。今回、大結界を作ったことでルキアからそれなりに報奨金でもいただければ、その金を元手に婚活でもしようかなとは思っていたりする。
そんな俺が、「いやー、ダリアさん超可愛いっすよねー」とか言ってみろ。
ルキアからすれば、信頼して派遣しているメイドに対して、色目を使っているように感じるのではなかろうか。
「……」
同時に、ルキアがそんな質問を投げかけてきたことに関しても考えてみる。
何故、今、このタイミングでダリアについて聞いてきたのか。
もしかすると、無意識のうちに俺は、ダリアのことをそういう目で見ているのではないだろうか。そして、ダリアがそんな俺の視線に気付き、ルキアに対して「ソルさんがいつも、なんだかいやらしい目で見てくるんですけど」とか相談したのではなかろうか。
だから、ルキアは今こうして尋ねているのだ。
本当にダリアのことをいやらしい目で見ているのか、その真意を問おうと。
では、ここで俺の答えるべき最適解は。
無難な答えを返すことである。
「ええと……そりゃ、確かに、綺麗な方だとは思います」
「ほう」
「いつも頼りにさせてもらっていますし、何もかも頼ってばかりで申し訳ないという気持ちも……まぁあります」
「ふむ。わたしの質問が迂遠だったかな? わたしは、もう少し突っ込んだ答えを聞きたいのだが」
うっ。
あくまでダリアの女性的な面には触れずに、極めて無難な答えでお茶を濁そうと思っていたのに。
ルキアは僅かに口角を歪めながら、俺の目を見据えてきた。
「きみは、ダリアを抱きたいと思うかね? 無論、これはハグの意味ではないよ」
「……そ、それ、は」
「返答次第では、ダリアをきみの愛人にしてもいいよ。無論、ダリアのことは公私ともに把握している。過去にも今にも、異性関係はない。極めて綺麗な体だ」
「……はい?」
意味の分からない言葉に、思わず俺は眉を寄せた。
ダリアを愛人にしてもいい?
「まぁ、わたしの口からこう言うのはあまり良くないのだとは思う。だけれど、当人同士で話が進まない場合、こうして第三者が口を出す方が上手くいく場合というのもえてして存在するものだ。だが、下手にわたしが言ったことを知られると、ダリアから多少恨まれてしまう部分があるかもしれない。だから、わたしが言ったことは内緒にしてくれると助かる」
「はぁ……?」
「ダリアは、きみを少なからず好いている。無論、これはライクではなくラヴの意味だ」
「…………………………………………へ?」
長い沈黙の果て、俺の口から飛び出したのは。
そんな、とても短い一文字だけだった。
「だから、きみの方にもそういった感情があるのであれば、話は早かったのだが」
「……ちょ、ちょっ、ど、どういうことですか!?」
「ん? 何が分からないのかな?」
「だ、だだ、ダリアさんが、お、俺を!?」
「ああ、そこに疑いを持っていたのか。残念ながら事実だよ。わたしは、そのあたりをダリアから直接相談されている。主人に対してこのような想いを抱いてしまいました、とね」
「……」
俺の頭は、ほとんど真っ白になっていた。
婚活でもしようかなとか考えていたのに、そんな俺のことを少なからず想ってくれる相手がいると分かったのだ。
それに加えて、ダリアは若くて綺麗な女性だ。そんなダリアから好かれて、嬉しくない男はいないと思う。
だが、それと同時に引っかかるのは――。
「だから、きみの愛人にどうかなと思ったわけだよ。実にわたしは、使用人思いの主人だと思わないか?」
「……ルキアさん、ちょっと、聞きたいんですけど」
「うむ。何でも聞いてくれたまえ。わたしに答えられることならば答えよう」
「愛人って……どういうことですか?」
引っかかっていたのは、そこだ。
別に俺は独身だし、わざわざダリアを愛人にする必要などない。何なら、今回大結界を作ったことによる報奨金なりを要求して、ノーマン邸の近くに家でも借りて所帯を持てばいい話である。
しかし、そんな俺の質問に対して、ルキアは僅かに首を傾げ。
「どういうことって、正妻はわたしだ。ならば、愛人にする他にあるまい」
……。
…………。
………………。
「…………………………………………………………………はい?」
「おや、先日決定したのだが……ああ、そういえばソル君には伝えていなかったか。ダリアも既に知っている話だったが、わたしとしたことが、ソル君に伝え忘れていたらしい」
うむ、とルキアは笑みを浮かべて。
そして――衝撃の事実を、告げた。
「ソル・ラヴィアス君」
「は、はい……?」
「ラヴィアス式新型ノーマン大結界マークⅡの落成に伴い、きみに報償を与える。ノーマン侯爵家当主配偶者、ならびに儀礼的爵位としてノーマン伯爵位だ」
「……」
「わたしとの結婚だ。嬉しいだろう?」




