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白鷺の乙女たち  作者: 21。
あなたを探して
11/31

鈴子・露子・菊乃 5

「あ、あのう・・・」


放課後の図書室で、鈴子に声をかける生徒が居た。

授業で使う本を物色しに来たはずなのだが、彼女の左腕には童話が2冊抱えられている。

声をかけられたのも3冊目を取り出そうとしていた時だった。

もじもじと俯いている少女は明らかに下級生であるが、見覚えはない。


「何かしら?」

「えっと、あの、本のことでうかがいたいことが・・・!」


意を決したように喋り始めたが、少し声が大きいようだ。図書館を取り仕切る司書は厳しいことで有名で、彼女に気づかれれば常連の鈴子といえど追い出されかねない。

人差し指を自分の唇に当て、静寂を促すと少女もハッとした様子で“申し訳ありません”と小さく謝った。


「本のことなら、図書委員の方にうかがったら?」

「い、いえあの、一ノ宮鈴子様、ですよね・・・?」


“えぇ”と、少し気取って微笑むと、少女の表情が明るくなった。


「一ノ宮様は、よく童話を読んでいらっしゃるとうかがったのです」

「それで?」

「それで、あの・・・あの・・・」


またもじもじとしだした少女に、鈴子は少し苛立った。いつも一緒にいる露子も自分も、思ったことはわりとすぐに口に出すタイプだ。

そのせいか、あまり内気な人間とは関わってこなかった。


「はっきり言いなさい」


少し厳しく突き放すと、少女はうっと涙目になった。しかし鈴子は特にフォローもしない。

だが、彼女が言い出すまでじっと待った。それを察したのか一度息を吸って少女は言った。


「その、よろしければおすすめの一冊など教えていただけませんか?!」

「はい、どうぞ」


鈴子があっさり手渡したのはまさに取り出そうとしていた3冊目の本だった。

思わず受け取った少女も驚きの眼差しで本と鈴子を見比べる。

まさか適当にあしらわれたのかと落胆しかけた時、鈴子がトントンと本の表紙を指した。


「この本はね、この前来たときにはなかった本なの」

「…新しい本、ということですか?」


“そうね”と鈴子が猫のようにニヤリと笑う。少女の顔が少し赤くなったような気がした。


「感動するとか面白いとか、それは人それぞれだわ。“これ面白いわよ”なんて言って薦めて、あなたに合わなかったら一ノ宮家の恥だもの」

「ですがこれは、一ノ宮様が借りるつもりだったのでは…」

「まだ借りていないからこそお薦めできるの。おわかり?」


鈴子は得意そうな顔をしているが、少女にその意図は伝わっていないようだ。

複雑な表情を浮かべる。


「私、この本を見つけた時にワクワクしたわ。どんなに面白い本かしらってとても楽しみだった。あなたが教えてほしいのはお薦めの本よね?」

「は、はい!」

「だから、今最高に読みたいこの本をお薦めするわ」



もっともらしい理由を並べる鈴子に、素直な少女はいたく感激した様子で手渡された本をぎゅっと抱き締めた。


「ありがとうございます…っ」


深く頭を下げ、少女は貸し出しカウンターへ向かっていく。

いい仕事をしたと満足げな鈴子だったが、ふと腕時計を見た。


『そろそろ行かなくちゃね』


露子の用事が終わる頃だ。そして今日は水曜日なのである。


----------


「お姉様探し、ですか…」


ココアの入ったカップを両手で持ち、菊乃は2人の話に興味深そうに聞き入っている。

話題は双子のお姉様探しの件のようだ。


「そう。親戚のお姉様がすごく美人で、絶対あんな方が良かったのよ」

「それで、見つかったんですか?」

「ダメだったわ。色々頑張ってきたのに無駄になっちゃった」


溜め息をつく2人に“はぁ…”と相槌を打って、菊乃はふと思ったことを口にした。


「妹は作らないのですか?」


本当に、思い付いたままを口に出しただけだった。しかしそれは、2人にとっては青天の霹靂。

丸い目を更に見開いて固まってしまった。


「「妹…」」

「妹、です。もうお姉様を諦めたのでしたら、妹を探すのもよろしいかと」

「あなた本当に賢いわね」

「お褒めいただき、光栄です」


菊乃がふふっと笑った。


「あなたは、まだお姉様とかいないの?」

「私は・・・これですから。難しいと思います」


露子の問いに、菊乃は車椅子を撫でて見せる。あぁ、しまったと露子は後悔したが、菊乃は傷ついた様子もなくにこにこと笑っている。


「それに、お2人とお話しできるだけで十分楽しいですから」

「あら、嬉しいことを言うわね」

「妹ができたら、教えてくださいね」

「あなたこそ、お姉様ができたら言いなさいね。車椅子なんか関係ないわよ、あなたいい子だもの」


驚いたような顔をする菊乃に、双子が顔を見合わせて“ねっ”と頷きあう。

“ありがとうございます”と照れくさそうに笑う菊乃は、心から嬉しそうだった。


----------


“今日の会議はここまでです。”今年度の美化整備委員長の一声で定例会議が終了した。

どの委員会においても月に一度の定例会議は1年生から3年生まで各クラスの委員が必ず出席しなければならない。

例に漏れず、露子もその場にいた。

終了と同時に騒がしくなる会議室で、露子はグッと真上に伸びをする。だんだんと生徒達が出て行って、さぁ帰ろうかと立ち上がったその時だった。


「あの、一ノ宮様」


かけられた声に振り返れば、そこには女子生徒が3人。1人を一歩前に突き出すようにして立っていた。

声をかけてきた少女はなんとなく印象に残っている。委員長に意見を求められて慌てていた1年生だ。

ということはあとの2人もそうなのだろう、露子は“何か?”と短く答えた。

あとの2人に軽く背中を押されながら先頭の少女が小さな箱を差し出した。


「あ、あの・・・っこれ、召し上がってください!」


震える声で言う少女と、目の前に突き出された箱を見比べて露子が困惑する。

ガチガチに固まっている友人を見ていられなくなったのか、あとの2人が口を開いた。


「あの、この子のお父様パティシエなんです。この子もお菓子作るの上手なんです」

「味は保障いたします。一ノ宮お姉様に召し上がっていただきたくて頑張ったんです!」


そしてまた少し、箱を突き出される。困惑しながらも受け取り、中を見た。

そこには形の良いカップケーキが2つ、綺麗に並んでいた。“まぁ、可愛い”と思わず呟くと先頭の少女の顔がパッと輝いた。


「私にくださるの?」

「は、はい!お口に合えば良いのですが・・・っ」

「そう・・・、ありがとう。鈴子と一緒にいただくわね」


にこりと微笑むと、3人は顔を見合わせて歓声を上げた。




「遅かったじゃない」

「ごめんなさい、1年生の子にちょっと・・・」


正門で待っていた鈴子は、露子が持ってきた箱を訝しげに見た。


「それ、なぁに?」

「カップケーキ。よくわからないけれど、召し上がってくださいって」


そう言いながら箱を渡せば、鈴子もまた中を見て“まぁ、可愛い”と呟くのだった。

帰り道、並んで歩きながら“それにしても、”と鈴子が切り出す。


「その1年生の子と仲が良いの?」

「まさか。初めて話したわ」

「それなのにカップケーキ?・・・そういえば私も、昨日知らない1年生に話しかけられたわ」

「社交的な子が多いのね」


不思議ね、と首を傾げあう。

2人が自分たちの身に起きている異変に気づくのは、翌々日のことになる。



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