表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海のかなた、雨のおわり  作者: 水瀬さら
十年後、冬
27/44

14

「さっきお姉ちゃんと逃げたでしょって言われた」

 電話を切った蒼太が、力なく笑って私に言う。

「開き直ってるんだね? つけてきたこと棚に上げて」

 私は窓の外を見たままつぶやく。

「うん……今、そこの駅にいるらしい。気持ちが悪くなったから迎えに来てって」

「ウソばっかり」

 もう冷めてしまったコーヒーのカップを強く握る。

 嘘つきなのは、私も同じだ。


「俺、行くよ」

 私の隣で蒼太が立ち上がる。

「こんな所まで誘っておいて、送ってあげられなくてごめん」

「気を使わないで。私は全然大丈夫」

 蒼太が私を見ているのがわかる。だけど私は絶対に蒼太の顔を見ようとしなかった。見ることができなかったのだ。

「じゃあ」

「うん」

 これで本当に最後かもしれない。蒼太の家も職場も私は知っているけれど、きっともう尋ねることはないだろう。

 蒼太は――和奏を選んだのだから。

 店を出て駅へと向かう、蒼太の姿が窓から見えた。

 その瞬間、私の目から素直な涙があふれ出し、窓越しに浮かぶ蒼太の姿がぼやけていった。


 どのくらいそこにいたのだろう。

 気がつけば閉店時間で、私は一人席を立ち、コーヒーショップをあとにする。

 外は北風が吹いていた。マフラーを首に巻きつけ、寒さに耐えながらアパートへ向かう。

 さっき蒼太と手をつないで駆け抜けた、イルミネーションの中を一人で歩いた。

 寒いからなのか哀しいからなのか、また涙がこぼれそうになる。

 誰かにそばにいて欲しい。この冷えた体をあたためて欲しい。

 それを素直に伝えられれば、きっと楽になれるのに。

 そう思いながらふと和奏のことを思い出す。

 ――あの子の方がよっぽど素直だ。

 伝え方は狂っているかもしれないけれど、いつだって和奏は自分の気持ちを真っ直ぐぶつけてくる。

 私のように、下手な作り笑いなどせずに。


 商店街の途中で立ち止まる。ぼうっとした頭を回転させて、道路の反対側を見る。

 寄り添うように並んで歩く家族連れ。若い父親と母親の間に、小学生くらいの女の子。女の子は、ちょっと早いクリスマスプレゼントのような包みを、大事そうに抱えている。

 何かを話しながら歩いている三人は、とても幸せそうに見えた。

「雄大……」

 三人は道路の反対側を、私に気づくことなく駅へ向かって歩いて行く。

 ――ごめん。急に人と会うことになっちゃって。

 人と会うって、このことだったんだ。


 三人の姿が見えなくなると、私はまた歩き出した。

 どうしてだろう。どうして何も感じないのだろう。

 雄大が、別れた奥さんと子どもと、幸せそうに歩いているのを見たのに。

 どうして私は何も感じないのだろう。

 立ち止まり、自分の心を確認するように胸を押さえる。

 ああ、そうか。そうなんだ。

 胸が痛くなるのは、家族と歩く雄大の姿ではなく、和奏と歩く蒼太の姿を想像すること。

 そして私が今、誰よりもそばにいて欲しいと願うのは、雄大ではなく蒼太だったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ