街中での遭遇
お久しぶりです。
ベンダーさんの護衛を受けつつ街の中を捜索することになった俺達はとりあえず街の中心部である広場へとやってきた。中心部であるだけあって人通りも多く、様々な人達が何事もないように日常を過ごしている。
「荒崎さん、私のそばをなるべく離れないでくださいね」
ベンダーさんは俺の前を歩きつつ常に周囲を警戒している。今のところ怪しい人物は見られないが自分も周囲を気にかけつつベンダーさんに続いて広場を歩く。
誰かに護衛をされながら歩くのなんて初めてのことなので少しぎこちない動きになっているかもしれない。
「怪しい集団と言われたけどそんな感じの人は今のところ見えませんね」
「集団ということは複数人のグループで行動している可能性もありますから見つければすぐにわかると思いますが…荒崎さん、もし怪しい人物を見つけたらすぐに教えてくださいね」
俺は頷きもう一度辺りを見回す。この世界に来てから正直自分にとっては怪しいというか見慣れない種族の人や変わった格好をした人を見かけたことはあるが、集団で明らかに怪しい人物というのは見かけた記憶がない。いや、もしかしたら見てはいるかもしれないが自分が気が付いてないだけの可能性もある。そう考えると様々なものが怪しく見えてしまうが、それがそうなのかは今のところ判断はできない。
しばらく広場に滞在してみたがやはりそれらしき人物の集団を見かけることはなかったので、一度場所を移動するために今度は城から少し離れた街の外れの方を探索してみることにした。
先ほどの広場とは違い人通りはまばらで静かな住宅街が並んでいる。
「今のところ何も起きないですね」
警戒の手を緩めないベンダーさんとは違い自分の緊張感は少しだけ解けていた。そもそもその集団は一体この街で何をしているのだろうか。イホームは目撃情報があるというだけでその集団がなにか事件を起こした等の詳細は書いていなかった。こんな風に調査をさせるだけの脅威があるということなのだろうか。
色々な思考を巡らせながら歩いていると突然前を歩いていたベンダーさんがぴたりと止まった。
「ベンダーさん?どうしたんですか?」
「荒崎さん、あそこを見てください」
ベンダーさんはそう言ってさりげなく目配せをした。そしてその視線の先を見てみるとそこには二人の男性と思われる人物が立っていた。
口元を布で覆い詳しい人相は見えないが、何やらひそひそと話しているようだった。そして時折、片方の男がちらりとこちらに視線を向けているようにも見える。
集団というには人数が少ないようにも見えるが確かに今まで見かけた人達よりも怪しい雰囲気を醸し出している。
「あれは…なんか少し怪しいですね」
さりげなく距離を見計らいつつベンダーさんと一緒に様子をうかがう。すると二人の男性は突然歩き出し、住宅地の並ぶ建物の奥の方へと消えていってしまった。
「荒崎さんどうしますか?」
ベンダーさんの問いかけに少し考え込む。このまま追いかけてみるのもいいかもしれないが何が起こるかわからない。無闇に後をつけて危険な目にあう可能性もある。しかしあの二人の挙動からして怪しいことも間違いない。このまま放置しておくのもそれはそれで後々何か起こるのではないかという不安もある。
そう考えているとベンダーさんが肩に手を置いてきた。
「荒崎さん大丈夫ですよ。あなたのことは俺が必ず守りますから」
ベンダーさんはそうまっすぐな瞳で俺に言った。彼は確かに俺なんかよりもこの世界で長く生きているし、なによりこの人はギルドでも死神なんて言われているくらいだ。そういったことへの腕は確かなものだろう。
「…わかりました。とりあえずあの二人の後をつけてみましょう」
俺は意を決して先ほどの男達の後をつけていくことにした。
後を追ってやってきた先は少し薄暗い住宅地の路地裏のような場所だった。進めば進むほど先ほどの街中の喧騒が嘘のように静かになっていく。
「荒崎さん気を付けてください。なんだか少し嫌な予感がします」
ベンダーさんは今までよりも一層険しい顔つきになり警戒心をむき出しにしている。薄れかけていた緊張感が一気に戻ってくるのがわかる。
警戒しながら慎重に路地裏を進んでいくと突然十字路が目の前に現れた。
「道が分かれていますね」
「これじゃああの人達がどっちに行ったのかわからないなぁ」
どちらに進んでも薄暗い路地裏が続いているのは変わらず、どの道がどこに繋がっているのかもわからない。俺達は十字路の真ん中で足を止めた。
「どうしますか?一度引き返してとりあえず報告だけでもしに行った方が…」
そう提案したとき、不意にベンダーさんは後ろを振り向いた。そして突然何かに気づいたのか俺の後ろに素早く回り込み持っていた武器を構える。
「ど、どうしたんですか突然」
いきなりのことに驚きながらも俺はベンダーさんの視線の先を見る。しかしそこにはなにもいなかった。
「おい、分かっているぞ。何者だ」
ベンダーさんは武器を構えたまま何もない空間に向けてそう言い放った。彼には一体何が見えているというのだろうか。そう思っていると…
「流石、噂に聞くだけありますね…」
突然何もない空間から誰かの声が響いた。驚きながら周囲を見回すがやはり誰もいない。隠れられるような空間も見た限りではあるように見えなかった。
「だ、誰だ!」
そんな俺の問いかけは静かな空間に反響する。もし事情が分かっていない人がこの光景を見たら俺は頭がおかしい人物だと思われるだろう。
「大丈夫、あなたたちに危害を加えるつもりわないわ」
再び先ほどの声が辺りに響く。しかも今度は更にはっきりと聞こえた。やはり誰かがいるのは間違いないらしい。俺はもう一度ベンダーさんの視線の先を見る。すると、そこから突然何もなかった空間に透明なもやのようなものが広がり始める。
そしてついにその声の主が姿を現した。
「こんにちは、回復の魔導士さん」
そこから現れたのは赤いマントを背負った見知らぬ一人の女性だった。




