そこは彼女にとってのシャングリラ
今回登場する人物の簡単なあらすじ
・ファリア・アディエマス(この国の現王女。荒崎によって救われる)
・エストニア・マルチーク(この国の労働者互助組合、通称‘ヒルグラウンド’の受付嬢の一人)
・ベイル・レイミリア(ヒルグラウンドで‘ヒルグラウンダー’として活躍する女性。妹のカルラを荒崎に救われ今では彼の食事担当もしている)
・カルラ・レイミリア(ベイルの妹。謎の病にかかっていたが荒崎の力により治療される)
・イホーム・メルロック(この国の専属魔術師。現在は唯一の生徒であるディアの魔術の先生もしている)
・ディア・キャンバー(イホームの生徒として城に住み込んでいる見習い魔術師。イホームの世話係ともいえる存在)
・フラウ(様々な動物の特徴を併せ持った白い生き物。荒崎が森で薬草を採取する依頼を受けた際発見され怪我の手当てを受ける。それ以降荒崎と共に暮らしている。実は元人間であったりもする)
・ピィタ(孤児院で傷つき倒れていたドラゴンの子供。荒崎の治癒により回復するも懐いてしまい今では一緒に暮らしている)
・セルツ(純粋種と呼ばれる世界でも数えられる程しかいない貴重な種族のドラゴン。他のドラゴンよりも魔力が桁違いに高く魔法の使用や人化をすることができる。また昔交流のあった人間のおかげで言葉を話すことも理解することもできる)
大体こんな感じだと思います。
という訳で、すっかり全快した亀の船は先程までとはうってかわって元気な鳴き声を上げ、進路を変えるためにその巨体をゆっくりと動かした。うわぁ……すげぇ迫力。一体どういう原理で動かしてんだあれ。
「それじゃああたいらは一度ここから一番近くにある拠点に戻らせてもらうよ」
「えぇ、わかったわ。それじゃあ契約に関する詳しい話は次あったときにしましょう」
イホームはコルヌ船長と軽い握手を交わす。ちなみに俺は気になったのでその後こそっとさっきの拠点のことについて尋ねてみたのだが、どうやら海族というのは世界のあちこちの海にそういった停泊所のようなものを作っているらしい。まぁ、治ったといえどもまだ病み上がりみたいなもんだからそこで少しでもゆっくりと気分を落ち着けられたらいいなあの亀っ子も。
「あんたにも本当、世話になっちまったね。この恩は一生忘れないよ!」
コルヌ船長はそう言っていきなり俺に抱きついてきた。
「むぐっ!」
な、何してくんだこの人は!? っていうか力が強いんだって! 色々圧迫されんだよこっちが! でも、胸の辺りに感じる女性特有の二つのやわらかさだけは別物だけどな!!
「わ、わかった……。わかったから……ギブギブ!」
かろうじて彼女の肩を叩くとやっとこさ拘束を解放してくれた。さすがは海で生きる女。本当にたくましいことこのうえない。
「あ! そうだ、あとあんたらに渡しておきたいもんがあるんだった。おい! おまえら、あれを持ってきてくれ」
コルヌ船長がそう指示をだすと船員が何かをこちらに持ってきた。大きな木箱といくつかの麻袋をこちらの前に置いていく。なんだこりゃ? ずいぶん色々持ってきたけど何が入ってるんだろう? ……まさかやばいもんじゃないよね?
「これは?」
「中を見ればわかるさ。大丈夫悪いもんじゃないって」
えぇ……なんかそんな言われ方すると妙に緊張するんだけど。イホームと俺は不安そうに顔を見合わせる。しかし、確認しなければ話が進まないので俺達は恐る恐る箱と袋の中身を覗き込んだ。
「こ、これは……何か魚とか貝とか蛸みたいなのとか色々入ってるんだけど……」
「これってこのあたりじゃあんまり見かけない魚介類ばかりじゃない」
「あぁ、そうだ。私達が漁で捕まえてさっきまで船内のいけすで泳いでた新鮮な海の幸だよ」
おぉ、まさかの海鮮ですか!! っていうかあの船いけすとかあんのかよ。どんだけ設備充実してるんだ。亀万能説あるぞこれ。
「すごいなこりゃ。一体何人分くらいの量があるんだ?」
「まぁ一人で食べようとしたら数日間は魚介類パーティーができるわね」
魚介類パーティーかぁ……。まぁ、それはそれで悪くない気もするけどな。どれも見たところ美味そうなもんばっかだし。あ、でも俺一人だと調理ができないから無理か。
「さてと……じゃあそろそろ出発するとするかね。それじゃあ二人とも、またな!」
「あぁ、気をつけてな」
そしてコルヌ船長達は再び船へと乗り込み、俺達と港の人間に見送られながら海の彼方へと消えていった。
さて、無事に今回のミッションも終了させることができたのだが……
「これ、どうやって運ぼうか」
俺は船長から頂いたあの海鮮一式を見つめてそう呟く。結構でかい箱にずっしりと詰まっているせいでかなりの重さになっている。しかも、それに加えて袋に入っているものもあるから更に重量はドンと加算されるわけだ。そんなの持って帰るなんて絶対に無理。不可能。ミッションインポッシブル!!
「うーん……どっかで台車でも借りて持ってくしかないんじゃないかな?」
「え、台車とか借りれる場所あんの?」
そんな便利なもんがあるんなら是非とも使わせていただきたいんだけど。イホームは港の管理者にそのことを相談しに行き、使えるものがないかを探してくれた。その結果、すこし古びているが使う分には申し分ない台車を一つ見つけてきてくれた。
「あぁ助かった。これなら何とか運び出せるな」
俺は港の人にも手伝ってもらい何とか箱を台車に乗せ、力いっぱい推し進めながら帰路につくことにした。
「んにしても……本当にすごい量だよなこれ」
「そうねー。まさかこんなお土産が手に入るとは思ってなかったからびっくりしちゃったよ」
隣で麻袋を一つ持ってくれているイホームはそう言って肩をすくめた。……というか持って行くのを手伝ってくれるのはありがたいんだが、その袋一つでも結構な重さがあったのにそれを楽々片手で持ち上げて歩いている彼女はなんなんだろうか。その小さな体躯のどこにそんな力隠し持ってんだ?
「それでさお兄ちゃん。まじめな話これどうするの? 本気で全部食べるにしてもその間にいくらかだめになっちゃうかもしれないよ?」
「……まぁな~」
仮に俺とフラウとベイルにカルラちゃんそれから誘えてエストニアさんとかかな? セルツとピィタはこういう海の生き物を食べるのか分からないからなんともいえないし……。そう考えると俺含めて4人くらいになるのか。……それでもすぐにはなくならないよなこれは。
「あのさ、もしお兄ちゃんがよければなんだけど私に一つ提案があるんだよね」
「提案?」
頭を悩ませていた俺を見かねたのかイホームは突然そんなことを言ってきた。何かいい解決策でもあるんだろうか?
「えっとね…………かくかくしかじか……」
……と言う訳で、そんなイホームからの提案とやらを聞いてから数時間後。日も暮れてきた街中に俺達はやってきていた。ちなみに達の中に含まれる面子は我が家の愉快な仲間とベイルにカルラちゃん、そしてエストニアさんという見慣れた顔ぞろえだ。
「な、なぁ荒崎。本当に私達も行っていいのか? その……海鮮料理パーティーとやらに」
「んー? なんだよベイル、なんでそんなにビクビクしてんだよ」
なんか若干腰が引けてるし……いや、ある意味新鮮で面白いけど。
「なんでって……そりゃあそうだろう!! いきなり王宮に行こうなんて言われたら誰だってそうなるわ!!」
荒々しくそう言って城の方を指差すベイルにカルラちゃんとエストニアさんもうんうんと頷いた。あー……やっぱりそうだよね。そりゃそうなるよね、うん。
実はあの時、俺がイホームにされた提案とはこういうことだ。今夜、この食材を使ったパーティーという名のお食事会を王宮で開催しようと思うから俺が絶対にこいつは大丈夫という保障ができる人だけを数人誘って来てほしいというものだった。もちろん俺も最初それを聞いたときは少し驚いたけど、いつも世話になっているベイル達にちょっとしたサプライズ的なことをするのもまぁ悪くないかと思い、その話に乗っかったのだ。あ、もちろん普通なら一般人は城に入れるわけないのだけど、今回は俺へのお礼的な意味も含めているので特別にいいらしい。
「わ、私おしゃれな服とか持ってないからこんな普段着みたいな格好なんですけど大丈夫なんでしょうか……」
カルラちゃんもすごい不安そうな様子でおどおどしている。そうか、やっぱりこういう時女の子って大変だよなぁ。俺なんていつもパーカーもどきの服で中に入ってんのにあんまり気にしなくなったもんな。
「あ、荒崎さん。私も今日は非番で何にも準備してなかったものですからもろ私服なんですけど……」
「あー……うん! 皆大丈夫です。別に正装してドレスでも着て来いなんて言われてないですし、それに誘った俺がこんな格好なんですから。ね!」
「「「…………」」」
そう言ってみたものの、あまりフォローにはなっていないようで相変わらずみんなどこか不安げな様子だった。もうこれは何を言ってもしかたがないな。とにかくさっさと王宮に行ってぱぱっと中に入るしかないか。
「とにかく大丈夫だから! さぁみんな、楽しいパーティーにレッツゴー!!」
半ば無理やりテンションを上げさせるように俺は声を上げ城の門を潜り抜けた。
「荒崎様、お待ちしておりました。さぁこちらにどうぞ」
玄関口にまで辿り着くと執事の人とメイドさんが俺達を出迎えてくれた。そして案内されていよいよ城内に入ったわけだが、その間後ろから付いてきていたあの三人組はというと……。
「カ、カルラ! いいか、何か壊したりしないように慎重に歩くんだぞ。絶対に騒いだりしちゃ駄目だからな!」
「姉さんこそ! よそ見してはぐれたりしないように気をつけてよね!」
「お城……王様の住む家……王族……お金持ち……リッチ……リッチ? 私今リッチ!?」
「…………」
だめだこりゃ。三人とも完全にてんぱってる。というかエストニアさんに関してはなんか別の世界に行っちゃってないかあれ。
「あはは……皆さんやっぱり動揺されてますねご主人様」
「いや、あれは動揺というより興奮しているんじゃないか主よ」
「ぴぃいいい?」
それに比べてこっちの人外組は余裕だなぁ。まぁ来たことはあるからそれのせいもあるんだろうけど、傍からみたらすごいシュールな光景だろうな。
そうこうしているうちに俺達は来賓者用の食堂に案内された。中に入ると大きな長方形のテーブルとずらりと並んだ高そうな椅子が目に入る。
「あ、来た来た。いらっしゃーいお兄ちゃん」
声のした方を向くとそこにはすでにイホームとディアさんが待機していた。
なんだ二人とももう待っててくれてたのか。じゃあちょうどいいや、今のうちに全員に自己紹介をさせてしまおう。そう思い俺は軽く挨拶をし返すと後ろにいる面子を横に並べ、お互いに紹介し合わせた。
「えーと……改めて確認するけど、ベイルさんにカルラちゃんにエストニアさんよね」
一人一人を確かめるように名前を呼ぶイホーム。無事に自己紹介が終わり、とりあえず席に着いた俺達はしばし談笑タイムの状態になっていた。
「そう、こっちが招待した面子はこれで全員」
「了解、こっちはあとファリア様がお目見えになる予定だけどまだ少し時間がかかるかもね」
そうイホームが言うとあの三人組はまたもやざわざわと騒ぎ始める。
「ファリア様もいらっしゃるのですか!?」
「えぇ、お誘いしたら是非とも参加されたいとのことだったからね」
そうか、向こうはファリアを誘ったのか。そういやこの中だとベイルとカルラちゃんは面識あるもんな。だからなのか知らんが二人は少し嬉しそうだな。……エストニアさんは更に緊張しちまったみたいだけど。
「えーと……先生、それでどうしますか? 今のうちにコックの方へ下準備だけでも進めておいてもらいますか?」
「うーん……そうだねー。ファリア様が来てからでもいいと思うけど、このまま待ちっぱなしもなんだし出来るところまでは始めておいてもらった方がいいかもな」
どうやら二人はこれからの料理のことで何か話しているようだ。すると、そんな会話を俺の横で聞いていたベイルが何故かぴくっと反応していた。
「どうしたベイル? もしかしてトイレでも行きたくなったか?」
「あ、いや……その……この城の調理設備ってどうなってるのかなぁってちょっと気になって……」
あぁ、なるほど。やっぱり料理をするものとしてはそういうところに興味があるのか。まぁ、普段は自宅か俺の家のキッチンくらいしか使ってないだろうからな。
「じゃあ見せてもらえないか聞いてみるか?」
「っ!! いいのか!?」
うわっ、そんなに目を輝かせなくてもいいだろうに。そこまで期待されたらもう絶対見せてあげなきゃいけなくなるじゃん。
「なぁ、イホーム。ベイルが調理室を見学してみたいそうなんだけどいいかな?」
「見学? ……まぁ、見る分には全然いいけど」
イホームがそう言うとベイルは笑顔の花を咲かせていた。……こいつ最近何が本職の人なのか分からなくなってくる時があるよなほんと。
ってなわけでイホームに案内され俺達は城の調理場へとやってきた。大きな扉の向こうにはいくつもの鉄製のシンクやら調理道具やらがずらりと並び、中央には今から調理される具材がきれいに置かれていた。
「す、すごい!! これが王宮の調理場!! はっ! これはミスリル鉱石で作られた高級包丁! これはドリンダ蜥蜴の鱗を材料に作られた寸同鍋!!」
「姉さん! ちょっと少しは落ち着きなさいよ!!」
中に入った途端、豹変したように調理場を見て回るベイル。カルラちゃんもほとんど呆れながら止めてるけどあれはしばらく暴走しっぱなしになるだろうな。
「荒崎さんは知っているかも知れませんが、ベイルは実は調理器具マニアなんですよ」
「そ、そうなんですか……」
いや、初耳ですよエストニアさん。
「ふふふ……なんかお兄ちゃんの連れてきた人達は面白い人だったみたいだね」
面白い人ねぇ……。まぁ若干変わってるという意味ではあってるのかもしれないけどな。
そしてなんやかんやあってベイルのトランス状態がやっと落ち着き、再び食堂に戻った後ファリアもやってきたことによってようやく俺達の海鮮パーティーは幕を上げたのだった。




