初めてのボランティア活動
翌日、今日は特にすることもなくベイルが作ってくれた朝食をとった後、どうしようかと椅子に座りながらぼーっと考えていた。城からの呼び出しもないし、ベイル達は仕事があるって言ってたしなぁ。たまには家で一日ゆっくりするのもいいかもしれないけど、それはそれでなんだかもったいない気もするし。
「…………とりあえず、散歩でもするか」
結局、俺はいつも悩むんだときにとる行動をまずすることにした。いや、いいもんだよ散歩。歩くことは健康にもいいし、運がよければ何かしらいいことが起こるかもしれないしな。
という訳で、俺は皆と一緒に街中にやってきていた。今の時間的にはお昼の少し前くらいだろうか。日差しが暖かく街の人通りも緩やかで絶好の散歩日和だ。
「今日はいい天気ですね」
「あぁ、そうだな」
そう言って横を歩くフラウは尻尾を振りながら気持ちよさそうに目を細める。確かに今日は洗濯物を干したらすぐに乾きそうなくらいの快晴。清々しいほどの青い空は見てるだけでものほほんとしてしまう。こんな時は焦らず急がずだらだら歩くのがベストな散歩の仕方だ。
「それで主よ。私達は今どこに向かっているのだ」
そんな俺の後ろからセルツがそう訪ねてきた。ふっ……セルツよ。まだお前は散歩というものを分かっていないようだな。どこに向かうかなんてそんなものは決まっちゃあいないのさ。目的地を決めずにそして何も考えずにその時間を楽しむ。それこそが散歩の基本中の基本なのさ!!
「ん~とりあえずヒルグラウンドに一回よってみようと思ってんだ」
……なーんてそんなよく分からない極意みたいなものに俺がこだわっている筈もなく、色んな街の情報が集まっているであろう施設を目指していることをサラっと伝える。いや自分で言ってて思ったけど散歩の基本ってなんだよ。基本どころか応用編すら知らねぇよ。ってか、そんなもんないだろ。
そう自分にツッコミをいれつついつの間にやら目の前に見えてきていたヒルグラウンドの中に入った。なんかここに来るのも慣れてきたな。いつの間にか何度も見かける顔の人とか出来てきたし、変な容姿の種族の人とかがいてもあんまりビビらなくもなっちゃったしな。
そんなことを考えながらも俺は受付カウンターの横にある大きな掲示板に目を通した。そこにはこれから行われる予定のイベントやら街からのお知らせやらが色々と貼り出されている。
「ぴぃいいいい?」
「ご主人様、一体何を見ているんですか?」
「ん? いやさ、この前ベイルから聞いたんだけどここって依頼された仕事以外にも有志を募って活動するボランティア的なこともやってるんだってさ。だから今日も何かしらの募集とかしてんのかなぁーと思って」
前回やった薬草集めの依頼の時は結構苦労したからな。もし俺がここでまた何か同じような依頼を受けようとした時に少しでも地域とか土地の情報を持ってたほうが色々心強いし、せっかくならそれをきっかけに少し人脈的なものも広げられたりしないかなと思ったんだよね。
「おぉ、以外に色々種類があるな。えーと、‘修道院の庭の手入れ’‘郊外の排水溝掃除’‘中央広場のゴミ拾い’……」
ふむふむなるほど、実にそれっぽい内容のものが充実してるな。でも、もっとこう街の中だけじゃなくて外で行われる活動とかはないもんなのかね。それこそあの森とかで何かやったりしないのかな? そう思いながら次々と張り出された紙を流し読みしていく。すると、その途中で気になる内容が書かれた用紙が俺の目にとまった。
「これは……」
「どうした主。なにか見つけたのか?」
そう言ってセルツ達が覗き込んできたそこには、俺が希望していた街の外での活動募集が書かれていた。
「いいねぇ。よし! これに参加しよう!!」
そうして俺がほぼ衝動的に決定しやって来た場所は、国からほんの少し東側に外れた場所にあるところだった。そこでは既に作業を開始している数人の人影があり、黙々と活動している人や数人のグループでわいわい騒ぎながら作業している人達もいた。
「すぅ~……はぁ~……」
俺はそれを眺めつつ思わずその場で思い切り深呼吸した。いやぁここに来たらまずはこれをしちゃうよなぁ。壮大な景色にキラキラと反射する水面。そして、心地よい自然の音色にここでしか味わえない独特な匂い。そう俺達がきた場所。それは……
「海だあああああああああああああ!!」
「ぴぃいいいいいいいいいいいいい!!」
いやぁー来ちゃたねぇ! 海! 青い海水、白い砂浜がまさかこんなところにあるとは。しかも水質がすごく綺麗で底が見えるくらい透き通ってるし。俺こういう海は初めて来るからもう感動だよ。今まで行ったことある所は泥で濁ってたりとかしててお世辞にも綺麗とは言えなかったもんな。まぁ日本の海って一部の場所を除いてそういうところばかりって聞いたことあるからそれが一般的なのかもしれないけど。
「二人共すごくテンション高いですね」
「あぁ、そうだな。この場所が人間にとっては特別な場所ということなんだろうか?」
海を見てはしゃいでいる俺とピィタとは違い、女性組はそこまで感動しているわけではなさそうだった。せっかくだから二人も叫んでみればよかったのに。そう思ったが、特にこれは強制させることではないので別にいいかと気にせずにおくことにした。考えてみれば家のおふくろや妹も、まずはパラソル立てて日陰で休める場所を確保してから遊んで! って冷静だったもんな。
「ところでご主人様。これから私達はここで何をするんですか?」
「あの募集用紙によればこの辺一帯の海辺で清掃活動をして欲しいらしい。なんか最近、色々な漂着物とかがここに流れ着いてきてるらしくてそれを出来るだけ回収していくんだと」
そう言って俺は手に持っていた大きな麻袋と二本の箸よりは少し大きいくらいの木材を見せた。来た時にこのボランティアの代表者の方からもらったこれを使って今日はここで作業をするらしい。
「とりあえずもう作業は開始していいそうだから、適当にそのへんを歩きながら皆でゴミっぽいものを回収していくぞ」
「ぴぃ!」
「おっ、ピィタやる気満々だな。じゃあ早速作業開始!」
そして、俺達の初めてのボランティア活動が始まった。流れ着く漂着物って言うからどんなものがあるのかと思っていたが、案外普通の木材とかちょっとした布切れみたいなものとかそこまで変なものは落ちていなかった。どっちかって言うとゴミではないけど浜辺に落ちている貝とかのほうがよっぽど奇妙だったりして、やはり地球の海とは大きく生態系が違うのだと激しく感じた。なんだよ、貝の中に蛇がいるって。何気なく拾ってみて、まさか噛み付かれそうになるなんて思ってもみなかったつの。
「ぴぃいいいい?」
「あ、ピィタ。あんまり勝手に触ろうとするなよ。危ないやつもあるみたいだからな」
「……ぴぃ? ……ぴっ! ぴぃいいいいいいいい!!」
「って、ぬうおおおおおおおお! 言ってるそばから! おい、ちょっピィタ! それから離れ、っうお!! あぶねっ! なんだコイツ!! おい、ピィタ! 反撃すんな! 離れなさい!! ちょっ、ピィタ! ピィタああああああああ!!」
それから数分後。
「あはははは。おい待てよ~コイツ~」
「ウフフフフー。サァ、ツカマエテゴランナサイナー……」
「……………………」
「む? どうした主よ。追いかけてこないのか?」
「いや、セルツさん。もう少し感情込めて楽しそうに走っていただけませんかね?」
「感情込めてか。ふむ、中々難しいものだな」
…………だめだこりゃ。
それから更に数分後。
「ぴぃいいいいい!!」
「ほら、ピィタ。軽く足入れてみろ。そうそうそうそう、ゆっくりでいいからな」
「ぴぃ! ぴぃいいいいい!!」
「ふぅ~、気持ちいいだろ? ほれそのまま歩いてみ? いちに、いちに。あ、羽はあんまり動かすなよ。水しぶきがすごくなるから」
ピィタと一緒に海に入ってみたが意外と嫌がったり怖がったりせず、ちゃんと前足で水をかこうとしている。ドラゴンと海に入るなんて人類初めての体験だよなぁこれ。
「……あの、ご主人様? 一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「ん? どうした?」
「その……もうボランティア活動はしなくていいんですか?」
「…………あ」
そう言われて浜辺にすっかり置きっぱなしにしていた道具を俺は急いで回収するのであった。
それからまた更に時間が流れ、今度こそちゃんと活動に参加した俺の麻袋には拾い集めたゴミや漂流物がぎっしり詰め込まれていた。前半すっかり遊びの方向に転換しちゃってたけど、これだけ集めればそれも許されるくらいにはなるだろう。
「さて、それじゃあそろそろ道具を返して家に帰るとするか」
「そうですね」
「ぴぃいいい!」
いやぁ、記念すべき初ボランティア場所が海とは中々貴重な体験だったんじゃなかろうか。ここの場所も覚えたし、今度はベイルとかも誘ってまた遊びにでも来てみるのもいいかもしれないな。……もしかしたら水着姿とかも拝めるかもしれないし。そんなことを考えながら俺は道具を返そうと浜辺を歩き始めた時、ふと俺の視界に入った周りの人達の様子が何やらおかしいことに気がついた。見てみれば何故だか全員海の方をジッと見つめ、何かを指差している。
なんかいるのか? 俺も気になったので海の方へと振り返ってみると、そこにはまだ少し遠くにいるようだが数隻の大きな船のようなものの姿が見えた。船体の向きからしてこっちの方向に進んできているようにも見えるが、あれは一体なんなんだろうか?
「なぁフラウ。あれって一体なんだか知ってるか?」
「どれですか?」
「ほら、あの海にいる大きな船達なんだけど」
俺にそう聞かれたフラウも振り返り、海の上の船の姿を確認する。すると、フラウは少し驚いた様子で目を見開いていた。
「あれは……もしかして」
「どうしたフラウ。何か知ってんのか?」
「はい。私の記憶が正しければ、多分あれって……‘海族船’の船達だと思います」
「……は? か、かいぞく?」
フラウの口から出た物騒な単語に、俺は海を見つめたまま立ち尽くしてしまっていた。
最後の方に出てくる海族の記述は誤字ではないのでご了承ください。




