表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/86

黒い霧

あの後、俺は半ば強制に近いような形で彼についていくことになってしまった。幸いにも外に出される前に一度着替えるからと部屋に戻ることができ、その際起きていたセルツに事情を伝え、念のため隠していた銃とあの特殊弾を持ってくることはできたのだが……使うことはないと願いたい。


「…………」


先程から彼は無言のまま黙々と歩き続けている。俺も話しかけづらいので何も言わずに付いて行ってるが、本当ならば色々聞きたいことがたくさんある。

まず彼は何故俺の家の場所を知っていたのか。昨日初めてヒルグラウンドで出会ってからその後は一度も彼の姿を見かけてはいない。なのに何でだ? 考えられる可能性としては彼が誰かに俺の家の場所を聞いていたのかもしくは……俺の後をつけてきていたとかか。なんとなく気にはなっていたが、昨日の帰り道でのあの気配はもしかしたら彼のものだったんじゃないだろうか。この人ならうまく誰かを尾行するなんて簡単にやってのけそうだし。


でも仮にそうだったとしてそこまで俺に執着する理由はなんなんだ。こんな朝っぱらから家まで訪ねてきて俺と話したいことってなんだ?

考えれば考えるほど謎は深まるばかり。だからこそきちんと説明をして欲しいのだが、彼がそれをしてくれる気配は一向にない。黙々と歩いていくだけだった。


にしてもどこまで行くんだこの人? 街の中心部からは少し離れてきたけど。路地を曲がり、今まで通ったこともない道のりを歩いていく。帰りが心配になるほど見知らぬ場所を進んできた時、不意に彼の動きが止まった。


「ここだ」


「え?」


そう言われて立ち止まった場所の前には少し年期の入っていそうな建物に宿屋という看板の取り付けられた宿泊施設だった。宿屋ということは彼はここに寝泊りしてるんだろうか。


「行くぞ」


彼は建物の扉を開けスイスイと中に入っていく。俺もその後に続き中に入るとカウンターの受付をしているのであろう少し小太り気味な女性に軽い会釈をして二階へと続く階段を上っていく。他の宿泊客はいないのか建物内はやけに静かだった。上りきった後、さらに続く廊下の一番奥の部屋が彼の泊まっている場所らしく、鍵を使い扉を開けるとそのまま中に入るよう案内された。正直この時点で嫌な予感が薄々していたのだが、今更抵抗しても無駄だろうと俺は大人しく部屋の中に入った。


中はそこまで広くはないが一通りの家具は揃っており、テーブルとベッドに服を収納しておくクローゼットまでが配置されていた。一人で宿泊するには充分な場所だな。そう思いながら部屋を見回そうとしたのだが、俺はこの部屋にどうやらもう一人の宿泊客がいることに気がついた。

ベッドの上に横たわっている白くて長い髪の女の子がいたのだ。白くて……長い髪……。それを見た瞬間、俺の頭の中でカルラちゃんから聞いたあの不思議な女の子の話が思い出される。聞いてた特徴とほぼ一致するな。


「彼女のことが気になるか?」


じっと見つめていた俺に彼がそう聞いてきた。


「えっと、この子はあなたのお連れさんなんですか?」


「あぁ、正確には俺の妹だ。名前は‘ララ’という」


「妹?」


この人、妹がいたのか。見た目的には結構歳が離れてそうだけど。


「君をここに連れてきたのは彼女のことについて話したいことがあったからなんだよ」


「妹さんのことをですか?」


と言われても俺に彼女との接点なんてほとんどないんだが……。そう不思議がる俺に彼はベッドの上に腰掛け、こちらを見据えながら話し始めた。


「俺とララは訳あって今まで世界中を旅しながら生きてきたんだ。どこかに定住したりせず西に東に南に北にといろんな国を渡り歩いてきた。そして、その度に俺達がどこへ行くべきなのかを決めてくれていたものがあってな」


そう言って彼はポケットから何かを取り出しこちらに見せてきた。その手には一つのアクセサリーのようなものが握られている。手のひらほどの金色の輪っかの中に、翡翠色の円錐形でできた石が吊るされているものだ。


「この石はな、尖っている方向が指し示す場所に俺の求めているものがあることを知らせてくれるんだ。俺はそれを活用してララが一時的にでも安全に休めることのできる場所を目指し続けてきた。そんな時、この国とは全く違う方向を目指して進んでいた頃、突然この石が方向を変えてこっちの方へ進めと知らせてきたんだ」


その話を聞いた瞬間、俺にはその理由がなんなのかが分かっていた。恐らく俺がこの世界に生き返らせられ、送り込まれたからだろうな。今までいなかった存在が現れて、それがこの妹さんのために必要なものと判断されたってとこだろう。


「それであなたたちはその指示に従いこの国までやってきた。ということですね」


「あぁ、しかしここに着いた途端またこの石が頻繁に向きを変えるようになってな。それで俺はこの対象がもしかしたら動いているもの、もしくは自分で動ける何かなんじゃないかと思い、それを探すためここにしばらく宿泊することにしたんだ。だが、昨日ならばついでにとヒルグラウンドで仮の契約更新をしていたところ君が現れ、この石が凄まじい反応を示していたんだ」


「なるほど、それでその対象が俺のことを指してるんだと思ったんですね」


だからあの時声をかけてきて‘またね’なんて言ったのか。


「あぁ、そこで確証を得ることができたのならば後は行動を起こすのみだ。だから君をここに呼んだ。君がララを助ける何かにつながっているのは確かなんだ。だから今すぐに知る必要がある。君が一体何者なのかを」


そう言って目を細め、まるで品定めでもするかのような冷たい視線を送られる。それは警戒からなのか、はたまた期待を込めてのものなのかは分からない。だが、どちらにせよ彼の俺に対する関心が凄まじいものなのは明らかだった。


「俺のことを話す前に一つだけ教えてもらえませんか。あなたが妹さんの安全な場所を探して旅をしなければならない理由。それはもしかして呪いの力に関係していることなんですか?」


そう聞くと彼は一瞬顔を伏せ、何かを諦めたような険しい表情でこちらを見つめてきた。


「……あぁ、そうだ」


やっぱりか。話の流れや今までの状況からほぼ確信に近いものを持っていたが、まさかすぐにこんな状況になるとはな。俺は思わずため息を吐きそうになったが何とかこらえる。


「もうララにはほとんど時間がないんだ。このままだと彼女はこの力に取り込まれてしまう。だから……」


彼がそう言いかけた時だった。突然ベッドに横たわっていた彼女の体がぴくりと動いた。


「……う……お兄……ちゃん……」


そしてか細く、もはや聞き耳を立てないと聞こえないほどの声量でそう彼を呼んでいた。


「ララ、どうした?」


「わ……たし……体中が痛……いの……。くる……しい……」


彼は必死に彼女の声を聞こうと顔ごと耳を近づけている。そのせいか今自分の周りがどうなっているのかに気づいていないようだ。そんな二人の周囲にうっすらとまるで黒い霧のようなものが発生していることに気がついた。


「なんだ……これ」


そう声を上げると彼もそれに気がついたようで、その表情が一気に焦燥のものへと変貌した。


「駄目だララ! 頼む力を押さえ込むんだ!」


そう呼びかけるが彼女は最早ほぼ意識がないのか何の返事も返さない。そして周囲の霧はどんどん濃くなっている。これはなんだかまずそうな予感がするぞ。そう思っていた時、突然外がなにやら慌ただしく騒ぎ始めた。何事かと思い窓から下を見てみると、そこには数台の馬車と国の兵士達が今まさにこの宿に入り込んでくる瞬間が見えた。まるで映画で見る特殊部隊の突撃シーンのような迫力に思わず後ずさりしてしまう。


「おいおいおいおい、どうなってんだよ!」


そんな俺の様子から事態を悟ったのか彼はクローゼットの中にしまわれていた大きな布袋を背中に背負い、その後扉を塞ぐように部屋にあった家具を次々と並べていった。


「ここはもう駄目だ。逃げるぞ」


「逃げる!? 逃げるってどうするんだよ!」


彼は妹さんを片手で抱きかかえ、もう一方の腕で俺の体をがっしりと掴んだ。ちょっ! 何すんだよこの人! そう思った時、扉の外から兵士達が中に入ろうと突撃してくる音が響き渡った。


「行くぞ! しっかり掴まってろ!」


そう言って彼はそのまま勢いよく助走をつけ、窓に向かって飛び込んでいった。


「ちょおおおおおおおおおお!!!」


二階からそのまま外へとダイビングする。高さはそこまでないものの、変な体制のままでの飛び降りはかなり怖いものであった。何かもういろんなところで落ちたりしてんな俺は!! 

綺麗な着地を決めた後、俺は彼の体から解放され地面に膝をついた。


「立て! 急いでここから離れるぞ」


もう何が何だかわけがわからない俺は彼に引っ張り上げられ、無理やり立ち上がる。そして服を掴まれたまま走り出そうとした時、突如背後から巨大な火の玉が降り注ぐようにこちらに襲いかかってきた。


「くっ!!」


その標的はどうやら彼だったようで正確に狙うような弾道だった。そのまま行けば直撃していたはずなのだが、瞬時に抱きかかえていた彼女を地面に置くと背負っていた布を勢いよく取り出しそこから何かを取り出した。そして襲い来る驚異に向かいそれを振るったその瞬間、すべての火の玉は粉々に砕け散り跡形もなく消え去っていった。すげぇ……。そう驚きながら彼の方を振り返るとその手には巨大な鎌のような武器が握られていた。あの布の中にはこれが仕舞われていたのか。


「第三班、何をしている!! 奴らの進路をふさげ!!」


そう怒声が聞こえたかと思えば先に待機していたのであろう兵士達が全ての進路の先に立ちはだかる。完全に俺達は包囲されていたのだ。


「くそっ! 随分ぞろぞろと来たな」


「まじかよ……」


俺は何もしてないのになんでこんな目にあってるんだ? まじでついてない……。そう一人心折れそうになっていた時だった。


「お兄ちゃん! 大丈夫!?」


そう聞き覚えのある声が聞こえたと思えば、そこにはイホームの姿があった。そして、その隣にはとんがり帽子をかぶった小人のような小さい人影が見える。


「イホーム! どうなってんだこれは!?」


「説明は後! とにかくすぐにその男から離れて!」


彼女がそう言った瞬間、俺は彼に鎌の刃の部分を体に当てられる。その気になれば一瞬で切り裂かれてしまいそうだ。


「悪いが彼を渡すわけにはいかない」


そう彼が言い返すと、イホームはあの黒い魔法書を取り出し鋭い目つきで睨みつける。まさかの俺人質状態かよ! こんな経験生きてるうちにしたくなかったよ!! そう冷や汗をかきながらどうすればいいか考えていた時、俺は一か八かあの拳銃を使ってこの状況を抜け出せないかと思った。この距離なら例え威嚇するだけでも充分威力はあるだろう。

どうする……やるか? 緊迫した状況でそう悩んでいたのだが、それは突然発せられた一つの悲鳴によって意味のないものになってしまった。


「あぁぁぁぁぁああああああああああが!!」


「ララ!!」


再び彼女の症状が悪化したのか凄まじい声の叫び声が辺り一帯に響いた。それを聞いた彼は彼女のもとに駆け寄ったせいで俺に向けていた鎌を落としてしまう。それをチャンスとばかりに俺は彼らから離れ、イホームの元へと逃げ寄った。


「大丈夫。なんともない?」


「あぁ、なんとかな」


俺は大丈夫だが周囲の状況はよろしくなく、再びあの黒い霧が今度はさらに濃度を増し発生していた。


「イホーム様、まずいです。あの呪いの力は異常なまでの力を蓄えていたようで、このままでは例えこの場で処刑をしたとしても力が溢れ出した瞬間に一気に全てが闇に飲み込まれてしまいます」


「何ですって! じゃあどうすれば」


とんがり帽子の説明にイホームは焦りの色を見せていた。話を聞く限りこのままだとこの国がとんでもないことになるらしい。しかも、どうやら対処できる方法は俺のこの力を使い彼女を治療する以外なさそうだった。とにかく時間に猶予がないであろう今、こうなったら行動あるのみしかない。


「俺がやってみる」


「え?」


「俺の力で治せるかどうか。もうそれしか方法はないだろ」


そう言うとイホームは眉間に皺を寄せ、俺の方を見つめてきた。


「できるの?」


「分からない。でも、やるしかない」


そう答えると少し彼女は間を開けて悩んだ挙句、小さく頷き分かったと一言呟いた。


「私は念のため周りの住人の避難とこの周囲に出来るだけ強力な結界魔法を張るようにするよ。その間にお兄ちゃんはあの人達を何とかして!」


「分かった!」


俺は改めて彼のもとに近づき、ララちゃんの様態を確かめる。彼女の体中からは血管という血管が浮かび上がり、すでに見るに耐えない状態へとなっていた。これは急がないとマズイな。右腕の袖をまくりそのまま彼女に向けて掲げる。


「おい、何をするつもりだ」


「今から彼女を治すための治療をします」


そう早口気味に答え、俺は余計なことを考えないように集中し意識を研ぎ澄ますようにゆっくりと息を吐く。そして彼女の体が治っていくイメージを頭の中で広げ、タイミングを測りあの言葉を口にした。


「レイズ!!」


そして彼女の体が黄色く光り、その光りは瞬時に吸収され消えていく。その光景を見ていた彼は目を見開き驚きの表情でそれを見ていた。そして、改めて彼女の姿を見てみる。すると先程まで醜く浮かび上がっていた血管は綺麗に姿を消し、そこには綺麗な白い肌が残されていた。顔色も良くなり呼吸も安定している。


「こ、これは……」


どうやら成功したみたいだな。彼が驚いている横で俺は安堵の息をもらし脱力した。よかった、呪いとやらにもこの力は有効だったようだ。

彼が恐る恐る彼女の肌に触れる。すると、それに反応するように妹さんはゆっくりと目を開けた。


「ララ、大丈夫か?」


「……お兄……ちゃん?」


さっきよりもはっきりとした口調で彼女はそう返した。そして、ゆっくりと上半身だけを起こし再び彼と視線を合わせた。


「ララ? もうどこも痛くないのか?」


「うん、痛くない。痛くないんだけど……」


そうどこか含みのある答えに彼はどうしたのかと訪ねる。その時、俺はふと気がついた。彼女の呪いは治ったはず……なのに周囲の黒い霧が晴れていない。寧ろまた一段と濃くなっているような気がする。


「どうした? 言ってみろ」


彼がそう聞くとララちゃんは首をかしげた。そして……


「あ?」


そうおかしな声で答えた瞬間、彼女の体から勢いよく黒い霧が吹き出し始めた。まるで蒸気が一気にもれるかのような凄まじいその量は俺と彼の体を一瞬で飲み込み、イホームが発動させていた結界の中を一瞬で黒く染め上げていった。そして、その霧に飲み込まれた俺は視界を奪われた瞬間途切れるように意識を失い、その場に力なく倒れ込んだ。















それからどれくらい時間が過ぎたのだろう。俺はゆっくりと暗闇の中から意識を取り戻し目を覚ました。頭がひどく痛み、視界もまだぼんやりと歪んでいる。そんな状態の目覚めは最悪なもので、体を起こすのも一苦労だった。


「一体何が起こったんだ……」


頭を抱えながら辺りを見回す。するとそこは全く見覚えのないまるで遺跡のような廃退的な場所だった。壁にはヒビが入り、所々にはへし折れた柱のようなものが建てられている。


「どうなってんだ」


思考が追いつかない状況で俺は何とか情報を集めようと更に辺りを見回す。すると少し遠くの方に誰かが倒れているのが見えた。近づいてみるとそこには、俺と一緒にあの霧の中に飲み込まれたはずの彼とあの大鎌が横たわっていた。
















次回予告

黒の霧に飲み込まれた荒崎達。目を覚ました先は見知らぬ場所。訳も分からず先に進むことにする二人だったが、その先々で様々な脅威が襲いかかることになる。それでも何とか奥へと進む二人はここがララの力に取り込まれ、作られた世界ではないかと推測する。そして、最奥に到達した彼らは衝撃的な光景を目にすることになり……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ