術となるあるもの
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ステビアセスルファムが終わった翌日、街の中はいつも通りの落ち着きを取り戻していた。今だ所々で片付けをしているとこともあるがそれももうまちまちである。そんな街中を横切りながら俺は一人で王宮へと向かっていた。
今朝、突然イホームからの呼び出しの連絡を受けたときは何事かと思ったが、どうやらあまり楽しい話をするためでは無いらしく随分と深刻そうな様子だった。一人で来て欲しいとのことだったので皆は家で待っててもらうことにしたが、正直ちょっと心細い。
「大したことじゃなければいいんだけど」
小さくため息を吐きながらそうぼそっと呟きつつ、歩き慣れた道をどんどん進んで行きあっという間に俺は王宮へと辿りついた。
正門で見張りをしている兵士に事情を話し、了承を経て門をくぐる。何回も来ているからか顔は覚えられているようだが、やはり確認はちゃんととられるんだな。まぁそれくらいじゃないと城の警備としてはダメなんだろうけど。
城内に入るといつものようにメイドさんに案内され俺は客間……ではなく直接イホームのいるであろう彼女の研究室に連れてこられた。どうやらさっさと俺と話がしたいみたいだな。
案内してくれたメイドさんにお礼を言った後、研究室のドアを開け中に入る。すると部屋の真ん中に置かれた大型のテーブルに腰を乗せ、腕を組んだまま目をつむっているイホームの姿が目に飛び込んできた。一瞬眠っているのか? と思ったがよく見ると左手の指を一定のリズムで動かしていたのでその心配は必要ないことが分かった。
「イホーム、来たぞ」
そう声をかけると彼女はゆっくりと目を開け、こちらに視線を合わせてきた。
「いやいや待ってたよお兄ちゃん。ごめんね急に呼び出して」
テーブルから飛び降りると軽く身だしなみを整えながらこちらに歩み寄ってくる。さっきは少し雰囲気がおかしな感じもしたが、近づいてくるといつもの彼女だとはっきり認識できた。
「それはいいんだけど……どうした? また何かあったのか?」
そう聞くとイホームは撫でるように自分の顎を触りながらうーん……とどこか歯切れの悪い返事をした。
「いや、そうだなー。まずはどこから話したらいいものか」
「え? 何か面倒くさいことなのか?」
そう聞いて嫌そうな顔をした俺を見ながらイホームは苦笑いをする。それくらい露骨に感情が表情にでていたんだろう。
「面倒くさいというか……どちらかというと大変なことになるかもみたいな話かな」
なんだその曖昧な感じは。かもっていうのは一体どういう事なんだ。
「お兄ちゃんはさ、‘呪い’に憑かれた人間って言うの聞いたことある?」
「呪い?」
いきなりでてきたホラーチックな単語に一瞬眉をひそめる。だが、俺はそこで前にベイル達とカルラちゃんのことについて話していた時に、そんなことを言っていたのを思い出した。
「呪いって確か人を不幸にしたり土地を穢したりするっていうやつだよな」
「おおまかに言うとまぁそんなとこだね。よかった、知ってるんなら話が早いや」
話が早いってことはそれ関連の話題ってことか。あまりよろしくない感じだな。いい加減に聞くべきことではないと判断し、俺は少し気を引き締めた。
「実は昨日、世界調査機構の一員がここにやってきてある報告書を置いていったの。それで私はその報告書に一通り目を通したのだけど、その中にちょっと不穏なことが書かれていてね」
不穏なこと……その時点で聞きたくなかったがそういう訳にもいかない。俺は固唾を飲んでイホームの次の言葉を待った。
「最近この国の近辺で‘呪いの力’の残された痕跡が発見されたとのことだったの。更に一部の場所ではより強い痕跡も発見されていて、徐々にこちらの方に近づいてきているらしいのよ」
「近づいてきてるって……おいおいそれまずいんじゃねぇのかよ」
「えぇ、でもこの国に向かってきているのかはまだ定かじゃないから、下手にこのことを伝えて無駄な混乱を起こす訳にもいかないのよ。だから今の段階では王宮の関係者のみこのことを伝えるようにしているわ。お兄ちゃんはもはやこの国にとっても最重要人物だからね。本当は昨日のうちに伝えたかったんだけど、流石に記念日の日には悪いと思ったから今日すぐに呼び出したの」
昨日のうちにってことはもしかしてあの時、ファリアが慌てて何処かへ行ったのはその報告を聞くためだったのか。だったらあんなに血相変えていたのも納得できる。
「なるほど、それは分かった。でも、国はそれに対して何か対策とかしないのか? ここに来るのが決まったわけじゃなくても可能性はあるんだろ?」
「今私達にできることは国へ入国する国外者への厳重審査、それと見張りの強化に街の見回り頻度をあげること。くらいかしらね」
「そんなんでいいのか?」
随分と簡単というか、大げさかもしれないが一時的に街を閉鎖したりとかそれくらいしないと危ないんじゃないだろうか。
「……ねぇ、お兄ちゃん。実は今まで呪いを背負った人間というのは生きた状態で捕らえられたことがないの。なんでか分かる?」
急にそう質問され、俺はなんでなのかを考えてみたが答えは全くでてこなかった。
「なんでなんだ?」
「一つは呪いの力に対抗しきれずにそのまま死んでしまうから。そしてもう一つは……‘呪いの力を持つ人間はその力を使わない限り普通の人間と全く区別がつかないから’、この二つが原因なのよ」
「区別がつかないって……嘘だろ」
ということはいつどこでその人間が混ざり込んでいても普通にしていれば分からないってことかよ。
「世界調査機構はこれまでに呪いを持つ人間の研究、調査もしてきたの。痕跡を見つけるたびに対象を絞込み何とか生きている状態で捕縛しようとしてきたのだけど、発見する前にどの対象も力に飲まれて息絶えてしまうらしいの」
「息絶えた後はどうなるんだ? 嫌な言い方だけど研究するなら仮に死体とかでも何か分かることがあるんじゃないのか?」
そんな俺の質問にイホームは首を横に振る。
「残念だけどそれも無理だわ。死んだ個体からは今まで抑えられていた力が制御を失い垂れ流される状態になるらしいの。だから出来るだけ早く処分しないと大変なことになるらしいわ」
なんだよそれ、厄介すぎるにも程があるだろ。生きていても脅威になる。かと言って死んでしまっても危険な存在になってしまう。まさに八方塞がりだ。
「だから私達が出来る最善の方法はこの国に呪いの力を持つものを近づけないことと、仮にここに来たとしても上手くやり過ごすこと。これが重要なポイントになるわ」
やり過ごすねぇ……。見た目で分からないのにそんなこと言われてもと思うが、まぁ怪しい人物には近づかないとかそう言ったことで対策をしていくしかないんだろうな。
「そこでここからが本日の本題になります。お兄ちゃんは回復の魔法に関してはすごい力を持っていますが、それだけでは今後何かあった時に自分の身を守れません。そこで、お兄ちゃんにはその術となるあるものを今渡したいと思います」
「おぉ、何か貰えんのか?」
イホームは踵を返し部屋の奥に走っていくと、一つの正方形で平べったい黒い箱を持ってきた。それをテーブルの上に置きニコニコしながら施錠を外していく。
「ふふふ……こんなこともあろうかと前から作っていたんだよ」
そして箱の蓋が開くとそこに収められていたものが姿を現す。俺はそれを見て目を見開いた。
「こ、これって……」
そこにあったのは黒く光り輝くフォルムでできた一丁のピストルのようなものだった。いわゆるリボルバーというやつだろうか。そこまで大きくはない銃身に回転式の弾倉が付けられている。昔見た西部劇でガンマンがこんなのを使っていた気がするな。
「私が独自に開発した‘小型魔装式銃’です!」
イホームがドヤ顔でそう言った。魔装式ってことはやっぱり俺の知ってる拳銃とはものが違うんだろうな。試しに持ってみるとズシリと重いというほどでもなく、むしろ見た目とは裏腹にそこまでの重さは感じない。今までこんなもの、おもちゃでくらいしか持ったことがないから本物がどんなものなのかは分からないが多分軽い方なのではと思う。
弾倉を横にずらすと円型のパーツが飛び出し、そこに小さな丸い穴が五つ空いているのが分かる。
「これって弾とかはどうするんだ?」
「弾? そんなものないよ」
いやないよって、それじゃあ銃の意味がないだろう。まさかこれでぶん殴れって言うんじゃないだろうな。
「それはお兄ちゃんの‘魔力’に反映してそれを撃ちだす形で使うの。だから弾倉が空でも問題ないんだよ」
「へぇ~……魔力ねぇ」
そんな応用もできるのかこの力は。でも俺って回復魔法を使ってる時以外はどれくらいの魔力を発動することができるんだろうか? 少し気になるな。
「そんでもって後はこれね」
そう言われて渡されたのは青、赤、緑、黄の色をした小さな加工石だった。形が楕円になっているところを見るとこれもこの銃に使うんだろうな。
「これは?」
「それはお兄ちゃんがこの銃を使った時、それぞれ魔力に属性を付与する鉱属石だよ。それを弾倉にはめ込んで使いたい石を一番上にセットするとその効力を発揮した魔力が撃ちだせるようになるよ」
はぁ~……いやはや全くよくできていらっしゃる。俺はまじまじと眺めながら素直にそう思った。
「ちなみに赤が‘炎’青が‘氷’緑が‘風’黄が‘雷’だよ。それから何も入れてない箇所は純粋な魔力を撃ちだすだけだから威力はあるけどそこまで強力ではないかな」
「ほうほう」
威力はあるか……。むやみに撃つのは危険なことは分かっているが、どんなものなのか実際に見て確かめたいな。
「お兄ちゃん、試しに撃ってみる?」
そんな俺の心を見透かしたかのようにイホームはニヨニヨしながらそう聞いてきた。
「撃ってみるったってこんな室内じゃあ危ないだろう」
「いやいや大丈夫。そのためにちゃんと的の用意をして空間防護発動の魔法も部屋にはかけてあるから」
そう言ってイホームがすいっと指を動かすと、丸い紙の真ん中に大きな赤い円の描かれたものが浮かびながら移動してきた。
「これに撃ってみろって?」
そう聞くと彼女はこくりと頷いた。どうやら自分が作った銃の性能をイホーム自身も早く見てみたいようだ。
「はぁ……まぁ、やれるだけやってみるか」
俺はあっているかも分からないが適当に両手で銃を抑えるように握り、的に向かって標準を合わせた。緊張しているからか手のひらにうっすらと汗をかいているのが分かる。弾倉は何も装填していない面が上だ。だからこの引き金を引くと俺の魔力とやらが撃ちだされるはず。息を吐きだし腕に力を込め、意を決した俺は指にかけた引き金を勢いよく引いた。
その瞬間、耳をつんざくような大きな音と衝撃が俺の体を襲った。そのせいか撃ちだされた魔力は的とは違う場所にいってしまったようで、浮かんだ紙には傷一つつけられていなかった。
「いぃぃいい! 結構すごい衝撃だぞ」
「まぁ、まだ魔力のコントロールが出来てないってことだね。これから頑張って精進あるのみじゃ若者よ」
しびれた手を振る俺を茶化すような口調でイホームは何故か満足そうにそう言った。
次回予告
身を守るため貰い受けた一丁の銃。これから来るかもしれない脅威に不安な気持ちを募らせる荒崎。
だが……その脅威は知らぬうちにもう手の届くところまで迫っていた。




