ステビアセスルファム(ベイル・カルラ編)
遅くなりました。
俺があの奇妙な体験をした次の日、なんともモヤモヤした感情を抱いたまま目が覚めた。今日は前から皆が言っていた記念祭の日だ。恐らく街の方は色々な催しや屋台など出ていて盛り上がっているんだろう。
「はぁ~……」
だが、俺はいまいちテンションが上がらない。昨日のあの出来事は一体なんだったのかが気になってしょうがないからだ。
あの後、家に帰ってきて初めからリビングに置かれていた木箱の中に換金したお金をすぐにいれ、セルツに簡易的な封印の魔法とやらをかけてもらった。その時セルツの魔法本当に万能すぎ。と、密かに感動していたのはここだけの話だ。それからベイル達が夕飯を作りに来てくれるまでの間、俺はあの黒い蝶の形をしたアクセサリーをずっと眺め続けていた。
フラウはこれを見たとき綺麗な装飾品だと絶賛していたが、俺はあんなことがあったせいかなんとも不気味な得体の知れないものとしか思えなかった。それなのに不思議と捨ててしまおうという気にはなれず、むしろそんなことしたら何か起こりそうな気がしたのでとりあえず今も手元には置いてある。
「……顔洗おう」
とりあえずさっぱりしたい。目覚ましてちょっと落ち着くことにしよう。俺はベッドから体を起こし、そのまま風呂場へと向かった。両手ですくった水を顔にかけるとひんやりとした冷たさが心地よく体に染み渡っていく。あぁ~……気持ちいいんじゃ~……。それを数回繰り返したあと、少し固めの手拭いで顔を吹き今度はリビングに向かう。セルツ達はどうやら恒例の狩りの練習に向かったようで既に家の中にはいなかった。そういや近頃ピィタがたくましくというか何というか、貫禄的なものが出てきている気がする。出来ればあのまま可愛いピィタでいて欲しいものだが、そうもいかないのが現実ってやつなのだろうか。
そんなことを考えながら椅子に腰をかけ一回深呼吸をする。フラウはまだ部屋で眠っていたので、今は静かな一人の時間ということだ。物音のしない部屋でぼーっと何もせずまったりと時間が過ぎていく。こんな朝はなんだか久しぶりな気がするな。そう思っていた時俺はふと思い出した。そういや今日ファリアが俺に何やらプレゼントをくれるとか言ってたっけ。あ、それに昨日の夕飯の時にもベイルとカルラちゃんが渡したいものがあるって……。
「待てよ、なんかこれだと俺がちょっとモテてるみたいじゃねぇか?」
バレンタインでチョコをもらえたのは小学校六年生まで。唯一もらえていた妹からも中学になるなり一切貰えなくなったようなこの男があのような美女達に贈り物を貰える? しかも一人は一国の王女さまだぞ。……え? 何この人生急転換。今更だけど大丈夫? 人生という名のレール脱線してない?
「いや、いやいやいやいやいやそんなにうまくいくはずがないよな」
ファリアも日頃の感謝を込めてみたいなことで贈るとか言ってたし、まぁつまりはそういうことなんだろうなきっと。分かってる、分かってるよ。こういうのは期待するだけ無駄だということを俺は嫌というほどわかってる!!
だから今日もいつもどおりな感じでいこう。マイペース大事。
そんなこんなでその後、フラウが起きてきたので適当な会話をしつつベイル達が家にくるまでの時間を潰していた。しばらくして玄関のドアをノックする音が聞こえ、確認してみるとそこにはいつもの二人が並んで立っていた。はずだったのだが……
「おはよう……って、あれ? なんだか二人共いつもと雰囲気が違う?」
そこにいたのはベイルとカルラちゃんに間違いはなかったのだが、いつものような普段着とは違いきちんとした、いわゆるよそ行きのような服を身につけていた。カルラちゃんは白いワンピースに可愛らしい薄ピンク色の花の模様が散りばめられ、胸元に大きな赤いリボンがついた服を着ている。
ベイルは白いシャツの上から薄手で水色のガーディガンを着ていて、下には何と珍しく淡い緑色をしたスカートを履いていた。そこから見える健康的な黒肌ですらっと伸びた足や太ももに一瞬、俺の視線は釘付けになった。
「おはようございます荒崎さん。今日は記念祭の日ですからちょっとオシャレをしてみました」
そう言ってカルラちゃんは来ているワンピースを掴み、少し照れくさそうにひらひらと裾を揺らした。
「わ、私は別にいいと言ったんだがカルラがどうしても着ろというからな。仕方なくだ、仕方なく。笑いたければ遠慮せずに笑ってくれ」
ベイルも同じく照れているのかそっぽを向いたままそう吐き捨てるように言った。別に笑うつもりはこれっぽっちもないしなかなか似合っていると思うのだけど。少なくとも俺は普段とは違う姿が見れて素直に嬉しいし、何よりそれを俺に見せようとしてくれたことにも感激している。だから俺の口から出る言葉はありきたりかもしれないが必然的にこうならざるを得なかった。
「いや二人共、すごく似合ってるし可愛いっていうか……その、なんか色々ありがとうございます」
その言葉に二人は顔を見合わせるとクスッと笑ってくれた。どうやら悪い気はしていないらしい。まぁ褒めてるのに機嫌を損ねられたら逆にこっちが困ってしまうのだけど。
「そうですか。荒崎さんにそう言っていただけて良かったです。ね? 姉さん」
「まぁ……な。こういうのもたまにはいいかもしれない」
たまにはじゃなくてもっとそういう格好すればいいのに。と俺は思ったが、あまり余計なことを言うのはよしておこうと心の中だけにとどめておくことにした。
その後、二人に家の中にあがってもらいベイルはいつも通り朝食の準備をし始めた。カルラちゃんも一緒にその手伝いをしている。いや、しかし……何度もしつこいかもしれないが服装が違うだけでここまで光景が変わるもんなのかね。何か本当に色んな意味で新鮮な気分だな。おかげでさっきまでのもやもやもどこへやらである。
しばらくして本日の朝食が出来上がり、俺はありがたくそれをいただこうとした。のだが……
「荒崎さん。ちょっと待ってください」
俺が食器に手を伸ばそうとした瞬間、カルラちゃんに突然そう言われ動きを止めた。
「え? どうしたのカルラちゃん」
まさかのおあずけ状態ですか。いや、もちろん待てますけどね。
「ご飯を食べる前に渡しておこうと思いまして」
そう言ってカルラちゃんは持ってきていた麻袋の中から白い紙袋に包まれた何かを取り出すと、一つをベイルにもう一つを俺に渡してきた。受け取るとかすかな膨らみと、デコボコとした凹凸のある感触が手のひらに伝わってきた。
「あまりいいものではありませんが、よければ使っていただけると嬉しいです」
カルラちゃんはうっすらと頬を赤らめながらそう言った。そして、それに便乗するような感じでベイルもこちらに袋を突き出してきた。
「私もたいしたものではないが……その……受け取ってくれ」
ベイルからも渡され俺は両手に白い紙袋を持った状態となった。それを見つめてしばらく静止する。そんな俺を見てなんのリアクションもないことに不安になったのか彼女達は徐々に表情を曇らせていた。
…………ふぅー……。あのさぁ…………俺さぁ……明日死ぬかもわからんねこれ。やばいよ、もう全身から汁という汁垂れ流しちゃいそうだよ。それくらい俺の感情が揺れ動きまくってるよ。心拍のメーター振り切って飛び出した後、あさっての方向に走り出してもおかしくないよこれ!!
「姉さん……どうしよう。荒崎さんなんか震えてる。小刻みに震えてるよ」
「あ、荒崎? おい、しっかりしろ荒崎ぃいいいい!!」
その後、俺の意識が冷静になり皆で朝食をとるのに数十分かかりました。はい、今日も自分は元気です!?
それから俺は二人からもらったプレゼントを開封した。まずはベイルの方。中からまず出てきたのはシンプルな白いハンカチ。模様もなにもないがサラサラとした手触りが心地いいものだ。使う相手のことをよく考えてくれている。そして、それと一緒にもう一つ小さな紙袋が中に入っていた。それも開けてみるとそこからは香ばしくて甘い香りが漂ってくる。見てみると一口のサイズに四角く切り分けられたバターケーキのような焼き菓子が入っていた。黄金色に焼かれた生地がふわふわとやわらかそうに膨らんでおり、いま朝食を食べ終えたばかりのはずなのに俺の食欲を一気に刺激してきた。
「なにこれ、超美味そうなんですけど!」
「先に言っておくがそれは店の商品ではなく私の手作りだからな」
そう鼻高々にベイルは主張してきた。ということは味の保証はもうされているようなもんだな。今すぐにでも食べたいが、これはとっておきだ。今日の一日の締めのデザートとしてとっておこう。そう思い俺は袋を綺麗に閉じるとそのことをベイルに伝え、再び戻して保管しておくことにした。
そして次にカルラちゃんの方。こちらにも綺麗な白いハンカチがきちっと折りたたまれた状態で入っていた。よく見てみると、縦縞の線がうっすらと入っており少し洒落た感じになっている。そんでもってこちらにももう一つ小さな紙袋が用意されており、開けてみると中には様々な形をした茶色のクッキーが詰め込まれていた。これまたいい感じの焼き色がついていてとても美味しそうである。
「これはカルラちゃんが作ったの?」
「は、はい。姉さんに教えてもらいながら作ってみたんですけど、ちょっと形がおかしくなってしまったものもあって……」
そう言われてよく見てみると、確かにいくつかグニャッと曲がったものや半分に割れてしまったものがあった。でもカルラちゃんは申し訳なさそうに言っているが、初めて作ってこの出来ならかなり上等なんじゃないだろうか。というか作っておいてもらってそんなことで俺が文句を言うはずもなく、むしろこの頑張って作りました感が逆に嬉しかった。
「いやいや、初めてでここまで出来たんだったら相当すごいって! 本当わざわざありがとうな」
その言葉に二人は満足してくれたみたいで安心したのか朗らかな表情になっていった。いやはや皆ハッピーでいいですな。そう思いながらふと横を見たときだった。
「ご主人様……すみません、私は何も用意できなくて」
あるぇぇえええええええ、なんかフラウさんが沈んでらっしゃるうううううう!
「いやフラウはほら、また違うじゃん? そういうのはこう……ね? 色々と難しいところがあるじゃない?」
「それはそうかもしれませんが……でも、少しくらいなにかご主人様にしてあげたかったです……」
もう、真面目か!! なんなの? 健気なの? いい意味でお腹いっぱいだわ!!
「フラウ……そんなのいいんだよ。お前はいつも一緒にいてくれるだけで充分、俺に色々なものを与えてくれてるんだから」
特にモフモフの成分と癒しの成分をな。
「ご主人様……!」
フラウの瞳に光が戻っていく。どうやらなんとか大丈夫なようだ。焦った……まさかフラウがあんな風になっているとは。ダークサイドに堕ちなくてよかった。
「ところで荒崎、今日はこれからどうするんだ? もし予定が無いのなら一緒に街の祭りでも……」
そうベイルが言いかけた時だった、突然玄関がノックされ来客者が訪れてきた。
「誰だろう? ごめんベイルちょっと待っててもらえるか?」
俺はそう言って玄関に向かうと、扉を明ける前に内側から誰が来たのか訪ねてみた。
「私、ファリア様の命により荒崎様をお迎えにあがりました執事のものでございます」
そう返ってきた初老の男性の声に俺は聞き覚えがあった。もしかして……。そう思いながらゆっくりと扉を開けるとそこにはもはや見慣れてしまった感のある大きな馬車とニコニコと笑顔で立っている執事のおじさんの姿があった。




