夢に見てきたリッチライフがいよいよ俺のものになるかもしれない
お願いします。
とりあえず家の中に入った俺達は先程の状態のピィタをテーブルの上に座らせ、それを囲むように座っていた。
「さて、それではこれがどういうことなのか説明してもらおうか」
「ぴぃいいい?」
俺はピィタの背中をセルツに向けてそう聞いた。なんでか事情聴取してるみたいになってるが、状況的にそうなってもおかしくはない。だって突然あんなことが起きるんだもの! 一瞬俺がやっちまったのかと思ってすげぇ慌てたんだからな! 急いで治そうとしたらセルツが俺のせいじゃないから落ち着いて話を聞いてくれ! って言うから今もそのまんまにしているけど、正直ボロボロな背中は見てるだけでも痛々しい。まぁ幸いピィタ自体はなんともなさそうにしているからまだいいが。
「うむ、これは私達にとっては必ず通らなければならない過程のようなものなのだ。まさか今日それがくるとは思わなかったが」
「通らなければならない過程? それって一体なんなんだ?」
「単純なことさ。只の‘鱗の生え変わり’だよ」
「……は、生え変わり?」
え? ドラゴンの鱗って生え変わるもんなの? こんな簡単にとれちゃうもんなの? いやまぁ、生態をよく知らないからそうだと言われればそれまでなんだけどさ。
「じゃあピィタちゃんは何か病気とか怪我をしてるということではないんですね?」
「あぁ、むしろちゃんと剥がれ落ちてるということは健康な証拠だ」
セルツからそう言われ俺はホッとした。そうだと分かればそんなに心配することはないな。いやかと言って安心もできないけど。多分こういうのは自然と生え変わるのを待ったほうがいいんだろうから力を使って治すのはちょっとやめとくとして、あまり無用心に撫でくり回すのもやめたほうがいいな。もうやっちゃったけど……。
「それにしてもずいぶん突然だったな。よく知らないけどこういうのって何か予兆があったりするもんじゃないのか?」
「私達の鱗の生え変わりというのは体が成長し大きくなる時にそれと合わせて起きるものなんだ。その時期というのも特に決められていなく完全に不定期だ。それゆえ個体によって様々だから見極めることもなかなか難しい」
「へぇー……ん? 成長?」
今セルツは体が大きく成長する時って言ったよな。ってことはピィタの体って大きくなってるのか? それともこれから大きくなるのか?
「なぁセルツ、ピィタっていま体大きくなってんのか? パッと見だとよく分からないんだが」
「それはな主、私達ドラゴンという種族はどうやら他の生物に比べて身体が成長する早さが極端に遅いらしくてな。恐らくコイツが目に見えて成長したと感じるには数十年程かかるだろうな」
数十年……。そんなにかかるのかよ。ということは多分、俺の方が早くぽっくり逝っちまうんだろうな。そうなったらこの子はどうなっちゃうんでしょうかね。まだまだ先の話だと思うがちょっと心配だ。そして、今の話を聞いてそれとは別にもう一つ気になることがある。
「ってことは……セルツって今どれくらいの年月生きてるんだ?」
そう聞くとセルツは顎に手を当て何やら考え込んでしまった。え? どれくらい生きたかって質問で考え込むって何? 自分で聞いといてなんだけどちょっと怖いんだが。
「どれくらいか…………すまない主。明確な数字で表すのは難しいな。ただ、一つ言えることは主達のような人間同士が自らの国の領土をめぐり争いあっていた頃には自由に空を飛べるくらいにはなっていたな」
「…………」
この世界で戦争というのがどれくらい前まで続いていたのか俺は知らないけど、とりあえずセルツが長生きしててかつ人生経験豊富そうだなというのは理解しましたはい。
それからしばらくの間、俺はピィタの体を湿ったタオルで拭いてやったりして過ごしていた。その度にピィタは気持ちよさそうな鳴き声をあげ、完全にリラックスモードになっていた。そんなピィタの様子を眺めつつ俺はその横に集められている剥がれてしまったあの鱗を手にとってみる。やっぱりまだ子供だからかセルツのと比べると小さいな。それでも親指の第一関節くらいの大きさはあるけど。質感もかなり硬度があるように感じるし、力を入れても簡単に粉々にはできそうにないな。あれ? でもセルツはいつぞや俺に砕いた鱗を飲ませてくれたよな。…………まぁセルツだし別におかしくないか。
「それにしても綺麗ですよねこの鱗。光にあたるとキラキラ輝いてまるで宝石みたいです」
フラウはそれを見てなんとも素敵な表現をしてくれた。宝石ねぇ……。確かに綺麗だしなんとか加工したりして街で売ったりしてみれば結構人気になりそうだけど、そんな技術は俺にはないしな。それにドラゴンの存在はかなり珍しいってことは当然その鱗だってかなりの価値があるわけで。あんまり無用心に売ったりするとそれをどこで手に入れたのかとか色々と怪しまれたりする可能性もある。実はペットなんですなんて言ったらどんなことされるか分かったもんじゃない。でもだからといってこのままなのはもったいない気がするし……どうしたもんかな。
「あ、また取れた」
「ぴぃいいいい?」
ピ、ピィタさん……もう今朝見たあの姿とはかけ離れた感じになってますけど本当に大丈夫すか? ここまでくるとちょっとグロテスクなんですけど。
「なぁ、セルツ。ちなみにピィタの鱗ってどれくらいで全部生え変わるんだ?」
「そうだな、恐らく明日には綺麗に生え変わってると思うぞ」
「明日って早っ!!」
予想以上の早さだよ!! そんなに簡単に生えてくるもんなの!? そこまでだと逆にその瞬間を見てみたくなるな。まぁ起きてられるかどうかは分からないけど。
「でもそっか。ならとりあえず安心だな」
しばらくこのままの姿でいられたら視覚的な精神上あまりよろしくないからな。いつもの姿の方が今よりも数倍もマシだ。そう思いながら頭の上を軽く拭いてやる。するとやっぱり……
「「「あ、抜けた……」」」
その後もしばらくそんな時間が続いていき、いつの間にか外は陽が沈みかけ
すっかり暗くなってしまっていた。
それからしばらくして、家にベイルが夕食を作りにやってきてくれた。今回はカルラちゃんも一緒に来てくれたようでまた全員で夕食を食べることになった。
「へぇー、これが姉さんが言ってたドラゴンの子供ですか」
「ぴぃいいい!」
そして、家に入ってくるなりカルラちゃんはテーブルの上にいたピィタに興味津々。鱗がほとんど剥がれ落ちて少々……いやかなり不気味なことになっているにもかかわらず全く躊躇ないところを見るにやっぱり彼女は肝が据わっているようだと改めて思った。っていうか実は前回家に来た時も本当はベイルから話を聞いていて気になってたらしいのだが……初対面がこんな姿でとはちょっとかわいそうだな。
「今はこんなになっちゃってるけど本当は綺麗な赤い鱗をしてるんだよ」
「そうなんですか? 赤い鱗……ってもしかしてこの山になって置いてあるのがそうですか?」
カルラちゃんが指を刺した先には取れるたびに集めておいたピィタの鱗が置いてある。それを見てベイルは口を開け呆然としていた。というよりも顔が引きつっていた。いやそのへんに散らかしておくよりはちゃんとまとめておいた方がいいと思ったんだけど、それがむしろインパクトを増してしまったみたいだ。
「あ、荒崎。こ、これは全部ドラゴンの鱗なのか?」
「そうだけど……ってかベイル。大丈夫か? すっごい顔してるぞ?」
「え!! そ、そうか!? いや私も初めてこんなに大量のドラゴンの素材を見たので驚いてしまってな」
やっぱり予想通りこれはどうやら大変貴重な代物らしい。そんなものが小さくても山になってればそりゃあ驚くよな。彼女からすればこんな何の変哲もない家にちょっとした宝の山が眠ってたってところだし。
「ちなみにベイルならこの鱗をどう処理する? 何かいい案があれば教えてもらいたいんだけど」
「いい案か……」
そう聞くとベイルは腕を組み考え込んでしまった。きっとなかなか普段お目にかかれないものだから彼女もよくは知らないのかもしれない。でも一応街でも有名なヒルグラウンダーとか言われてるそうだし、少なくとも俺よりは何か思いついてくれるだろう。
「まぁ普通なら‘素材屋’に売って金に換えてもらうのがいいんだろうな。荒崎は特に自分の得物なんかを持っていないからそうするのが一番簡単だと思うぞ」
「素材屋?」
なんか昔やってたゲームの中にでも出てきそうな名前が出てきたな。いやそれはいいとして金に変換とかできるのか。今のところそこまで金には困ってないけど、今ある分もいつかは尽きちまうわけだしあるに越したことはないよな。
「その素材屋って一体どこにあるんだ?」
「ヒルグラウンドの横を抜けて更にその先の場所にあるんだが……よければ明日私が案内してやろうか?」
「本当か? でも仕事が忙しいんじゃ……」
「明日は午後から少し暇になるからな。そんなに遠い場所でもないし全然構わないよ」
「そうか。それじゃあ悪いけど頼むよ」
俺はベイルにそうお願いし、集合場所や大体の時間を決めた。こっちの世界に来てから珍しく明日の予定がちゃんと決まったな。いや本当ならいつもちゃんと決めておいたほうがいいんだろうけど。
「でも姉さん。こんなにいっぱい鱗を持って行ったら素材屋のお姉さんとおじさん困らないかな?」
「そうだな……確かにこの量を全て換金しようとするとあの店の有り金すべてをもってしても足りないかもしれないな」
なんか今ベイルから有り金とかいう不穏な言葉が発せられたきがするんですが……そんなにすごいもんなのかこれ。
「ベイルはこれ一つでどれくらいの価値があるのか知ってるのか?」
「いや、私も噂に聞いたくらいしかないのだがどうやらドラゴンの素材というのは本当に高級なものらしくてな。それこそ貴族や王族関係のものしか手にすることは難しいとまで言われているらしいんだ。だからその分その取引も規格外のものになると思っていいだろうな」
「マジかよ」
ってことは俺もしかしたら一気にお金持ちに昇格するかもしれないってことか! 今まで夢に見てきたリッチライフがいよいよ俺のものになるかもしれない。やべぇどうしよ! なんかテンション上がってきた!!
「だからそのへんも考えてこれを一気に全部換金するのはあまりよろしくないとは思う……って荒崎? おい聞いているのか?」
「……ふえ!? あ、あぁ聞いてるよ。そういうことなら今回は少しだけ持って行ってみることにしよう」
お金持ち……リッチライフ……ふ、ふへへへへへへへへ。俺は自然とこぼれそうになる笑みをひたすら抑えつつ、ベイルが作ってくれた食事を口に運んでいた。そんな姿をその場にいた他の全員は怪訝な目で見つめいていたことに俺は全く気づいていなかったのであった。
次回予告
素材屋にやってきた荒崎とベイル。そこで得た金銭を手に荒崎は家路につく。しかしその途中、荒崎は奇妙な占い師を名乗る女性と出会う。興味本位で占いをしてくれと頼む荒崎。しかし、そこで告げられた結果は少し不吉なもので……




