ものすごい気迫でしたね
翌朝、いつも通りの朝を迎え俺はベッドから起き上がる。っていうかピィタは別の場所で寝ていたはずなのに何故か俺の腹の上にいた。もうそこがピィタのベッドにでもなってんじゃねぇかこれ。俺も俺で慣れてきたのかそこまで気にならなくなってきてるし……ほんと、順応するって怖いわー。
「おはようございます、ご主人様」
「おはよう主」
「ぴぃいいいいい!」
俺が部屋から出ようとすると皆も目を覚ましたようでそれぞれ挨拶してきた。それに適当に返事をして、顔を洗いに台所へと行く。蛇口を捻り、両手いっぱいに水を貯めると一気に顔へとそれをかける。ひんやりとした感覚が顔全体をおおい一気に目が覚めた。
タオルで顔を拭いたあと、椅子に腰掛け体を背もたれに預ける。それにしても、昨日の料理は美味しかったな。まさかあそこまで豪勢だとは思わなかったけど、作ってくれるって言うなら遠慮する必要もないよね。というかよく考えてみれば、この世界の料理って結構ちゃんとしてるよな。見た目とかを除けば味も似たようなものがたくさんあるし。もしクソまずい料理ばかりでそれが普通の世界とかだったら俺生きていけなかったなきっと。あの時この世界を選んでよかった。
それから少しして、ベイルが朝食を作りに我が家にやってきた。今日も朝市が開催されているらしく、新鮮な具材が盛り沢山だ。こんなに買ってきて自分の家の家計は苦しくならないのかな? それとも、もしかしてベイルって意外とお金持ちだったりするのか? いやでもだったらもっとちゃんとした家とかに住めるだろうし。うーん……今度聞いてみるか。
「どうした荒崎? ぼけーっとして」
「え? いや別に。ちょっと考え事」
そういった俺にベイルは軽く首をかしげると再び調理を再開した。そんな姿を眺めながら、俺はふと気がついた。そういえばカルラちゃんが来てないじゃん。あれ? これからは俺の家に一緒に連れてきたいとか言ってなかったっけ?
「なぁベイル。そういえばカルラちゃんはどうしたんだ?」
「あぁ、実は今日これから仕事が入っていてな。少し急がなければならないからカルラには留守番してもらうことにしておいたんだ」
「そうなのか?」
そういうことなら仕方ないか。今日はピィタも起きてるし、せっかくなら紹介しておこうと思ってたんだけど。まぁでも来てくれればいつでも出来るし別に今度でいいか。そう思いながら俺はピィタの頭をぐりぐりと撫で回した。
「ぴぃいいいい!」
そう気持ち良さそうに声をあげるピィタとじゃれあってる間にベイルは料理を作り終えたらしく皿に盛り付けをしていた。相変わらず手際がいいなほんと。待ち時間が少なくて美味しいものが食えるなんてとんだ優良レストランだぞ。
「よし、じゃあ皆ちゃっちゃと食べちゃってくれ。荒崎、悪いが私はそろそろ行かなきゃいけない。片付けは後でやるからそのまま置いといてくれ」
「それくらい自分でやるよ。というか急いでるのに悪かったな」
「別に謝られるほどのことじゃないさ。それじゃあすまないが行くな!」
ベイルは小走りで玄関へと向かう。俺は部屋から顔だけをだしそれを見送った。彼女が外に飛び出したとき、何かを思い出したのか突然‘あ!’と大声をあげこちらに戻ってきた。
「荒崎! そういえば聞き忘れていたが、明後日は何か予定はあるか?」
「明後日?」
いきなりなんだ? 俺の明後日の予定は……と考えてみるが、そんなもの最初からないわけでして。そもそもこの世界に来てから予定なんてものは一切まだ決めてないんだよな。むしろ逆に作らないといけないはずなんだけど、どういうわけかスケジュールは空白で埋め尽くされてますはい。
「別に何もないけど? なんかあんのか?」
「なんかって……あぁ、そうか。荒崎は他国から来たから知らないのか。まぁいい、何もないならいいんだ。それだけ知りたかっただけだから。じゃあな!」
そう言ってベイルは再び勢いよく駆け出していった。一体なんだったんだろうか? 明後日なんかあるのか?
「んー……まぁいっか」
考えても分かるわけないし、とりあえず朝飯食って今日はどうしようか考えよう。という訳で俺はベイルの手作り朝食をありがたくたいらげることにした。
しばらくして、俺とフラウは街の中へとやってきていた。朝食を食べ終えたあと、どうするか考えていたのだがセルツとピィタはまた狩りの練習に行ってくると言い出した。そろそろ何か食べないと流石に腹が減ってくるらしい。言われてみればあの二人はベイルの作った料理もピレアムアの料理も一切口にしていなかった。だって何度勧めても一向に食べようとしないんだもん。そりゃあ腹も減るわ!
この前の一件で森の中も平和になっただろうし今回はピィタも何かしらの獲物を狩れるだろうとセルツは息巻いていた。だが、ピィタは前回のトラウマがあるらしくあまり乗り気ではなかった。少しかわいそうな気もしたが、これも必要な経験だからと慰めながら送り出してやった。いや、あの子行っちゃう時にすげぇ切なそうな声出すの。もうあれ聞くたびになんか俺も引き止めそうになっちゃうんだよね。我が子を連れて行かれる親の気持ちってあんな感じなんですか? だとしたら辛すぎません? ねぇねぇ!
……いや、子でもないし親でもないんですけどね。ただまぁそんな気持ちになっちゃったよって話です。はい。
「それはともかく、今日はどうするか」
俺はいつぞやのラミスタ広場とやらに着いていた。前も来たけどあんときは悲惨な目にあったからな。分かってはいるが上が気になる。今度は大丈夫だよね? 上から何か降ってこないよね? お願いだから俺の周りに影は作らないでね? フリとかじゃなくて!
そう挙動不審になりながらも俺は広場をぐるっと見渡してみる。相変わらず変な店からおしゃれな店までなんでもあるなここ。前回は入ろうとしたけど一件も入れなかったし、今日はリベンジもかねて色んなところを巡ってみることにするか。そうと決まればまずはどこから……そう思った時だった。ふと視界の隅になにやら人だかりができているのが見えた。
「なんだあれ?」
気になった俺はフラウと一緒にその人だかりへと近づいてみる。そこで気がついたのだが、よく見ればその人だかりのほとんどが女性だった。みんな必死で何かに手を伸ばしている。その光景はさながらスーパーなどで繰り広げられるタイムセールの主婦戦争のようだ。どの女性も必死の形相で、中には鬼気迫る顔で人ごみをかき分ける人までいる。
こ、これはいったい……なんなんだ? 彼女たちをそこまで駆り立てるものがなんなのか俺は気になってしまい、その隙間からなんとか見えないものかと必死にジャンプをした。だが人ごみが多すぎて全く中の様子が見えない。
「駄目だ、全然見えない」
とはいえこの中に潜り込む勇気はないし。これは諦めて少し待ってみるしかないか。そう思った時だった。
「皆さん! 押さないでください!! 危険ですから押さないでください!!」
向こう側からそう誰かが叫んでいるのが聞こえた。声からして男性のようだ。必死に叫んでいるが様子からして全く手に負えていなさそうである。うわぁ……可哀想。ここまでこんなに女性に囲まれてるのに全然羨ましくないことってあるか?
「ご主人様、顔が引きつってますよ」
「いや、そりゃそうなるでしょ」
どうやらこれ以上ここにいてもしょうがなさそうだ。俺は心の中で彼に合掌をしてからその場を離れることにした。
「それにしてもなんだったんだろうなあれ」
「皆さんものすごい気迫でしたね」
俺は再びフラウと一緒にラミスタ広場を散策していた。穏やかな広場には似つかわしくない光景だったよな。ほんと、あそこには何があったんだろうか? そう考えながら別の通路へと入ろうとした時だった。俺はピタッと歩みを止め、数歩後ろに下がりゆっくりと首を横に曲げた。するとそこには……またしても人だかりが出来ていた。しかもさっきと同じような光景が繰り広げられている。
「…………」
え? なに? まじで皆何やってるの? そういう日? そういう日なの今日は? 呆然とそれを眺めていた俺はそこで更に気がついた。道を行き来する人達が妙にそわそわと辺りを見回している。注意深く見てみるとあちこちにそんな輩がいることが分かった。
な、なんなんだこの空気は。明らかに異様な空気に俺は戸惑いを隠せない。どうしよう、今日は大人しく家に帰ったほうがいいかな? そう悩み始めていた時、突然ズボンのポケットが勢いよく震えだした。
「うおぉっ!!」
びっくりした! いきなりなんだよ。俺は慌てて手を突っ込むとその震えている物質を取り出した。どうやらずっと入れっぱなしにしていた疎通石が原因だったらしく、俺は壁に石を軽く叩きつけた。
「あ、もしもし。お兄ちゃん? イホームだけど今どこにいる?」
「イホームか。どこにいるって、ラミスタ広場の近くにいるけど?」
「ラミスタ広場か。じゃあそんなに遠くないね。えっと悪いんだけどさ、今から王宮まで来てもらえない?」
「王宮に? あぁ、いいけど。どうしたんだ急に」
「いやねファリア様がお兄ちゃんに会いたいって言うからさ。こっちから行かせるわけにもいかないし、お兄ちゃんには今回の報酬も渡したいからこっちに来てもらったほうがちょうどいいかなって」
ファリアが俺に? なんだろうか。女性に会いたいと言われるのはなかなかできない経験だからちょっと嬉しい。まぁ、内容がわからないから一応はしゃがないでおくけど。上げて落とされるのは好きじゃないんでね。
「分かった、んじゃあ今から向かうよ」
俺はイホームにそう言うと行き先を自宅から王宮へと変更した。
それからそう時間のかからないうちに俺達は王宮に着いた。今回は正面からではなく裏口から中に案内されたのだが、何か意味があるのかな? それとも流石に一般人が何度も正面から王宮に入るのはまずいとでも思ったんだろうか。まぁ俺は別にどこからでもいいから気にしないけど。
城の中に入ると何故かメイドが二人待機しており、俺とフラウは別々の場所に案内されることになった。と言ってもほぼ隣同士の部屋だったんだけどね。ぶっちゃけメイドさん二人もいらないよね。
「それではこちらで少々お待ちください」
メイドはペコリと頭を下げ部屋から出ていった。待てというのだから待つしかない。俺は椅子に腰掛けファリアが来るのを大人しく待つことにした。
にしてもだ……本当にあれは一体なんだったのか。あの場所だけじゃなくてここに来る途中にもあの人だかりは所々で見られた。皆、必死に何を求めていたんだろうか。
「うーん……女の人ばかりってのも気になるよな」
……駄目だ、どうしても気になる。ファリアが来たら聞いてみるか。多分彼女なら何か知っているだろうし、それが一番手っ取り早いだろう。となれば早くファリアに来て欲しいんだが。そう思った時、扉の部屋が開き誰かが中に入ってきた。
「荒崎さん、お待たせしました」
そう言って入ってきたのは丁度来ないかと思っていたファリア本人だった。今日は薄いピンク色で装飾の控えめなドレスを着ている。ああいう服を着こなせるのはそういう資質があるからってことなんだろうな。
「おっすファリア。なんかイホームから俺に会いたがってるって聞いたけど何かあったのか?」
俺がそう聞くと何故か彼女は驚いた顔をしてきた。あり? もしかして違うのかな?
「イ、イホームはそう言ったのですか? ……普通に呼んでくださるようにお願いしましたのに」
頬を赤らめ、そうぼそっと彼女は言った。どうやらイホームが余計なことをしていたらしい。なんだ……そう言ってたわけじゃないのか。ちょっとガッカリ。
「それで俺になんか用があるのか?」
「え、えっと……その、実は……明後日の‘ステビアセスルファム’のことで聞いておきたいことがありまして」
「ス、ステビ……なんて?」
聞いたこともないような単語に俺は頭の上に大量の?マークを浮かべていた。
たまにはグダグダするのもいいと思うんだ。(白目)




