引きこもりのお姫様
お願いします。
ヒナルク国王の話によると、その歌姫様とやらは歌が歌えなくなってしまったのは自分にその資格がなくなってしまったからだと自分を責め立て、次第に自室から顔を出さないようになり今に至るという。簡単に言ってしまえば自己嫌悪に陥っちゃったってことだ。お国のために自分だけしか出来ない事が急に出来なくなっちゃったんだからしょうがないっちゃしょうがないのかもしれないな。
けど、こっちとしてはお願いだから面倒なことにはならないようにお願いしたいんですけどね! 引きこもりの対処法なんて俺知らないし、どうすればいいの? しかもいきなりお姫様相手とかもうバカだよね!? チュートリアルって言葉知ってる? ってレベルだよねこれ!!
「ということは歌姫様は今、自室におられるということですか?」
「はい、今朝も何度か呼びかけたりはしたのですが……全く相手にされませんでした」
なるほど呼びかけても相手にされないと。……誰か対処法マニュアル持ってきてえええええええ!!
「そうなのですか。それは困りましたね。しかしここにいても話は進みません。私達も何とか彼女を説得してみましょう」
「え? 説得とかできるのか?」
「いや分からないけど……でもとにかく試してみないとどうなるかは分からないでしょ?」
試してみないとねぇ……まぁ、確かにそうか。何事もやる前からうだうだ考えててもしょうがない。まったく俺の悪い癖だ。それに、今の現状を見るとそんなこと言ってるほど余裕もあるようには思えないしな。
「そうだな。それじゃあやれるだけやってみるか」
という訳で俺達はそのお姫様が引きこもり中の部屋へと向かうことにした。
「ここが彼女のお部屋です」
そう言ってヒナルク国王に案内された部屋の前には見張りと思われる妖精が二人ほど立っていた。彼がそこから離れるように指示をすると一つ綺麗なお辞儀をしてそのまま何処かへ行ってしまった。
「リア、私です。あなたのことを治療しに来てくださったモートリアムの魔術師様がお見えになられましたよ」
彼は扉をノックしながらそう呼びかけた。しかし、向こうからは何の反応もなく只々沈黙のみが返ってくるだけだった。ちなみに彼が言ったリアというのは恐らく姫様の名前なのだろう。
「申し訳ありません、最近はずっとこんな調子で……以前は呼びかければ扉の下から返事の書かれた紙が差し出されていたのですが」
「返事の書かれた紙?」
なんでそんな面倒なことをしているんだ。そんなに部屋から顔を出したくないのか?
「えぇ彼女は今、歌を歌えないだけでなく声も出せなくなってしまっているのでそうするしか会話する方法がないのです」
声も出せないって相当な重症じゃないか。そんな状況じゃますますほっとく訳にはいかないな。なんとかして意思の疎通だけでもまずはできるようにならないと。
「声も出せないとなるとあちらがどんな反応をしているのかも分からないですね」
「彼女、実は結構人見知りなところがあるのであまり面識のない人間からの呼びかけに答えてくれるかどうかも怪しいですね」
うわーお障害物が満載だぁ。これは乗り越えがいがあっていいね! ……うん、ごめんなさい。嘘です、自分嘘つきました。障害物とか嫌いです。平坦な道が大好きです。アイラブ平坦!
「まぁでもやってみるしかないでしょう。まずは私が話しかけてみます」
そう言ってイホームが部屋の扉を軽くノックした。
「初めまして麗しき歌姫様。私はモートリアムから参りましたイホーム・メルロックと申します。この度は貴女様のお美しい歌声を再び取り戻させていただくべく専属の治療魔術師と共にお伺いさせていただきました。誠に失礼なお願いかもしれませんが私達の話を直接お聞きになっていただくことはできませんでしょうか?」
そう柔らかな口調でイホームはサラサラと語りかけた。何だろう、若干だけどセールスっぽいと思ってしまった。案外そういうのもいけるんじゃないかイホーム。見た目は幼女っぽいし……幼女セールスか。一部の人間にはウケそうな気もする。何かあっても責任は取らないけどな。
そんなこと考えている間にもイホームは執拗に呼びかけを続けていたが、一向に紙の返事は返ってこずどうやら彼女は返事をする気はないということらしい。
「駄目ですか……やはりそう簡単にはいきそうにありませんね」
なんてこったい、治す前にこんな状況じゃ前途多難にも程があるぞ。どうすりゃいい? 引きこもりとはいえお姫様だから強行的な手段とかはあんまり好ましくないしな。そう悩んでいたとき俺はふと考えてみた。そもそもなんで彼女はそこまでかたくなに引きこもってるんだ? もし歌が歌えなくなったことを責めてそうなったんなら少しでも治せる可能性がある人間が目の前にいるのに受け入れないのは少しおかしい気がする。だとすると原因は他にあると考えられなくもないか? うーん……面倒くさいし直接聞いてみるか。俺は扉をノックし話かけてみることにした。。
「あの、ひょっとしてなんですけど歌を歌えなくなったことだけじゃなくて他にも何か部屋から出てこない理由があったりしませんか?」
俺がそう聞くと微かにだが扉の向こう側で何かが動くような音が聞こえてきた。お、これは何か反応ありか? ちょっと探ってみる価値はありそうだな。
「そうですね……例えば誰にも見られたくない何かがあるとか?」
さらにそう振ってみると先程よりもさらに大きな物音が聞こえてきた。これってひょっとして当たってるのか? 少なくとも反応があるということはそこまで外れていないということだよな。
「ジアートさっきから何言ってるの?」
「いや、ちょっと変だなと思ってさ。あ、ちなみにイホームは他人に見られたら恥ずかしいものとかあるか?」
「え、何を突然……うーん、そうだねー。強いて言えば昔好きだった人に書いた手紙とかかな?」
「え、なになにイホームってそういうことしちゃうタイプ? その人の持ち物とかに手紙忍ばせちゃうタイプ?」
「い、いやそういうことはしなかったけど……でもいつか伝えられればいいなって思ってたんだよね。あの時の私は」
「私もわかりますその気持ち!!」
なんとフラウがくいついた! いや物理的な意味じゃないよ。話にって意味でね。すごい目をキラキラさせ尻尾をそれはもうブンブン振り回してる。こういう話好きだったんだなフラウ。
「そういえばリアも民たちに人気がありましてね、城へと送られる贈り物の中には彼女への物も多くあるんですよ」
「へぇーそんなにすごいんですか」
「えぇ、彼女は他国の王に求婚を求められたこともありましてね、その魅力は国境をも超えるということが示されたりもしたんですよ!」
そうヒナルク国王が少し自慢げに語った瞬間、今度ははっきり聞こえるほど大きな音が扉から聞こえてきた。これは……イケル!!
「そんなにお美しいお姿なら是非ともこの目に焼き付けておきたいものですねぇ! しかし、そんな歌姫様が見せたくないものとなるとよっぽどお恥ずかしいものなのでしょうか? はっ! もしかしたら……ちょっとエッチな物とかだったりするかもしれませんなぁ!!」
「ぶっーーーーーーーーーー!!」
その言葉にイホームが吹き出したが俺は気にしないことにした。ここまで来たらとことん暴走しちゃうもんねぇ!
「ジ、ジアート様! 流石にそのようなことは……いやでもしかし、リアもお年頃。そういった物事にご興味をもたれても不思議ではないかも……」
「でしょう! もしかしたら部屋の中にはあんなものやこんなものが眠っているのかもしれません! だとしたら! だとしたらこの部屋をかたくなに開けたくないのも理解はできます。えぇわかりますよ。そういうものを見られてしまった時のあのやるせなさは十分に理解しています。ですからそれが例え歌姫様でも私は決して哀れんだり笑ったりは絶対にしません! それだけは神に誓ってもいいでしょう!!」
「ジ、ジアートちょっと……」
「そ、そう言われてみれば夜中にリアの部屋から何か怪しげな音が聞こえたことがあると噂で聞いたことが……」
「ほほぉ!! それは詳しくお聞かせ願いたいですなぁ!!」
「ジアート!! いい加減に……」
その瞬間だった、目の前の扉が突然勢いよく開かれた。そしてそこから何か黒い塊が飛び出すように外に現れた。が、何かにつまずいたようでその場に勢いよくうつ伏せに倒れ込んでしまった。
「「「…………」」」
な、なにこれ? よく見てみるとそれは何枚もの黒い布のような物が重なっているのが分かった。まるで時が止まったかのように全員の動きが止まり、その謎物体に視線が釘付けになっていると、不意にその塊はもぞっ……と動き始めた。
「う、動いた! 動いたぞ!!」
そして、徐々に起き上がるように布が盛り上がり始めるとそれはヨロヨロとよろめきながら立ち上がり始めた。
「~~~っ……」
「リ、リア?」
ヒナルク王子がそう呟いた。その言葉にそれはビクッと反応をした。ということは……これがその歌姫様なのか?
「っ!!」
「あ、ちょっと待って!」
再び部屋に戻り扉を閉めようとされる。だがそんなことはさせない。俺は扉の隙間に体を挟み込んだ。
「っ!?」
「そうはいきませんよお姫様!」
やっとこさ姿見せたんだからこのまま逃すわけにはいかんでしょお! 俺は半ば無理矢理にだが部屋の中に入り込んだ。あれ? 俺もしかして結構強行的な事してる? ……いやこれはしょうがないか。っていうかあんなことしてる時点でもうアウトだよね。
俺の後に続いて他のメンバーも部屋の中に入ると、彼女は目を疑うような速さで部屋の隅のほうへと逃げてしまった。なんだ今の動き……まさか忍者か!?
「リア! どうしたんだそんな格好をして!?」
ヒナルク国王がそう近づこうとすると、今度は反対方向の隅へと移動し始めた。な、何か怖い! 怖いよあの動き! どう動いてるのそれ!
「っ!! っ!!」
彼女は布の中から何かを取り出すとせわしなく腕を動かし始める。そして俺達の前に何かを差し出した。それは一枚の白い紙に黒いインクでメッセージが書かれたものだった。
「えーなになに、‘私のことを見ないでください’」
「見ないでください?」
いやいやいやいや、それだけ奇怪な動きをされれば嫌でも目につきますよ? 言ってることとやってることが違うとはこういうことをいうのか。
そう思っていると再び紙がこちらに差し出されてきた。
「‘私のような醜いものが視界に入るときっとご気分を悪くされます。ですから早くここから離れてください’だって」
「醜いものって……いやその前に姿も何も分からないし」
がっちり布でガードされてるもん。いやむしろよくそこまで固めたよね。どんだけ見られたくないんだよ。
「歌姫様、私達は決してそのような事は思ったりしません。ですからどうかご自分のことをそのように言われないでください。それに我々は貴女様のご病気を治すためにここまでやってきたのです」
イホームの言葉に再び彼女は筆をとった。凄まじい速さで文字を書き連ねていく。
「‘今まで色々な魔術師様に治療を行っていただきましたがどの方も私を治すことはできませんでした。私にはもう歌を歌う資格はないのです。私にはもう何もないのです’」
彼女はその紙を差し出すとペンを置きその場にうずくまってしまった。どうやら相当精神的にきているらしい。
「姫様、様々な魔術師様に治療をうけたと言われましたがここにいるジアートはその者達とは全然違うのですよ。何せファリア様の罹られていたあの黒死病を治してしまったのですから」
「…………っ?」
その言葉に彼女は再びペンをとり紙に何かを書いていく。横から覗いてみるとそこにはこう書かれていた。
「‘ファリアちゃんの病気を治したの?’」
「はい、この者は特別な力を持っております。誰もが治療できず苦しめられていた病を一瞬で治してしまうほどの力を」
イホームがそう説明すると彼女がこちらの方に視線を向けてきた。布の間からほんの少しだが瞳が覗いているのが分かり、そこからは綺麗な緑色が垣間見えた。
「姫様、どうかお願いです。貴女様のためにも。そして、この国やその民達のためにもどうか貴女を治療させてはいただけないでしょうか?」
イホームは彼女の目の前で頭を下げた。念のため俺もそれに合わせるように頭を下げる。さぁ彼女はどうでるか。心臓の鼓動が早くなるのを感じながらその返答を待つ。すると、再び紙に文字が書かれる音が聞こえてくる。きっとそれが彼女の返答なのだろう。そして、書き終えたのか紙がこちらに差し出される。そこには……
「‘私のような愚か者にそのお力をお貸しいただけるのであれば、どうかよろしくお願い致します’」
そう書かれていた。
「姫様!」
彼女はこちらにきちんと向き合うように立ち上がるとその頭を深々とこちらに下げてきた。どうやら俺達のお願いは聞き入れられたようだ。
その後、彼女の治療をするために俺達は体中に巻きつけられた黒い布を解いていた。その際に気がついたのだが体が小刻みに震えていた。きっとまだ怖いのだろう。もしまた駄目だったらどうしようと。それはもう絶対に治せないと宣告されるようなものだ。怖いのも無理はない。だからこそ俺はそんな不安を少しでも和らげられるように話しかけてみることにした。
「ものすごく綺麗な肌ですね。真っ白で透き通るような……」
「っ!…………」
「ジアート、変態発言禁止!」
「ご主人様……」
あるぇー? ダメだったみたいぞぉー。……はい、ごめんなさい。もう余計なこと言いませんからその生ゴミを見るような目はやめてくれませんか。フラウにまで悲しい目で見られて俺今にも崩れ落ちそうなんですけど。
そんなこんなでなんとか顔周り以外の布は外すことができた。黒い布の下には他の妖精とは少し違う柄の入ったあの民族衣装のような服を着ていて、先程言ったようにそこからは真っ白で綺麗な肌が覗いていた。
「ではいいですか? 最後の布も外しますよ?」
そう確認すると彼女は紙にメッセージを書きこちらに差し出す。
「‘あの、一つだけ約束をしてくれませんか?’」
「約束?」
「‘今からとてつもなくおぞましいものをお見せしてしまうかもしれませんが、できればあまり見つめないでいただきたいのです。皆様のお気分を害されてしまうかもしれませんし、私も少し辛いので’」
おぞましいものねぇ……。果てさてどんな光景が待っているのやら。まぁ一応心の準備は出来てるから大丈夫だとは思うけど。
「分かりました、約束します。出来るだけすぐに終わらせますね」
その言葉に彼女も覚悟を決めたのか自ら布に手を伸ばし、ゆっくりと解いていった。頭が見えるようになるとそこからは煌めくような緑色の髪が姿を表した。そして、次に顔の部分が解かれていく。それを見た俺は先程まで言っていた彼女の言葉とは全く逆の感想をもつことになった。これのどこが醜いというのだろうか。整った目立ちや鼻筋などはもちろんなこと、シミ一つ見当たらない真っ白な肌。まるで神聖なものを見ているような気分にさせられる程その姿は美しいものだった。
ここまでは特におかしなところはないな。となるとやはり問題はあそこにあるのか。そう最後に布が残っている部分。声を出す際に使う部位、喉のある首の部分だ。彼女は一瞬ためらっていたが目をギュッと瞑ると一気にその布を解いていった。
「っ!!」
「こ、これは……」
俺はその衝撃的な光景に息を飲んだ。
次回は来週の金曜日を予定しています。というかこの話も金曜日に更新できればと思っていたのにギリギリ間に合いませんでした。orz




