21.終焉
1話を長くまとめました
「本当は、キルト全土をカラナの村と同じようにするつもりだった。全員を殺そうとしたよ」
「でも、ゲートから召喚した奴らに制限があってね。時間的にも能力的にも」
「……どういうことだ?」
「彼」の感情が表に出ていたことによって、カイル自身は、気持ちの整理をする期間を得ていた。よって、平常運転とは行かないものの、少しづつ落ち着きを取り戻している。
「あの本にも書いていたとは思うけど、奴らの力は、血液の濃さに影響されるんだよ」
カイルは、ハノイが言った一言、その真意を正確に理解した。
「……王1人分では……足りなかった」
「ああ、……そうだよ。時間と力を使い切った奴らは、自然に消滅していった。まあ、そのことについては順を追って話していこうかな」
ハノイは言葉を続けた。
「『ヤクト』になってからは、取り敢えず、次の王が大きくなるまで待ったよ。そいつの血も使うつもりだった」
「奴らの力を使って不老の体を手に入れていたから、時間はたっぷりあったよ」
「でも、さっきも言った通り1人分では足りない。……どうしたと思う?」
ハノイの顔が嫌な風に変わる。この時、カイルの思考回路は全く機能していなかった。
「……食ったんだよ」
不気味を通り越して、嫌悪すら感じる表情を浮かべ、彼は笑っていた。
それに加え、ハノイの声は、何人もが同時に話しているかのように、様々な高さの音が重なって聞こえる。
それら2つのことがカイルに二重の衝撃を与えた。
「……食っただと? ……まさかーー」
「そう、君の考えている通りだよ! 僕はね。あの時から今まで何十という王族を食らってきたんだ!」
カイルが驚嘆しているのも御構い無しに、ハノイは早口に声を上げる。
「あいつらの力で、王族の血を消化しないようにした! だから僕の体の中には、濃密な王族の血が蓄えられているんだよ!
クックック、ハァアハァハァハァ!」
ハノイは堪えきれず、その異様な声で、笑い続ける。
「その後、王に成り代わった。もちろん力を使って。それに奴らには、次にこの世界に呼び出されたら『全てを壊せ』と指示している!」
「もし今! この体をゲートの上で掻っ捌いたら?」
「……そんな……」
ハノイの狂気じみた言動によって、カイルの口から絶望が漏れ出す。
「……どうなるんだろうねえ?」
どこから取り出したのか、ハノイはナイフをチラつかせる。そして、腰にはカイルの剣が。
カイルは、「身の毛もよだつ」という言葉を全身で体感している。恐ろしいなんてレベルに止まらないハノイのその行為は、彼をパニックに陥らせるには十分だった。
「やめっ、やめろっ! やめてくれっ! そんなことしたら……」
この瞬間、彼は父や母、レイナのことを思っていた。先日、やっと昔のような仲の良い家族に戻れたというのに。このままでは、全てが無くなってしまう。
カイルは、上半身を乗り出そうとするが、両手がそれを邪魔し、身動きが取れない。木に幾度も擦り付けた腕からは、血が滴り、傷だらけである。
「やめろっ! やめてくれっ!」
「いいや、やめないねっ! これは僕の世界への復讐なんだよ! 誰がなんと言おうとここでやめるつもりなんてないさ!」
ハノイの声は1人のものに戻っている。いや、正しくは戻ったのではない。それは低いままだったが、言っている言葉とは裏腹に、甘美なものだった。
何かに取り憑かれたように話す彼は、まるで悪魔のようである。少なくとも、カイルの目には、人間としては映っていない。
彼の復讐心は、最早世界を壊すまでに強く、激しくなっていた。いや、彼自体は、その怒りの矛先を忘れてしまったのかもしれない。
「やめろ……やめろ……」
「さて、僕の話は終わりだ。
君には先に死んでもらうことにするよ。まあ、念のためさ」
彼は腰の剣を抜き取った。月明かりを反射して銀色に輝くその刃は、切れ味の凄まじさを物語っている。
「じぁあね」
ハノイが剣を振るった。その一瞬の時間の中で、カイルは自身でなく、家族のことを案じていた。
「くそぉぉぉ! ぉぉ……」
断末魔の叫びの最中、カイルの視界は天地が逆さになった。目の前にあるのは、赤く染まった自らの体。
彼の瞳は輝きを失い、その傍、人形のように力の無い体の中では、心臓がその鼓動を徐々に緩める。
そして、最終的には、ゆっくりと停止した。
「大丈夫。僕も、他の人たちもすぐに追いかけるから」
ハノイのその声がカイルの意識に届くことはなかった。
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ーーねえ、兄さん。
「何だい?」
ーー私のこと、大事?
「ああ、もちろん。世界の何よりも大事さ」
ーーありがとう。ねぇ、だったらーー。
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カラナの村跡地近く
ジョイルが率いる約200名の軍勢は、カラナの村へと向かっている。
軍の内訳は、馬に乗っている者が30名ほど、残りは全て歩兵である。
「ハノイ村までもう少しだ! 歩兵たちよ。踏ん張るのだ!」
ジョイルは声を大にして指示を飛ばす。現在歩兵たちは、馬に遅れないように走って移動していた。
皆不満1つ言わずに、汗を垂らしながら必死であった。事情を知る者はもちろん、知らない者も重苦しい雰囲気を汲み取り、周りに合わせている。
「将軍。あの紙には、一体何が書かれていたのですか?」
アレシアの問いにジョイルは少しの間、沈黙を通した。ここで言うと、他の兵たちにも聞こえるからだ。
しかし結局のところ、彼は弁ずることを決めた。
「……大体予想はしているだろうが、……ヤクトは、……王を殺す気だ」
アレシアは、本にあった「ヤクト」と今、近衛兵である「ヤクト」が同一人物かもしれないと思惟していたので、ジョイルの言う通り、それを予想していた。
そして、予想が事実に変わったことを示唆するような彼の発言により、彼女は紙の内容がそういうものであったのだと理解した。
しかし、何も知らない者たちにとっては、その発言は驚嘆に値することである。
「えっ!?」
「どういうことですか!?」
「意味がわかりませんよ!」
かなりの速さで走っているのにもかかわらず、紙を読んだ兵士を除いて、軍は騒ぎ始める。
「落ち着けっ! 現在の状況は、私にも正確にはわからん! 取り敢えず、ハノイ村へ急ぐのだ!」
ジョイルは、王家の血とゲートの関係については語らなかった。彼は、もし言えば、兵士たちがさらに混乱することが分かっていたからだ。
カラナの村ゲート周辺
「やっと。……やっとだよ、タヤさん」
ハノイは嬉しがっていた。あとは、自らの体に流れる生き血をゲートの上で撒き散らすだけで、復讐が完了されるためである。
「君もさっきの反応は面白かったよ」
彼の目線の先には、真っ赤な地面と動かなくなった真っ赤な頭、そして、真っ赤な体があった。
「わざわざ最後に入れ替わった甲斐があった」
ハノイの肩の上には、いつの間にか、黒い塊が乗っていた。それは、風に吹かれて揺らめいている。
「入れ替わりに力を使ったから、こいつももう消えるかな」
その塊は少しずつ空気に溶けていき、果てには霧散した。
「さて、全てが終わった」
ハノイはゲート上までゆっくりと移動した。自分の目的がようやく達成できるというのに、その表情は、明るくはない。
だが、ここで止めようともしなかった。
「……あとは、僕が死ぬだけだ」
彼は、ナイフを自身の腸に突き立てる。魂を吸い込むかの如き白刃が研ぎ澄まされ、燦々と降り注ぐ太陽の光を反射する。
「世界よ。……俺と、俺とタヤさんの痛みを知れっ!」
次の瞬間、ハノイは振りかぶり、スピードをつけたナイフが彼の腹に、深々と突き刺さる。痛みを堪えながら、ハノイは、ナイフを握ったままの手を引き上げた。
辺りに、紅色の血液が飛び散る。それは徐々に魔法陣の窪みへと集まり始め、そしてついに、魔法陣が完成する。
しかし、ハノイはその場に倒れ、静かに息を引き取った。
復讐のためだけに生きた生涯であった。
ゲートは赤く輝き、空気が照らされる。そこから、真っ黒な煙が立ち込め、周りの木々が腐らせていく。
そして、再びゲートに目を向けると、人の形をしていない何者らかがそこにいた。
カラナの村跡地近く
「何か来ますっ!」
気づいたのは、先頭を切っていた近衛兵であった。
森の中から動物たちが暴れて出て来る。その向こうでは、黒い何かが蠢いていた。
目を凝らすと、それは単体ではなく、人より二回りほど大きな生物が大群で動いている。その数、1000や2000では足らない。
あるものは、様々な動物が混ざり合ったような姿で、あるものは、人の顔から手足が生えている。またあるものは、目玉が6つある鳥で、あるものは、体が腐っていて、ゾンビであった。
それらの姿は、人間にとっては、まさに化け物や悪魔のように見えた。
今まさに、軍は大パニックである。
大声を出し、逃げ惑い、隊列が乱れる。ジョイルや近衛兵たちの指示も叫び声にかき消され、届かない。
誰もが死を覚悟した。
しかし、次の瞬間。事は大きく変化した。
次回「22.救済へ」




