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ゲートの向こうにある世界  作者: nit
第1世界・キルト
21/32

21.終焉

1話を長くまとめました


「本当は、キルト全土をカラナの村と同じようにするつもりだった。全員を殺そうとしたよ」

「でも、ゲートから召喚しょうかんした奴らに制限があってね。時間的にも能力的にも」


「……どういうことだ?」


 「彼」の感情が表に出ていたことによって、カイル自身は、気持ちの整理をする期間を得ていた。よって、平常運転とは行かないものの、少しづつ落ち着きを取り戻している。


「あの本にも書いていたとは思うけど、奴らの力は、血液の濃さに影響されるんだよ」


 カイルは、ハノイが言った一言ひとこと、その真意を正確に理解した。


「……王1人分では……足りなかった」

「ああ、……そうだよ。時間と力を使い切った奴らは、自然に消滅していった。まあ、そのことについては順を追って話していこうかな」


 ハノイは言葉を続けた。


「『ヤクト』になってからは、取りえず、次の王が大きくなるまで待ったよ。そいつの血も使うつもりだった」

「奴らの力を使って不老の体を手に入れていたから、時間はたっぷりあったよ」

「でも、さっきも言った通り1人分では足りない。……どうしたと思う?」


 ハノイの顔が嫌なふうに変わる。この時、カイルの思考回路は全く機能していなかった。


「……ったんだよ」


 不気味を通り越して、嫌悪すら感じる表情を浮かべ、彼は笑っていた。

 それに加え、ハノイの声は、何人もが同時に話しているかのように、様々な高さの音が重なって聞こえる。

 それら2つのことがカイルに二重の衝撃を与えた。


「……っただと? ……まさかーー」

「そう、君の考えている通りだよ! 僕はね。あの時から今まで何十という王族をらってきたんだ!」


 カイルが驚嘆しているのも御構い無しに、ハノイは早口に声を上げる。


「あいつらの力で、王族の血を消化しないようにした! だから僕の体の中には、濃密な王族の血が蓄えられているんだよ!

 クックック、ハァアハァハァハァ!」


 ハノイはこらえきれず、その異様な声で、笑い続ける。


「その後、王に成り代わった。もちろん力を使って。それに奴らには、次にこの世界に呼び出されたら『全てを壊せ』と指示している!」

「もし今! この体をゲートの上でさばいたら?」


「……そんな……」


 ハノイの狂気じみた言動によって、カイルの口から絶望が漏れ出す。


「……どうなるんだろうねえ?」


 どこから取り出したのか、ハノイはナイフをチラつかせる。そして、腰にはカイルの剣が。

 カイルは、「身の毛もよだつ」という言葉を全身で体感している。恐ろしいなんてレベルにとどまらないハノイのその行為は、彼をパニックにおちいらせるには十分だった。


「やめっ、やめろっ! やめてくれっ! そんなことしたら……」


 この瞬間、彼は父や母、レイナのことを思っていた。先日、やっと昔のような仲の良い家族に戻れたというのに。このままでは、全てが無くなってしまう。

 カイルは、上半身を乗り出そうとするが、両手がそれを邪魔し、身動きが取れない。木に幾度も擦り付けた腕からは、血がしたたり、傷だらけである。


「やめろっ! やめてくれっ!」

「いいや、やめないねっ! これは僕の世界への復讐なんだよ! 誰がなんと言おうとここでやめるつもりなんてないさ!」


 ハノイの声は1人のものに戻っている。いや、正しくは戻ったのではない。それは低いままだったが、言っている言葉とは裏腹に、甘美なものだった。

 何かに取りかれたように話す彼は、まるで悪魔のようである。少なくとも、カイルの目には、人間としてはうつっていない。

 彼の復讐心は、最早もはや世界を壊すまでに強く、激しくなっていた。いや、彼自体は、その怒りの矛先ほこさきを忘れてしまったのかもしれない。


「やめろ……やめろ……」

「さて、僕の話は終わりだ。

 君には先に死んでもらうことにするよ。まあ、念のためさ」


 彼は腰の剣を抜き取った。月明かりを反射して銀色に輝くその刃は、切れ味の凄まじさを物語っている。


「じぁあね」


 ハノイが剣を振るった。その一瞬の時間の中で、カイルは自身でなく、家族のことを案じていた。


「くそぉぉぉ! ぉぉ……」


 断末魔の叫びの最中さいちゅう、カイルの視界は天地がさかさになった。目の前にあるのは、赤く染まったみずからの体。

 彼の瞳は輝きを失い、そのかたわら、人形のように力の無い体の中では、心臓がその鼓動をじょ々にゆるめる。

 そして、最終的には、ゆっくりと停止した。


「大丈夫。僕も、他の人たちもすぐに追いかけるから」


 ハノイのその声がカイルの意識に届くことはなかった。


ーーーーーーーーーー


ーーねえ、兄さん。


「何だい?」


ーー私のこと、大事?


「ああ、もちろん。世界の何よりも大事さ」


ーーありがとう。ねぇ、だったらーー。


ーーーーーーーーーー


カラナの村跡地近く


 ジョイルがひきいる約200名の軍勢は、カラナの村へと向かっている。

 軍の内訳うちわけは、馬に乗っている者が30名ほど、残りは全て歩兵である。


「ハノイ村までもう少しだ! 歩兵たちよ。踏ん張るのだ!」


 ジョイルは声をだいにして指示を飛ばす。現在歩兵たちは、馬に遅れないように走って移動していた。

 皆不満1つ言わずに、汗をらしながら必死であった。事情を知る者はもちろん、知らない者も重苦しい雰囲気をみ取り、周りに合わせている。


「将軍。あの紙には、一体何が書かれていたのですか?」


 アレシアの問いにジョイルは少しの間、沈黙を通した。ここで言うと、他の兵たちにも聞こえるからだ。

 しかし結局のところ、彼はべんずることを決めた。


「……大体予想はしているだろうが、……ヤクトは、……王を殺す気だ」


 アレシアは、本にあった「ヤクト」と今、近衛兵である「ヤクト」が同一人物かもしれないと思惟しいしていたので、ジョイルの言う通り、それを予想していた。

 そして、予想が事実に変わったことを示唆しさするような彼の発言により、彼女は紙の内容がそういうものであったのだと理解した。

 しかし、何も知らない者たちにとっては、その発言は驚嘆にあたいすることである。


「えっ!?」

「どういうことですか!?」

「意味がわかりませんよ!」


 かなりの速さで走っているのにもかかわらず、紙を読んだ兵士を除いて、軍は騒ぎ始める。


「落ち着けっ! 現在の状況は、私にも正確にはわからん! 取りえず、ハノイ村へ急ぐのだ!」


 ジョイルは、王家の血とゲートの関係については語らなかった。彼は、もし言えば、兵士たちがさらに混乱することが分かっていたからだ。



カラナの村ゲート周辺


「やっと。……やっとだよ、タヤさん」


 ハノイは嬉しがっていた。あとは、みずからの体に流れる生き血をゲートの上でき散らすだけで、復讐が完了されるためである。


「君もさっきの反応は面白かったよ」


 彼の目線の先には、真っ赤な地面と動かなくなった真っ赤な頭、そして、真っ赤な体があった。


「わざわざ最後に入れ替わった甲斐かいがあった」


 ハノイの肩の上には、いつの間にか、黒いかたまりが乗っていた。それは、風に吹かれて揺らめいている。


「入れ替わりに力を使ったから、こいつももう消えるかな」


 そのかたまりは少しずつ空気に溶けていき、果てには霧散むさんした。


「さて、全てが終わった」


 ハノイはゲート上までゆっくりと移動した。自分の目的がようやく達成できるというのに、その表情は、明るくはない。

 だが、ここでめようともしなかった。


「……あとは、僕が死ぬだけだ」


 彼は、ナイフを自身のはらわたに突き立てる。魂を吸い込むかのごとき白刃がまされ、さん々と降り注ぐ太陽の光を反射する。


「世界よ。……俺と、俺とタヤさんの痛みを知れっ!」


 次の瞬間、ハノイは振りかぶり、スピードをつけたナイフが彼の腹に、深々と突き刺さる。痛みをこらえながら、ハノイは、ナイフをにぎったままの手を引き上げた。

 あたりに、くれない色の血液が飛び散る。それはじょ々に魔法陣のくぼみへと集まり始め、そしてついに、魔法陣が完成する。

 しかし、ハノイはその場に倒れ、静かに息を引き取った。

 復讐のためだけに生きた生涯であった。


 ゲートは赤く輝き、空気が照らされる。そこから、真っ黒な煙が立ち込め、周りの木々がくさらせていく。

 そして、再びゲートに目を向けると、人のかたちをしていない何者らかがそこにいた。



カラナの村跡地近く


「何か来ますっ!」


 気づいたのは、先頭を切っていた近衛兵であった。

 森の中から動物たちが暴れて出て来る。その向こうでは、黒い何かがうごめいていた。

 目をらすと、それは単体ではなく、人よりふた回りほど大きな生物が大群で動いている。その数、1000や2000ではらない。

 あるものは、様々な動物が混ざり合ったような姿で、あるものは、人の顔から手足が生えている。またあるものは、目玉が6つある鳥で、あるものは、体がくさっていて、ゾンビであった。

 それらの姿は、人間にとっては、まさに化け物や悪魔のように見えた。


 今まさに、軍は大パニックである。


 大声を出し、逃げ惑い、隊列がみだれる。ジョイルや近衛兵たちの指示も叫び声にかき消され、届かない。

 誰もが死を覚悟した。


 しかし、次の瞬間。事は大きく変化した。

次回「22.救済へ」

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