14.フィラルゼ
1話を長くまとめました
「うわぁぁぁ!」
「なんだよこれぇ!」
カイルがその強烈な音を聞いたのとほぼ同時に、人の悲鳴が聞こえた。
彼が振り返った先で見たものは、先程自分自身が上を通ったばかりの地面がまるで初めから無かったかのように消えており、その代わりに、同じ位置に出現した巨大な穴だった。
ま、まさか。さっきの地鳴りの正体は……。
「どうなっている! 後ろの者たちはどうし、なっ!」
先頭から走って来たと思われるジョイルが、目の前の光景を見て唖然としている。
何だ? どんなやつがいるっていうんだ。
彼は、生まれてから今までで1番の恐怖を覚えた。
「また地鳴りだ!」
「気をつけろっ!」
軍はそれぞれがそれぞれに檄を飛ばし合い、周りを警戒した。皆、各々が辺りを見回し、戦闘態勢を整える。
「どこだ!」
「どこにいる!」
再び凄まじい音がした。全員がその音のした方を見ようとした時に、1人の兵士が声を上げた。
「あそこだ!」
その兵士が指差している方を見ると、モンスターは先ほどできた穴から顔を覗かせているところだった。その様子を見て、カイルは確信した。
思った通りだ。さっきの地鳴りの正体は、モンスターが地面の下を這いずり回っている音だったんだ。
その化け物は腹を地面に擦り付けて、のそのそと穴から出てくる。前足の爪が太陽の光を反射して、その鋭さを物語っていた。
「あれは……何だ?」
そのモンスターの姿は、今ここにいる人間たちにとって見たことのある生物であり、またそうではなかった。
「なっ、何だあれは?」
「見たことないぞ……」
その容態を一言では表すことはできない。
太く、硬そうな角を生やした闘牛の頭。
鱗をびっしりとつけた巨大なトカゲの胴体。
両の手、合わせて10本の指から生やした鋭敏な長爪を有するモグラの前足。
強靭な鉤爪を持つ趾が前向きに3本、後向きに1本ある鳥の足。
その見た目は、誰かがそれらの生物同士を無理やり繋ぎ合わせたかのような異質さを感じさせた。
軍がその不気味な外見に混乱する中で、カイルの脳内にはある推測が浮び上がってきていた。
あれは……フィラルゼなのか?
いや、そうとしか考えられない。じゃないとあの姿は説明できない。
そのモンスターは、たちまち自らの周りで立ち尽くしている兵士たちを喰らい始めた。
口のあたりには赤く湿った人間の血がつき、それを舌で舐めとる行為が酷く気味悪い。
すると、どういうわけかその頭が大きくなっていった。さらに気持ち悪くなった面様に、カイルは軽く吐き気を催したが、その眼球はしっかりと目の前の標的を観察していた。
間違いない。あれはフィラルゼだ。
昔読んだ本に載っていた。喰らったものの特徴を自身の体に反映させていく生物。タルッタ周辺の生物を喰いまくったようだな。
そして今、人間を喰うことによって脳を大きくし、知能まで得ようとしているのか。
でも、あれは伝説上の生物のはず……。なんで……?
「た、体制を立て直せぇぇ!」
「うわぁぁぁ! そんなの無理だぁぁ!」
「助けてぇぇ!」
何人もが逃げ惑い、その都度何人かが喰われていく。その度にモンスターの頭が巨大化する。これの繰り返しだ。
まずい。このままじゃ全滅だぞ!
カイルは、変化し続けるフィラルゼを見つめて、考えを巡らせる。
考えろっ! やつは喰らった生物の特徴を反映しているんだ。
それぞれの生物の特徴を考えるんだっ!
闘牛はヒラヒラしたものに突進し、角を突き立てる。
トカゲは素早いが、手足は別物だからあまり速くないはず、鱗の薄い腹が弱点だ。
モグラの前足は下じゃなく横を向いているため地上では扱いにくく、方向転換しづらい。
鳥は足が細く、そこを攻撃されるとバランスを崩しやすい。
そして、カイルは目を見開いた。頭の中で何かが弾け、1つの作戦を閃く。
よし、これでいくしかない! 作戦は思いついた。
だけど、実行するためには場所が悪いし、必要なものが……。
彼は辺りを見渡し、あるものを探した。
どこかにないのか! 使えそうなものは!
混戦状態の中、カイルが目をつけたのは……。
「これだっ!」
馬車の屋根に掛けて取り付けてある大きな布だった。彼はそれを馬車から取り外す。布は風に靡き、音をたてる。
「よし、これであとは……」
もう少し遠くの方に目を凝らすと、ここから西の少し離れた場所に……。
あった! あそこだっ! よし、あとはこの作戦を全体に伝えないと。
「退却っ! 一時退却っ!」
「待ってくれっ!」
カイルは撤退を指示しているジョイルを止めた。彼の作戦を伝えるため、そして、フィラルゼを倒すために。
「な、何だお前は」
「それは後で話します! それより」
「何だ?」
ジョイルが憤怒しているのが分かる。指示を遮られて苛立っているのだろう。しかし、カイルにはそんなことを気にしている時間も、余裕もなかった。
「策があるっ!」
「何? 策だと?」
ジョイルは打って変わって彼に疑いの目を向ける。カイルは彼にモンスターの正体と作戦の内容を話した。
「……面白い。やってみよう」
ジョイルの目つきが変わった。恐怖心から好奇心に、いや、目の前の化け物に対する対抗心にだ。それを見て、カイルは笑みを浮かべる。
「よし、反撃開始だ」
「皆の者! あまり近づきすぎず、それぞれ奴の注意を引け! 攻撃の的を絞らせるなっ!」
ジョイルが荒々しい声で指示を飛ばす。それと並行して、周りにいる者に作戦を伝えている。
カイルには、彼が全員に人伝いで教えるように見て取れた。
「おら! こっちだこっち!」
フィラルゼは、「モォォォオオ」という牛独特の鳴き声を響かせながら暴れる。
「こっちだぞー!」
指示された軍の者たちは言われた通り、その化け物の注意を引き合っている。
その甲斐あってか、フィラルゼは前足を動かすが、上手く方向転換することができず、攻撃する相手を定められないで右往左往している。
今がチャンスだ!
カイルは馬車から取り外した布を丸めて脇に抱え、先ほど遠目に見つけたある場所へ向かって走った。
まさかここにきて軽い防具が役に立つとはな。
特別製の軽い防具のおかげで、彼は走りやすさを感じた。そして実際に、かなりのスピードも出ている。
カイルが向かったのは、西の小さな森を抜けた所にそびえている絶壁である。
木々の間をジグザグに走ったため、彼は、足に大きな疲労を覚えていた。
カイルが近づいて見上げてみると、高さは少なくとも、20メートルはあるように見える。
「よし」
彼は絶壁の前に生えている2本の木に目を向けて、布の両端をそれぞれに括りつけ、それを広げてカーテンのように設置した。
木々の隙間を通った風がその布をヒラヒラと揺らす。
準備完了だ。
元いた場所に走って戻っている最中、カイルが遠巻きにして見ると、軍はまだ交戦中だった。
彼の目には、生きている人数は先程とあまり変わっていないように映った。
うまくいっているようだな。
カイルは自らの策が首尾よく運んでいることを確認すると、戦場の中にいるジョイルに準備が整ったことを伝える。
「準備できたぞっ!」
「よし、わかった! 皆の者、手筈通りにやるぞっ!」
勢いがあるジョイルの声に対して、皆が威勢良く応答する。
「「「おぉぉぉぉぉ!!!」」」
彼らの表情から絶望の色が消え、代わりに活力が漲ってきたように見えた。
カイルが考えた策はこうだ。
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まず初めに、全員で絶壁の前に設置した布に向かって、フィラルゼを引きつけながら走る。
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フィラルゼは唸り声を上げながら、軍を追う。その歩みにより、軽い地震が起こった。
「こっちに来いっ!」
「走れっー!」
その鳴き声を掻き消そうとするかの如く、軍の1人1人は、大声でその化け物を焚きつけた。
フィラルゼは、全員が1つに集まったことによって攻撃の的が定まったのか、真っ直ぐに彼らを追ってくる。
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次に、頭である闘牛のヒラヒラと揺れているものに突進する特徴を利用し、彼奴を布へと突撃させる。
その時、皆は左右に分かれて布への道を開ける。
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軍が森を抜けて、絶壁が迫ってくる。その後ろを巨大な生物が追いかけることにより、木々が軽く吹っ飛び、森が森でなくなっていった。
ここで、フィラルゼが一際大きな一声を発した。どうやら布の存在に気がついたようだ。
「今だっ! 分れろっー!」
こちらもジョイルが号令をかける。
それに従い、軍はそれぞれ左右に分かれていくが、フィラルゼはそのことを気にも留めず、布へ向かって一直線に突っ走っていく。
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すると、フィラルゼは突進の勢い余って絶壁へ頭をぶつけ、角が絶壁に刺さるはず。
運が良ければ気絶してもらいたい。
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足元をバタつかせながら、その馬鹿でかい塊は、カイルの作戦通りに布へと進んでいく。
そして……。
辺りに鈍い音が響く。フィラルゼが絶壁に激突し、これまた彼の予想通り角が刺さった。
その衝撃により、驚いた数十の鳥が羽ばたいた。
気絶まではいかなかったか。
いや、そんなことを考えている場合じゃない。今はできることをやるんだ。
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その後、後ろ足である鳥の足の部分を攻撃し、バランスを崩させて倒す。
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フィラルゼは角を引き抜こうと必死にもがき、前足を動かす。
後ろ足は動かせない。
なぜなら、絶壁へ突っ込む際に前傾姿勢になり、角が通常時の頭の位置よりか下の場所に刺さっているため、後ろ足が伸びきってしまっているからだ。
したがって、その後ろ足を動かそうものなら、たちまち体制が崩れて、腹が地面へと落ちるだろう。
これはカイル、そして軍にとって嬉しい誤算だった。
「残っている前衛隊は後ろ足を攻撃しろっ!
後衛隊とサポート隊は弓の準備に取りかかれっ!」
ジョイルが次の指示を出し、それぞれがそれぞれの役割を果たす。
前衛隊
「行けぇぇぇぇぇえ!」
「はあぁぁぁぁぁあ!」
ここぞとばかりに、フィラルゼに向かって突き進んでいく。
後衛隊 サポート隊
「矢を用意しろっ!」
「まだ足りねえぞっ!」
互いに連携し合い、弓の準備をしている。
さっきまで混乱状態だった軍がジョイルの的確な統制により、うまく機能していた。
カイルも指示通りに後ろ足を切りつけ続ける。自前の剣が肉を突き抜け、筋を断つ。
決して聴き心地が良いとは言えない音と共に、鮮血が滲み出てくるのが不愉快極まりない。
「うおぉぉぉぉぉお!」
彼の目線の先では、ガゼルがハンマーを踝の位置に叩きつけている。そこには血が溜まっているのか、赤い痣がいくつも見られた。
数分の斬撃、殴打に耐えられず、フィラルゼの後ろ足がぐらつく。
そしてついに、前衛隊の決死の攻撃によって、後ろ足の支えが効かなくなったフィラルゼはたまらず倒れた。
それによって、地面が大きく揺れ、爆音が各々の鼓膜を叩いた。
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最後に、倒れたことによって、弱点であるトカゲの腹の部分が降りてくるから、そこを全員で攻撃する。
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「今だっ! 前衛は突撃ぃぃぃ!」
ジョイルの声にも熱が籠る。その大声は、前衛隊の背中を押した。
「全員行けぇぇぇぇぇ!」
「うおぉぉぉぉぉ!」
「やあぁぁぁぁぁ!」
彼らがフィラルゼの腹を剣で切りつけたり、鈍器で殴ることで、無数の切り傷や打ち身ができてくる。
トカゲの腹は、その色を薄い褐色から赤へと変えていた。
「後衛は弓の発射用意っ! ……打てっー!」
矢が降るという表現が似つかわしい後衛の弓の攻撃によって、トカゲの体に何本もの矢が突き刺さっていく。
サポート隊の矢の装填によって、後衛隊が円滑に動けている。
皆が己の心技体、持てるものを全て出しきる。
矢を全て打ち終わった後には、フィラルゼの体から赤黒い血が止まることなく溢れ出していた。
幾つもの切り傷、打撲、矢の雨を受け、フィラルゼは最期に力無い悲鳴をあげた。
そして、反撃することなく、そのまま地面に横たえた。
次回「15.それぞれの場所で」




