13.タルッタへ
1話を長くまとめました
窮屈だ。
周りにいる人は、皆カイルの方を見ている。そのことに彼はやり辛さを感じていた。
「おい、あれがアレシアを倒したっていう例の」
「えっ! どう見たってそんな強そうに見えないけど」
「ズルしたんじゃねぇの?」
「おいら見てたけど、アレシアの攻撃を簡単に弾いてたぜ」
どうしよう……。外を歩きづらい。
今の彼は、町中にいながら監獄に入れられているような気持ちだった。
しかし、まだこの程度の噂なら良かったのだが、試合の日から3日程経つと、こんなものまで出てきた。
「でも、そんなに強いなら、きっと例のモンスターも倒してくれるよ」
「そうだな。これで安心だな」
やめてくれ。そんなに期待しないでくれ。
相手も見たことないのに倒せるだろうなんて、無責任なこと言わないでくれ。
周りの不信から羨望に変わった目に耐えきれず、カイルはそそくさとその場を立ち去った。
彼は、今日は広場に向かっている。いや、「今日も」と言うべきだろうか。
試合に勝った時に準備担当の兵士が、
「武器や防具は自前のを使っても良いが、一応王宮から支給される。いつ支給するかなど、詳しい日時や場所は掲示板に記載しておくので、毎日確認しておくように」
と言っていたからだ。
カイルは、武器は自前の片手剣があるからいいが、防具の方は支給してもらおうと思っている。
彼が広場に着き掲示板を見ると、やっと内容が更新されていた。
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8/7までに試合を行い、合格した者は下の時刻、場所に集合されたし
時刻:明日の朝10時
場所:王都西側の兵士宿舎前
これから試合を行い、合格した者についてはまた後ほどここに記載する
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10時に兵士宿舎前ね。
カイルはそれを確認した後、すぐに宿に戻った。理由はもちろん、周りの目が痛いからだ。彼の背中には常に誰かの視線が刺さっていた。
翌日、予告時刻、予定場所に今のところの合格者全員が集合した。人数はざっと80人くらいだ。兵士や近衛兵も集まっている。
宿舎のほうでは、剣や弓の稽古をしている兵士も見られた。
集まった人達の中央に台があって、その上に貴族らしい雰囲気を漂わせていて、綺麗な顔をした男がいる。体型は先日のジョイルという近衛兵と比べると少し細い。
その男が美声を響かせた。
「合格者達の皆さん、よくぞ集まってくれました。私は近衛兵の1人、ヤクト。
今日皆さんに来てもらったのは、王宮から支給される武器や防具を配るため、そして、軍の隊決めと役割を決めるためです」
ヤクトは話しながら、彼が話している方向の後ろを指差した。
「えー。まず、皆さんにはこちらにある武器、防具の中から自分に合うものを選んでもらいます。
尚、それらはそれぞれ各自で持ち帰り、手入れをしておいてくださいね。ある程度は我々兵士達がしておきましたが、やはり細かいところは、使う本人自身がするのが良いでしょう」
ヤクトが指差した方向を見ると、兵士達が木箱に入れられている武器や防具を運んでいるのが見えた。
「次に、皆さんがそれぞれどの隊に入ることになるのか、どの役目を負うのかをあらかじめこちら側で決めておきました。この用紙を配りますので、確認してください。
隊は1〜25番までは前衛、26〜35番までは後衛、36〜40番まではサポート隊です。詳しくは用紙に書いてあります。
もし、自分の役目に不満がある方は言い出てください。
ここまでで何か質問等はありますか?」
彼が応募者たちに問いかけるが、誰も何も言わなかった。
「えー。何もないようなので。それでは、それぞれ自分の作業に取り掛かってください。
あ、終わったら帰っていいですよ。それと、掲示板は毎日確認するようにしてくださいね」
そう言うと、ヤクトは台から降り、ゆっくり城の方へと去っていく。彼の動作の1つ1つには気品さが表れ、見とれてしまっていた人の数は1人や2人ではなかった。
どれも重いな。
カイルは防御力よりもスピードを重視したいのに、配布される防具は重いものばかりしかない。彼は、無い物は仕方ないかなとも思ったが、一応準備担当の兵士に聞いてみた。
「あのー。もう少し軽めの防具ってないんですか?」
聞かれた兵士は、カイルの顔を見て不思議そうな表情をした。
「ありますけど、軽くなったらその分防御力が落ちますよ。それでもよろしければーー」
「それでいいです! どこにあるんですか?」
彼は嬉しさ半分、驚き半分で兵士の言葉を遮り、慌てて聞いた。
「宿舎の裏ですけど」
「ありがとうございます!」
軽くお礼を言って、カイルは宿舎の裏へ向かった。
兵士が言っていた通り、そこには軽めの防具が何セットか置かれている。
「この中から選ぶのか」
性能面ではどれも同じものだったが、色の種類が多数あった。カイルはその中からできるだけ目立たないように、他の応募者や兵士たちと同じ鉄色の鎧を1つ選んで、元の場所に戻った。
防具を選び終わり、係の兵士から用紙を受け取ると、背後から低い声がした。
「お前がアレシアを倒したっていうやつか?」
振り向くと、目の前にはあの男が立っていた。最初に試合をしていたあのハンマー使いだ。近くで見ると、その体の大きさ、頑丈さなどがわかる。
カイルはまるで山を目の前にしているかのような気持ちになったが、それは一瞬だった。
にしても体でかいけど、顔怖いし、目つき悪いなぁー。
「えっと……。そうだけど」
正直に言って、カイルはビビっていた。そのため、口調も少し硬くなる。
「お前なかなか強いんだな。
おっと、悪い。まだ名乗ってなかったな俺の名はガゼル。武器はハンマーを使っている。
よろしくな」
ガゼルは彼に満面の笑みを向けて、手を前に出してきた。
なんだ。思ったより全然怖くないじゃないか。
「ああ、うん。俺はカイル。片手剣使いだ。よろしく」
その表情に安堵して、カイルも笑顔を返し、握手をする。
「そうか。カイルって言うのか。……じゃあカイル。早速だけどよ」
何だ? 空気が変わった。
「俺と戦ってくれ」
ガゼルは笑顔のまま言った。
「……は?」
「だから俺と戦ってくれ」
「……えっと、なんで?」
意味がわからない。
「俺は強いやつと戦いたいんだ」
前言撤回。こいつもしかしなくても戦闘狂だよな。
……いや、いやいや、勝手に決めつけるのは良くないよな。うん。
「えっと、いいけど……。その、まずは例のモンスターを倒してからな」
カイルは誤魔化すように言った。とりあえずガゼルの目的を自分から逸らそうとしたためである。
「あっ、そうだな。悪い。まずは協力してそいつをぶっ倒してからだな」
「ああ」
「じゃあ、俺は行くからよ。また今度な」
そう言って、ガゼルは行ってしまった。
倒した後に戦ってくれなんて言ってこないよな?
カイルは、今の考えを振り払うように、いや、それから逃げるように用紙に眼を向ける。
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1〜25番隊:前衛 26〜35番隊:後衛 36〜40番隊:サポート隊
前衛:主に敵の攻撃を盾で防御したり、近接攻撃を加える
後衛:戦場の全体を把握し、指揮官に状況を伝えたり、遠距離攻撃を加える
サポート隊:負傷者の手当てを行う(基本は王都の治療専用兵が担当する)
リスト:
1番隊:隊長・ヘスト、マナキ、バルザ、ストレマ、ーー ーー ーー ……
2番隊:……
……
……
……
……
……
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前衛、後衛の説明はいらないだろ。だいたいわかるだろ。
カイルは思わずツッコンでしまった。彼の名前は9番隊にある。
よし、前衛隊だな。
それを確認した後、彼は鎧を着て、盾と剣を装備し、宿へ向かった。
人の目線がいつもよりさらに痛かったが、いくら他の防具より軽いとはいえ、鎧を持ち運ぶなんてことはできないので仕方がない。
これでまた新しい噂が広まるなぁ。
「はぁ〜〜」
カイルは宿の部屋で溜め息をつくと、武器、防具をいじり始めた。
彼は、自分の命を預けることになるそれらに、自らのできる最大限の手入れを施した。
出発3日前の夜、カイルはいつものように掲示板の前に来ていた。夜に来ているのは人目が気になるからだ。
今日で試合は全て終わり、3日後には出発することになっている。
「さてと。おっ」
掲示板に新しい紙が貼られていた。
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本日で試合は全て終了
次の集合はいよいよ出発当日である
食料や雑費などはこちらで用意する
以下に詳細を載せておく
時刻:3日後の朝6時
場所:東門前
持ち物:それぞれの武器、防具(手入れしておくように)
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「持ち物って……。遠足かよ。はぁ」
彼は呆れ気味に溜め息をつき、もう1度掲示板を見返した。
朝6時か。早いな。
というか、俺たち応募者は、まだ敵がどんなやつなのか一言も聞いてないんだが……。
まあ、とりあえずは3日後に向けて準備するか。
3日後の朝
朝早くから騒がしい。というか、うるさい。
「頑張れよー!」
「応援してるぞー!」
応援してくれるのはいいんだけど……。
東門の前には兵士、試合の合格者はもちろんいるが、それ以上に野次馬が多い。まあ、食料なんかをくれる人もいるのだが。
門前には1〜40番隊が綺麗に整列している。各隊が20人程度の隊になったようだ。
それぞれの隊長は馬に乗っていて、サポート隊は諸用の荷物を積んだ馬車を引いていた。
キルトでは馬の数はあまり多くない。そもそも必要な時が限られるからだ。例えば大人数での旅や移動などくらいだ。
だから、食料として重宝される牛や豚の方が数が多い。
隊が整列している前には簡易台が設置され、その上には、鎧を着込んだジョイルが悠然と立ち尽くしている。
そして、叫んだ。
「よくぞここまでの人数が集まったっ! 勇敢なる諸君らに敬意を表する!
兵士が約500名、一般の応募者による義勇兵が約300名! 合わせて800名の軍勢だっ!
皆それぞれかなりの実力者である! これが今の王都の最強戦力と言えようっ!
我々近衛兵もこれに加わる! 必ず皆で例のモンスターを倒そうぞっ!
我らの王都に平和をっ!」
台の側には、近衛兵らしき人たちが何名かいる。全員が馬にまたがり、ジョイルと同じ特別製の鎧を身につけていた。
あれ? でも……。
「「「我らの王都に平和をぉぉぉぉぉ!!!」」」
800名の軍は声を合わせた。その大合唱は辺りの空気を揺らし、同時にそれぞれの心を奮い立たせた。
「番号順に前の数字から前衛5隊、後衛2隊、サポート隊1隊ずつで中隊を作れっ! それ5つで隊列を組むのだっ!」
指示された通りに軍は動いた。ジョイルが台から降りて、馬にまたがる。
「行くぞぉぉぉ!」
彼が掛け声を発し、手綱を引くと、馬は歩き出す。その後に続いて軍は前進した。
こうして彼らは出発した。タルッタへは歩きで丸3日かかる。今はまだ平原のど真ん中だ。
軍の進行により生じたゆるい風が周りに根を下ろしている草を揺らす。遠くには山々や丘が見え、何とも平和だ。
ここからしばらくは平原が広がっているのが見られる。
「なあなあ、例のモンスターってどんなやつだと思う?」
こいつはナック。応募者で同じ9番隊の弓使いだ。髪が長く、綺麗な白い肌をしている。女だと言われても信じる者がいるくらいに。
「さあな。というか、この時点で近衛兵側が情報を提供してないのがおかしいと思う」
「そうかなぁ?」
カイルは彼のことを少々バカっぽいなと思った。
「それはそうと、さっき見た近衛兵の中に、武器と防具を配られた時にいたヤクトって人がいなかったけど」
「ああ、あの人は貴族の出だからな。基本的に城の事務とかが担当なんだよ」
「へぇー」
やっぱり貴族だったのか。
「そういえばさ。遠隔戦闘組は試合を行わなかったらしいけど、どうやって合否を決めたんだ?」
カイルは応募用紙の注意書きについて、疑問に思っていたことを聞いてみた。
「ん? ああ、あれね。ただ単に備え付けの的を射ただけだよ」
彼は、試験内容のあまりの普通さに拍子抜けした。
まあ確かに、敵と離れていればいるほど、死亡する確率は低いとは思うが、それにしたって、簡単すぎやしないかとカイルは思った。
タルッタへの道中ではもちろんモンスターに出会うが、少数だ。800名が隊を成しているだけで、ある程度は諦めて去っていってしまう。
それでも、襲いかかってくるやつもいるのだが、1つの隊で十分対応できる。
そして、やっと2日目の朝に、ジョイルから例のモンスターについての情報が発表された。
「体長は約50メートル程らしい。動きは遅いらしいから、危なくなったら距離を取れ。
それと、それだけ大きいなら近づいて来る時の足音が地鳴りレベルになるはずだ。もし、何か聞こえたら隊内で知らせ合うように」
ジョイルの発言に皆驚愕した。それもそのはずだ。誰1人でさえ、そんなに巨大なモンスターなど生まれてきて1度も見たことがないのだから。
「体長50メートルっ!?」
「嘘だろっ! デカすぎるっ!」
「ほんとに倒せるのかよ?」
「弱気になるなよ。俺たちが何とかしなくちゃならないんだ」
「そうだな。頑張ろう」
それより情報が少なすぎる。これだけで戦えってのか。くそっ!
カイルは苛立ちを隠すことができす、表情を歪める。
「大丈夫か、カイル」
「ああ」
ナックが声をかけてきたが、彼は無愛想に返してしまった。ナックはその様子をどうやらカイルがビビってしまっていると捉えていたようだ。
王都を出てから3日目の昼
軍はまだ平原を進んでいたが、進行方向に対して、少しずつ幅が狭くなり、両側には木々が生え、森になっている。
王都を出てから2日目までは順調だったのだが、3日目は……。
何か空気がおかしい。鳥たちも騒ぎ合っているし、森も静かだ。嫌な予感がする。
「そういえば今日モンスター合わねえな」
確かにそうだ。
ナックのその言葉に、カイルは心の中で同調する。
そのまま平原を歩いていると、
何だ?
突如、地面が揺れ始める。それに伴って、軍全体がざわめき始めた。
どうやら他の皆も異変に気がついたようだ。
「ゴゴゴゴゴォォ」という地鳴り音が耳元でざわついている。
「何だ?」
「何だこの音は?」
地面が揺れが激しくなり、全員が身をかがめ、四つん這い状態になる。馬が鳴き叫び、森の木々の葉が擦れ合って、パラパラという独特な音を奏でた。
「地鳴りだ!」
「うわぁぁ!」
「おおぉぉわ!」
「例のモンスターの仕業かっ!?」
大きい揺れにより、何人もがこけて、隊列が乱れる。
いや、ちょっと待てよ。
そんな状況でもカイルの頭の中は冷静だった。
例のモンスターが仮に四足歩行や二足歩行なら、「ドスッ、ドスッ」みたいな大きな足音が聞こえるはずだ。
でも、今聞こえているのは……。
次の瞬間、彼の後ろで爆発音のような激しい音が鳴り響き、後ろの中隊2つが消えた。
次回「14.フィラルゼ」




