7話
カリが七歳になった頃、水の攻撃魔術を使えるようになった。
「『水の神よ。その御体に、纏う水衣を、お貸しください。その御手から、滴る水を、御与えください。その水の圧で、我が前の 全てを 押し流し給え』」
カリは、溜め池のほとりに立ち、呪文を唱えた。
カリが掲げた両手から鉄砲水のような、大量の水が勢い良く放たれた。
その大量の水は、底浚いをするため空にしていた溜め池へと濯がれ、容量の半分ほどを満たす結果を生んだ。
七歳という幼い身にある魔央は、蓄えられる魔力が少ない。
カリは呼吸で空気中から、皮膚で浴びる太陽の光から、魔力を吸収して魔央に蓄えていく。
時間をかけて魔力を回復させてから、もう一度同じ呪文を唱え、水の攻撃魔術を放った。
この二回の魔術によって、溜め池は満杯になった。
カリが魔力を使い果たして眩暈を起こしていると、溜め池に水を溜める作業を監督していた大人の村人が近づいてきた。
「ふんっ。小作人の子だが、役に立つじゃないか」
その村人は面白くなさそうな呟きと共に、カリに固焼きのパンを一切れ差し出してきた。
カリが手を伸ばして受け取ると、村人の言葉が続いた。
「この場所で食べきれ。家に持って帰ることは許さん」
「えっ?」
どうしてそんなことを言われるのかと、カリは混乱した。
その様子を見て、村人は苛立った口調で言葉を放つ。
「お前の母親に渡されると、こっちが困るんだよ。あの、ろくでなしの怠け者にな」
母親を悪く言われて、カリは思わずカッと怒りが湧いた。
しかしすぐに、この村人の発言は仕方がないという、納得が胸に広がる。
カリの母親は、小作人だからと村人に辛く当たられることが多くなり、再び家で塞ぎ込むようになった。
今の境遇を悲観し、カリの父親の名前を口にしながら泣くのだ。
そうやって泣くのに忙しいため、畑の手伝いに出ることがめっきり少なくなった。それこそ、空腹に耐えきれなくなり、仕方なく畑仕事を手伝って食料を得るためにしか外出しないほどに。
そんな母親の行動を、外の視点から見ればどうなるのか。
畑仕事を毎日行っている農家からすれば、何日かに一回しか働かない怠け者に見えるだろう。
井戸端会議に精を出す女性陣から見れば、引きこもって会話に参加しない、薄気味悪い存在に見えるだろう。
そういった事情について、カリは村人から「母親をどうにかしろ」と直接文句を度々言われるため理解していた。
「……それじゃあ、有難くいただきます」
カリは貰った一切れの固焼きパンを口にする。
成長途上のカリは、多くの栄養を必要としている。
しかしその栄養を満たすほどの食料は、子供のカリが畑仕事や村の中の仕事を手伝うだけでは賄えない。
そのためカリの体は、こうして食料を口にできる機会があるにもかかわらず、ガリガリに痩せたまま。
カリが固いパンを唾液でふやかしながら時間をかけて全て平らげると、その様子を見ていた村人は用は終わったとばかりに去って行ってしまった。
カリは少しだけ膨れた腹を撫で、まだ満腹にはほど遠いなと侘びしさを抱く。
「この後は、どうしようかな」
神殿での練習を終えてから、溜め池に魔術で水を溜めたため、もうすぐ夕暮れになろうかという時刻だ。
普通なら、家に帰って寝てしまうべきなのだろう。
しかしカリは、泣き暮らす母親がいる家に帰りたいという気持ちにはなれなかった。
「魔力が空っぽだから、溜めてから帰ろう」
カリは溜め池のほとりに腰を下ろし、そして寝転がる。その状態で、呼吸と太陽浴とで魔力を集めることにした。
魔力が体に溜まるに従って、段々と眩暈が改善され、気分が良くなっていく。
そうして太陽が地平線に沈みきる直前で、カリの体に蓄えられる分の魔力を集めきった。
「これ以上はダメなんだよね」
さらに魔力を溜めようとすると、木の枝で叩かれたような痛みが体の内側から感じられた。
「痛たたっ。魔力を体に集めすぎると体が破裂するって神官様が言っていたけど、この痛みを堪えて魔力を集めなきゃいけないなんて、無理じゃない?」
カリは、神官の言葉は本当なのかを疑った。もし本当だとすると、どうして体を破裂させた人は、この痛みに耐えきってでもやりきったのだろうと、疑問に思った。
「まあいいや。死ぬ気なんてないんだし、考えるだけ無駄だよね」
カリは体を起こすと、あまり気が進まないものの、帰宅することにした。




