5話
開拓村の住民に、休日という概念は存在しない。
暇があれば、少しでも収穫量を増やそうと畑で働くし、畑仕事がなくとも小物作りに精を出すからだ。
そんな村人たちでも、唯一仕事を止めなければならない日がある。
それは、徴税官が村にやってくる日である。
村人総出で、徴税官を出迎えなければならないため、仕事をしてはならないからだ。
自分たちが汗水たらして作りだした作物。それを奪っていく者を、どうして総出で出迎えるのか。
それは徴税官に成れるのは、貴族だけであるから。
もっといえば、貴族は必ず魔法使いであり、魔法使いは魔術を使える戦士以上の戦闘強者だから。
もし貴族の癇に触れれてしまったら、単なる村人など簡単に殺されてしまう。
そういう事情があるからこそ、村人は総出で徴税官である貴族を出迎え、少なくとも殺されない程度には気分良く帰って貰う必要がある。
この日ばかりはカリの母親でも、どれだけ体調や気分が不良であろうと家から出ざるを得なかった。
そうした事情もあり、村人たちは一様に緊張した面持ちで徴税官を出迎えるため、村長宅の前で並んでいる。
やがて、開拓村に通じる野道より良い程度の街道に、新たな影が現れる。
道の上を、作物を回収するための荷馬車と共に、黒塗りの立派な箱馬車が走る姿。それを出迎えの列に並ぶ、カリの目でも確認できた。
やがてそれらの馬車は村に入ってきて、村の中央にある村長宅の前に到着した。
まずは箱馬車の御者が地面に降り立ち、箱馬車の扉を開けた。
その開け放たれた扉から、ずんぐりとした体型の徴税官が下りてきた。
歳の頃は三十歳ほどで、彫りの深い顔をしている。黒を基調とした仕立ての良い服を体に着け、手には真っ白な手袋をはめている。つばの付いた四角い黒帽子を頭に乗せ、左手には艶やかで深い茶色をしている杖。
そんな見た目の徴税官は、威厳ある態度を見せつけながら、村長を指してから近くに寄れと身振りした。開拓民などという下々に言葉をかける気がないという態度だ。
対する村長も成れたもので、静々と徴税官に近寄ると、作物の帳面を差し出しながら喋り始める。
「今年も例年通りの収穫量になりました。集めた作物も例年通り、我が家の蔵にて集めております」
恭しく頭を下げている村長。
だが、徴税官は帳面だけを見ていて、村長に一瞥もくれない。
徴税官は帳面を見終わると、手振りで荷馬車に乗っていた作業員五人を呼び寄せると、その内の一人の手に帳面を乗せた。
作業員たちは村長の蔵へ行き、帳面にある数字と蔵の中身が合っているかを確認し、税として取り立てる分の作物を運び出していく。
過不足なく税を集めた作業員たちは、次に手分けして村にある家々の扉を開けて中を確認していく。収穫を誤魔化し、家に隠していないかを調べるためだ。
我がもの顔で自宅に入っていく作業員の姿を、その家の住民たちは不安そうに見ている。
作業員たちは家屋を、そして畑に点在する小作人の家を調べ終え、戻ってきた。
「隠した収穫物は見当たりませんでした!」
作業員の報告に、徴税官は頷きを返した。だが次の瞬間、徴税官の顔が急にある村人の男性に向いた。
そして独り言のような声量で、村長に質問を投げかけた。
「おい。あの者の家はどこだ?」
「え、あ、はい! こちらでございます!」
村長は恐々と、徴税官が見ていた村人の家に案内した。
徴税官は家の前に立つと、家の屋根から地面へと視線を向けた。そして何かを呼び寄せるように、くいっと人差し指を曲げた。
その指の動きの意味がなんなのかは、すぐにわかることになる。
バキバキと何かが破断する音の後で、家の中から大袋二つが外に飛び出てきたのだ。
魔術のように不思議な現象ながら、一切呪文を唱えていない。
つまりこれが、貴族が使う魔法の一端に違いなかった。
そして、出てきた大袋が何なのかは、徴税官が詰問する口調を村長に放った内容で判明する。
「床の下に穴を掘り、そこに隠してあったものだ。これは帳面の勘定に入っているのか?」
「しょ、少々お待ちを!」
村長は作業員から帳面を返して貰うと、税で持ってかれた分と、倉庫に残っている分とを確認する。
そして悲痛な顔をしながら、徴税官の前に戻ってきた。
「帳面には載っていない分でございます」
「であれば、これも税として取り立てる。無論、不心得者には罰も与える」
そう徴税官が告げた直後、大きな悲鳴が上がった。
悲鳴の主は、作物を隠していた家の持ち主――先ほど貴族が目を向けた男性だった。
「ぎいいいやああああああああ!」
男性は悲鳴を上げながら、急に炎上し始めた体を地面へ投げ出し、どうにか消化しようとする。
しかし地面に倒れて転がろうと、火力が落ちることは一切なかった。
やがて炎上している男性の動きが緩慢になり、動かなくなる。体は燃やされて炭に、燃え尽きて白い灰になる。
貴族が使う魔法の恐ろしさを目の当たりにして、村人たちの顔色が青くなる。
もしかしたら、収穫隠しの罰の連座に、他の村人が巻き込まれる可能性があるからだ。
しかし徴税官は、仕事は終わったとばかりに、村人たちに背を向けて黒い箱馬車に乗り込んだ。
その馬車の閉じられた扉に向って、村長が地に伏せながら礼を口にする。
「寛大なご処置、ありがとうございます。このようなことがないよう、気を付けます!」
その村長の謝罪を聞いてか聞かずか、ともあれ箱馬車と荷馬車は村を去っていった。
そうして徴税官をやり過ごした後で、村長は焼死した村人の家族を糾弾し始めた。
「なんという馬鹿な真似をしてくれたんだ! 一歩間違えれば、いや徴税官様の機嫌が悪かったら、この村が滅んでいたところだぞ!」
「申し訳ありません! 今年生まれた子を溺愛する夫が、冬に飢えさせるわけにはいかないと!」
「知っていて隠していたお前も同罪だ! 畑と家を取り上げ、小作人にする! 畑も家も、別の者に与える!」
「そ、そんな! 真面目に働いて畑を守ります! だからどうか!」
縋る女性に取り合わず、村長は解散を命じた。
村長が小作人にすると判断した女性に対し、他の村人たちは冷たい目を向けてから立ち去っていく。
カリは、自分と女性の境遇が似通っていることもあり、せめて慰めの言葉をかけるべく近寄ろうとする。
しかしカリは母親に腕を掴まれ、そうできなかった。
「なにしているの。変えるわよ」
「でも!」
「余計な真似をしないで! 村長に睨まれたらどうするの!」
母親という大人に強く引っ張られてしまうと、六歳の肉体であるカリは抵抗できない。
結局女性を慰めることができず、カリの心に嫌な気分が残った。
そしてこの冬に、焼死した男性とあの女性との赤ん坊が寒さで死んだことを知って、さらに暗い
気分になった。




