25話
魔法使いになった夜が明け始めた頃、カリは生まれ変わった気分になりながら立ち上がった。
眩い光を放つ太陽。その光によって照らされて青く変わっていく空。
その空を漂う雲を見て、カリはふとやってみたいことができた。
それが出来ると思い、上空へと飛行『魔法』で飛び上がった。
上空高く進み、雲が流れる高度で止まる。
「へぇ。雲って、ふわふわの綿のようなものだと思っていたけど、湯気とか霧みたいに実体のないんだ」
ひんやりとした細かい水粒の感触を確かめてから、カリは視線を下に向ける。
そこにはカリが生まれ育った開拓村があった。
カリは今まで、開拓村には家も畑もあって広いと感じていた。
しかし上空から確認してみると、開拓村は平原の片隅にあるちっぽけな集落でしかないと感じられた。
視線を足下ではなく遠くへと向ければ、開拓村の何百倍もの広大な世界が目に入る。
「……村での扱われ方に、僕は必死に抗ってきた。けど、世の中がこんなに広いと知っていたら、村を捨てて別の場所にいく選択肢も浮かんでいたんだろうな」
カリは魔法使いになる前でも、攻撃魔術を幾つか使えていた。
それこそ、母親の所業の所為で、村人から手伝いを拒否されて食料を得られなくなり始めた頃でも、カリの魔術の腕前があれば、野生動物や魔物を魔術で倒しながら別の村や町に行くことができただろう。
その場合、逃げ出したカリを村人たちは笑ったかもしれないが、どうせ村を離れれば関係なくなる人達なのだから笑わせておけばいい。
カリは過去の自分を馬鹿らしい努力をしたなと感じつつも、その努力は無駄じゃなかったとも感じていた。
「母や村人たちが僕にしてきたことは許せないけど、魔法使いになるための試練だと思えば怒りも収まるってもんだ」
なにせ魔法使いは、貴族だ。
つまりカリも魔法使いになったからには、貴族の仲間入りを果たせる。
少なくともカリの認識では、それが道理だと感じていた。
しかしカリは村人の子で、貴族と接点がない。魔法使いになりはしたが、貴族のなり方はわからない。
「貴族のことを知ってそうなのは、村長――いや村長は、徴税官にぺこぺこしていたから、貴族のなり方なんて知らないだろうな」
では他に誰がいるだろうと考えて、村の外の知識を持っているのは神官ぐらいしか居なかった。
「そうだね。神官さまに聞いてみよう。魔法使いになったって報告もしたいし」
カリの人生で、神官は数少ない味方と言える人物だ。カリの話を聞かないという真似はしないだろうと思えた。
カリは上空から地上へと真っ逆さまに落ち、そして地面直前で急制動の後に着地した。そして神官がどこにいるかを、魔法使いになって新たにあ露わえた感覚で探す。
粉と化して周囲に散った、カリの魔央。それは時間が経っても周囲に漂っている。その範囲は、およそカリがいる場所から開拓村をすっぽりと覆うほど。
そして、その細かな魔央が存在する場所なら、カリは皮膚感覚のようか感触で把握することができる。
つまりカリは、開拓村のあらゆる場所の出来事を、瞬時に把握することが可能だ。
だからカリは知った。カリに濡れ衣を着せようとしたアフが、アフの実家の一室で呑気に寝息を立てていることを。
「なにもしていなかった僕が倉庫に閉じ込められて、濡れ衣という罪を犯したアフは家で寝てるなんて、不公平じゃないかな」
魔法使いは、魔法でなんだってできる。
だからカリが望んで実行すれば、溜め池のほとりに居ながら、アフを魔法で殺すことだってできる。
カリは思わず、そうしてしまおうかと思った。しかし感覚を通して感じたアフの『肉体的な弱さ』に、やる気が失せてしまった。
「簡単に殺せると思うと、いまやり返えそうって気がなくなるなぁ。それに、これからアフは罰を受ける身だ。僕が手を下さなくたっていいかな」
アフのことより、今は神官の居場所だと、カリは考え直す。
神官の居場所は、普段通りに神殿のようだ。
アフの事は放置して、カリは神殿に向って歩くことにした。
魔法使いになったからには、瞬時に神殿に移動することもできる。それができると、カリは感じる。
しかしカリは、魔法によって万全な体調に治した体で歩いてみたくなった。
「満腹の身体って、こんなに調子が良いものなんだ。体が軽いや」
魔法で健康体に治したいまの肉体よりも、食料が取れたり取れなかったりで痩せ細っていたときの体の方が体重は軽かった。
それなのに体が軽いと感じるなんてと、カリは人間の体の不思議さが面白くなる。
軽く感じる体を通じ、心も軽くなっているようで、カリは浮かれ気分で神殿へと進んだ。
そして神殿の中に入り、神官がいる場所――神殿の一画にある神官の自室へと足を向けた。
「神官さま、お話したいことがあるんです」
ドンドンと扉を叩きながら声をかけると、すぐに神官が扉を開けてくれた。
「昨夜、村長がカリ君が死んでやると言って倉庫から逃げたと言ってきたので、心配したんですよ。無事な様子で安心しました」
心配したと口で言っているわりに、さっきまで自室でくつろいでいた様子だったけどと、カリは疑問を持った。
でも、そんな疑問よりと、カリは自分に起きたことを神官に伝えることを優先した。
「神官さま。僕、魔法使いになったみたいなんです。ほら!」
呪文もなく、カリは手の平の上に火を出現させた。
それを見て、神官はとても驚いて目を見開いている。
「ど、どうやったのです?」
「どうって……」
ここでカリは、違和感を抱いた。
神官が驚いているのは確かなことだ。しかしその驚き方は、カリが魔法使いになったことに対して驚いているというより、カリが魔法使いになる方法を編み出したことに驚いているよう。
もっと明確にするのなら、カリは絶対に魔法使いになれるはずがないと、神官は思っていた。それなのに現実は違ったことに対して、とても驚いているように感じられた。
微妙な差ではあるものの、これがカリの中に神官へ明確な不信感を生む切っ掛けになった。
「神官さま? どういう意味ですか?」
カリが警戒心を込めて問いかけると、神官は取り繕った表情になる。
「いえいえ。魔法使いになる方法に興味があるのですよ。詳しい話を聞きたいので、中にどうぞ」
カリはつい先日まで、神殿の片隅で寝泊りさせてもらっていた。
そのときも、カリは神官の私室に入ることは許されなかった。
それなのに、カリが魔法使いになったと知った途端、私室に招いた。
それは魔法使いへの敬意からか、それとも別の意図があったのことか。
カリは訝しみながらも、拒否する理由がないからと、神官の私室に足を踏み入れた。
神官の私室の内装は、明り取り用の窓があり、机と椅子、本が詰まった本棚、そしてベッド。
本以外は清貧といって差し支えない見た目に、神官の住処っぽいと、カリは感じた。
その次の瞬間、急に後ろから首を絞められた。
犯人は、神官でしかありえない状況だった。




