23話
カリは、アフを含めた四人の子供に、冤罪を着せられるところだった。
その報告を、その事実が判明するまで何日も閉じ込められていた村長宅の倉庫にて、カリは村長から語って聞かされた。
事情を把握したカリは、その四人は馬鹿な真似をしたなと思うだけで、裁きは村長に任せる気でいた。
しかし村長からある願いを聞かされて、そんな気持ちではなくなってしまうことになる。
「……僕にありもない罪を被せようとした四人を、僕が許してなかったことにしろって?」
聞き違いかと質問すると、村長は申し訳なさそうな顔で返答する。
「その通りだ。どうか、この通り」
頭を下げて頼む村長に対し、カリは冷ややかな目を向ける。
「そんな道理が通ると思ってる?」
「無茶を言っていることは分かっている。しかし、必要なことなのだ!」
村長が語るところによると、四人の子供が問題だという。
その子供たちの家は、どれもが村の中では広い農地を守っている農家。
冤罪を被せることと放火の罪を子供が行ったと確定してしまえば、連座で家族全員に罰を与えないといけなくなる。一番甘い処置で小作人に落とし、一番厳しい処罰で一家全員を村から追放することになるという。
しかし今の時期は、畑の作物を育てる重要な時期で、その四つの家族を小作人にしたり追放したりすると、後の収穫に影響が出てしまうという。
「タダで許せとは言わん。その四家族には、生涯に渡って君と家族へ賠償を続けさせる。だからどうか、あの者たちの罪を減じる許しを出してくれ」
村長の勝手な言い分に、カリはとても腹が立った。
カリは今まで、色々な嫌がらせや迫害に耐えて生きてきた。
そんな生涯の中で、味方側に立ってくれたのは神官と戦士たちだけ。
神官と戦士たちにしても、手放しでカリの味方をしてくれたわけじゃない。魔術の練習を頑張っているから、もうすぐ戦士の一員になりそうだからという理由で、手を貸してくれた。
一方で、カリを罪を着せるためだけに、放火という犯罪を犯した四人の子供たち。
その子供たちは、親が広い畑を持つ農家だからという理由だけで、村長に守られようとしている。
自分と四人の境遇と扱いの差を受けて、カリは納得できない気持ちで一杯になる。
「知らないよ、そんなこと。罪を犯したら、それに相応しい罰で裁かれるべきだ。僕は、その四人を許したりしない」
「気持ちはわかる。だが意見を曲げてくれ」
「嫌だ。僕が村人から酷く扱われて苦しんだよりも、罪を犯した四人はもっと苦しむべきだ」
カリが頑なに拒否すると、その行動を予想していた様子で、村長はある人物を倉庫に入れてきた。
件の四人の家族の誰かかと、カリは予想したが違った。
入ってきたのは、カリの母親だった。
カリが神殿で寝泊りしたり倉庫に閉じ込められたりで日が経ったからか、母親の下腹には赤ん坊がいるとわかる膨らみができていた。
なんで冤罪や放火の件と無関係の母親を連れてきたのだろうと、カリは疑問に思う。
そんなカリへ、母親が喋りかける。
「村長さんの提案は、ありがたいものよ。カリが許すだけで、その四つの家からの賠償で、今後一生食べることに困らなくなるのよ。それでいいじゃない」
その言葉を受けて、カリが感じたのは母親への失望だった。
この倉庫に閉じ込められていた数日の間に、カリは誕生日が来て十歳になっていた。
倉庫にいる間は面会謝絶なので、母親が誕生日を祝う言葉をかけてくれることはないと理解していた。
しかし再開して最初に母親が口にしたのが、カリの立場を考えない、母親本人にとって都合の良い理屈を並べ立てるだけの戯言だ。
期待していた分だけ、その失望の度合は深い。
続けて感じたのは、母親の浅ましさに対する侮蔑だった。
母親が畑の手伝いをしなくて村人から食料を分けて貰えなかったり、カリが畑の手伝いをしても子供のおやつ程度の食べ物しかもらえなかったり、村人に疎まれて食料が手に入らなくなったから村の外で動物や野草を採ってたべたりと、カリは食べ物で大いに苦労してきた。
だからこそ、カリは食べ物は大事だと思っている。
しかし一方で、働かず食べ物を得ようとする行為に対して、多大な嫌悪感を抱くように育った。
その理由は、まさにカリの目の前にいる、実の母親の行状――働かずに食料を得るために、死んだカリの父親への愛を捨てて、カリの知らない男性と子供を作ったためだ。
母親には母親の事情があるだろうが、少なくともカリにとってはそれが真実であり、その行動を恥ずべきことだと年若いゆえの潔癖感から認識していた。
カリは母親に対する嫌悪感が積み重なり、思わず暴言を浴びせようと口を開きかける。
しかし実行する直前に、カリはあることを思い出した。
火の攻撃魔術を修めた日に、戦士になるのならと条件をつけられた、村長が語った内容をだ。
「ははっ。どうして母さんが、賠償の心配をするんだか。僕とは関係ない人なのに」
カリが笑いながら関係性を否定すると、母親は疑問顔になる。
「関係ないことないでしょう。だって――」
「僕が戦士になる際には、母さんと縁を切らなきゃいけないんだよ。そして賠償は僕とその家族に対して。家族じゃなくなる母さんには関係ない」
カリが理由を語って聞かせると、母親は聞いていないという顔になる。
横で二人の話を聞いていた村長も、色々と騒動が続いたことでその条件のことを忘れてしまっていたことに対して、顔を曇らせる。
カリの得意げな表情と、村長の失態を嘆く顔に、母親もその条件が本当だと理解した。
そして母親は、仮にカリが子供四人の罪を許しても、賠償が貰えないと知って怒りだした。、
「四つの家から賠償を貰えるのに、それを独り占めする気なの! そんなのズルいじゃない!」
「そもそも、僕はあの四人を許す気がないって、最初っから言っているんだけど?」
「それはそれで困るの! だってこの子の父親は」
母親が、口を滑らせたとばかりに、言葉の途中で口を閉ざした。
しかしそこまで言われれば、カリは後の言葉を察することができた。
「話題の四つの家のどれかに、その赤ん坊の父親がいるんだね。その事実を、村長さんも知っていたんじゃない?」
話を向けられた村長は、肯定も否定もせずに黙り込むことを選んだ。
だが母親は、カリへの怒声と共に、肯定の言葉を返した。
「そうよ! だからカリが許してくれないと困るの! だって、カリが許してくれなかったら、小作人のままか、もしくは村を追い出されるんでしょ! 赤ちゃんが生まれるのに、どうやって暮らしたらいいのよ!」
「知らないよ。頑張って働けば?」
「なんて冷たいことを言うの! あの日、あの人じゃなくて、カリが死ねばよかったのよ! あの人が生きていたら、私の言うことを聞いてくれたはずだもの!」
実の母親から死を望まれたことに、カリは自分のことながら思いの他に傷ついた。その上で、死んだ父親を引き合いに出しての暴言に、猛烈な怒りが湧いた。
カリの父親は、自分の家の畑で懸命に作物を育てながら 他の家の畑の手伝いもするほどの働き者だった。そうして懸命に働いていたからこそ、日の神に招かれて死んでしまったのだ。
母親が言うような、生活が楽になるのなら、他の家から賠償を喜んで受け取るような考えの人物じゃない。
カリは、死んだ父親の本質を歪めてまで――父親の死を冒涜してまで非難してくる、こんな母親と血がつながっている自分が許せない。
カリは怒りで煮えたぎった心のままに、母親に指を向ける。
「お前の魂胆はよくわかった。これから先、僕が生きている限り、その妄言を口にし続けるだろうってことが!」
特大の怒気を放つカリに対し、母親だけでなく村長までもが狼狽える。
「な、なに怒っているの! 聞き分けのない、カリが悪いんじゃない!」
「短気は損気だぞ。落ち着きなさい」
「うるさい! もうお前たちと話すことはない! あの四人は許さない! 賠償は受け取らない! 母とは縁を切る!」
カリは一気に駆け出すと、二人の間を無理やり通り抜けて、倉庫から外へ。その勢いのまま、村の畑がある方へ駆け出していく。
後ろから村長と母親の言葉が聞こえた気がしたが、カリは足を止めずに走り去った。




