20話
村人からの迫害に対策を講じているとはいえ、カリは九歳の少年だ。人からの悪意に晒されてしまえば、精神を平静を保つことは難しい。
その精神の揺れが魔術の練習に影響しているのか、あと一歩で火の攻撃魔術を修められそうなのに出来ずにいた。
それでもカリは、必死に精神を立て直しながら、魔術の練習を続けていった。
そんな一念が厳しい現状を貫いたかのように、ある日唐突に火の攻撃魔術が成功した。
「やった! やったぞ! これで僕は、戦士になれる!」
カリが両手を上げて歓喜の声を叫ぶと、拍手が聞こえてきた。
音を発しているのは、村の出入口を守る戦士だった。
「おめでとう。これで君も、俺たちの仲間だな」
最近は聞いたことがなかった、褒め言葉。
カリは、火の攻撃魔術の成功の嬉しさも相まって、感極まって目から涙がでてしまう。
しかし泣いている場合じゃないと、カリは目元を腕で拭って顔を上げる。
「僕、神官様と村長に、火の攻撃魔術が出来るようになったこと、伝えてくる!」
カリは急いで神殿へ戻る。
時間は朝から昼になろうかという日中だ。畑仕事中の村人がカリを見かけて、迫害を行おうと近づいてくる。
カリは、極まった嬉しさから普段以上の力を発揮できる状態になっていて、村人たちからの攻撃をすり抜けるようにして駆け抜けた。そしてその勢いのまま、神殿へと入った。
「神官様! 僕、ついにやりました!」
カリが大声で報告すると、魔術を練習中だった子供たちは邪魔者が来たという顔を向け、神官は優しげな微笑みを返した。
「カリ君、よくやりました。ですが、その確認をするのは、皆の練習が終わった後です。それまで、神殿の中で休憩していてくださいね」
神官に言われて、カリは子供たちの練習の邪魔にならない場所で、座って待つことにした。
あと少し待てば、昼になる。そして昼になれば、子供たちの練習は終わりだ。
カリは時が早く過ぎないかなと、嬉しい気持ちを抱えたまま待つ。
そんなカリに、アフが近づいてきた。
カリが村の外で魔術を練習するようになって、アフの姿を確りと確認する機会は少なかった。
改めて見ると、アフの体格はかなり大きくなっていて、九歳児――あと少しで十歳の身体とは思えない、もはや大人と遜色のない大きな体をしていた。
そんなアフは、座っているカリを面白くなさそうな顔を向けると、やおらカリの眼前に手の平を向けてきた。
待てと指示するような格好を見て、カリは何のことかと首を傾げる。
しかしアフの目的は、カリへの指示出しではなかったことすぐにわかった。
「『火の神よ。その御手に灯る火を、お貸しください』」
魔術の呪文。しかも文言も発音も完璧なもの。
カリはそう認識した瞬間、身体を横に投げ出した。
直後、アフの手の先に火付け用の魔術の火が現われた。その火がある場所は、避ける前までカリの顔があった場所だ。
「何するんだ! 危ないだろ!」
カリが苦情を言うと、アフはニヤけた顔を返した。
「俺は、魔術が使えるようになったのを見せてやっただけだぜ。それにこれは生活魔術だ。危険なことなんてないだろ」
ニヤニヤと悪意を隠さない顔での弁明。
アフはカリの顔を火傷させる気でいたことが、その態度からうかがえた。
カリが更に文句を言おうとするが、それより先に神官の声が神殿に響いた。
「はい、今日はこれまでです。皆さん、明日も魔術の練習を頑張りましょうね」
神官の解散の指示を受けて、子供たちは一斉に神殿から出ていった。
アフも神殿に居続けるいみはないとばかりに、外へと出ていく。
カリは、危険な真似をしたアフの背中を睨みつけていたが、すぐに神官へと顔を向けなおした。
「僕が火の攻撃魔術ができるようになったこと、確認してください!」
「確認し、私の名で村長へ向けて、カリ君が戦士の資格があると保証するわけですね。わかりました」
カリは神官と共に、村の外にある平原へと向かった。神官と並んで歩いているためか、村人たちはカリの姿を見かけても近寄ってこなかった。
そうして村の外へやってくると、神官が先に水の攻撃魔術を使って周辺を濡らしてから、カリが火の攻撃魔術を行使した。
一度成功してコツを掴んでいたからか、カリは今までの苦労が何だったのかというほど、あっさりと火の攻撃魔術を成功させた。
「はい。これでカリ君は、全ての属性の攻撃魔術を一つずつ修めたことが確認できました。このまま村長宅へと報告に行きましょう」
「やった! これで戦士になれるんですよね!」
「戦士の任命は、村長の役目ですので、私は保証することはできません。けれど、大丈夫だと思いますよ」
カリが神官と共に村長宅へ。そして神官は村長に、カリが戦士の資格を満たしたことを保証した。
「――ということで、カリ君を戦士にしていただけませんか」
神官の要求に、村長は難しい顔になる。
「決まりの上で決まっている通りに、そうしてはやりたい。しかし、その子には幾つか問題がある」
まさかの発言に、カリは驚いてしまう。
「僕の問題って、なんですか?」
「第一に、年齢が九歳と幼い点だ。戦士は命をかけて村を守護する者だ。その幼い身の上では、役目を果たせない疑いが拭えない」
カリは思わず、もうすぐ十歳になるし、動物も魔物も倒した経験があると言い返そうとする。
だが、神官が肩を掴んでカリの発言を止めた。
まずは村長の言い分を全て聞くべきだという意味だと察して、カリは口を噤んだ。
「第二に、君が村人たちを恨んで良そうだという点。君は母親のとばっちりで、村人から虐められていた。そんな君が他の村人よりも高い身分となる戦士となり、その高い身分を笠に着て、君が虐めをやり返すかもしれない。戦士の役目は動物や魔物から村を守ることであって、村人に報復することではない。魔物に襲われている場面に出くわしたのに、君が消極的な判断から見捨てた場合でも、他の戦士たちの信用にも関わる」
迫害をしてきたのは村人側なのにと、カリは理不尽さを感じた。
だが村長の言い分を全て聞くべきだと思って、まだ口を開かずにいた。
「第三に、君の母親だ。戦士となった者の家族を、村長として良く扱わないといけない。その家族をないがしろにして戦士に不満を持たれたら、先ほど語った第二の点のように、その戦士が村を守ってくれなくなるかもしれないからな。しかし君の母親は、小作人になってからロクに働かなくなり、更には他に一つ大きな問題を持っている。知っているかね?」
「詳しくはないですけど、大まかには」
「では詳しく説明はしないが、その大きな問題が村で大問題になっている。そんな者を、戦士の家族だからと優遇しては、村の秩序が保たれなくなってしまう」
以上の三点から、カリを戦士に任命することを躊躇ってしまうのだと、村長は語った。
それならと、カリは案を出すことにした。
「僕は動物や魔物を殺した実績を持っています。なので戦力や心意気が不足しているとは思えません。僕が村の人達を害しないことと、僕が母親と縁を切ることを宣言すれば、どうですか?」
「戦士としての資質と、母親との縁切りをしてくれる点は分かった。しかし村人を害しないと宣言するだけでは、納得できまいよ。人は宣言を裏切れる存在だからな」
「じゃあ僕は、戦士になれないってことですか? 魔術の習得を、こんなに頑張ったのに?」
村長は、難しい顔で黙り込む。そして深く考えた後に、カリが戦士として認める条件を出した。
「母親と縁を切ることと、十二歳になるまで戦士見習いとして働くことを条件にする。これを受け入れてくれるのなら、戦士身分になることを許すが、どうする?」
「戦士見習いって、なんですか?」
「戦士階級でありながら、村人と同じ身分の高さの者という意味だ。身分の高さを揃えれば、村人からの反発は少なくなる。そして見習い期間を経て信用を積めば、村人が君を見直すようになる。母親と縁を切るからには、村人から君へ下される評価は、君の行いだけを反映したものになる」
「十歳から十二歳までの二年間で、僕は村人からの信用を勝ち取って、大手を振って戦士になれってことですね」
カリと村長の話がまとまりかけたところで、村長宅に村人の一人が駆けこんできた。
「村のすぐ外の平原が火事になっている! きっと、その子供の魔術の所為だ!」
その村人の発言に、カリと神官は揃って、そんなまさかという顔になる。
カリが火の攻撃魔術を平原で使ったのはその通りだが、先に神官が水の魔術で周辺を濡らして延焼しないような措置を行っていた。
だから村人が言いにきたように、火事が起こるなんてことはありえない。
カリと神官が驚きから固まっていると、村長が指示を出した。
「戦士たちに、水の魔術で消化するように伝えろ! そっちの二人も、消化を手伝ってもらうぞ!」
村長に言われて、戦士は総出で、カリと神官も手伝って、平原の火事を鎮火した。
そして火がでた原因を調べるためという事情で、カリは村長宅にある倉庫に身柄を拘束されることになった。




