19話
カリが神官に状況を伝えて助けを求めたところ、神殿での寝泊りを許してくれた。
「カリ君ぐらいの歳になると、親のやる事に反発したくなることは、よくあるのです。お母さまには私からお伝えして置きますので、気持ちが落ち着くまで神殿で住んでかまいません」
神官の言い分は、カリの心情を的確に把握しているとは言えない者だった。
しかしカリにとって、あの家に帰る必要がないという点だけで満足だった。
この日からカリの生活は、朝に神官に挨拶をして火の攻撃魔術の呪文を覚え直すと、他の子供たちが神殿に来る前に村の外に出て魔術の練習を始める。そのまま夕暮れまで外にいて、畑仕事をするひとが居なくなった頃に神殿に戻るようになった。
人とのかかわりを最小限にしたお陰で、子供たちの嫌がらせや、大人たちからの冷ややかな視線を浴びることが無くなり、快適に日常を送れるようになった。
しかし、このカリの行動を、村人たちが知らないというわけではない。
カリ一人だけ周りと違う行動をしていることを知って、村人たちは噂を流し始めた。
「あの恥知らずな女の子供だ、まずは身の程を弁えさせたほうがいい」
「あの女の子供が攻撃魔術を使えるなんて、恐ろしくってたまらない」
「火の魔術を学んでいる最中なんだろ。止めさせるべきだ。こちらを逆恨みして、村に火を着けられたらたまらない」
村人たちは口々にカリを悪く言いだし、その噂が本当だと認識していく。
やがて村人たちはカリのことを、村の邪魔者だと判断するようになった。
あの母親の子供だからと倦厭するのではなく、邪魔者のカリを積極的に排除しようと動き始めたのだ。
村人たちは、カリに対する不審と不安を村長へ陳情した。
しかし村長の反応は鈍かった。
「そのカリが、お前たちに何か悪さをしたのか? 少し前まで、手伝いを積極的にしてくれて助かると、そう口にしていただろう?」
「だけど村長! カリは、あの女の子だぞ! あの父親が誰ともわからない子を身ごもった!」
「その母親とて、罪を犯したと決まったわけではない。目合をした相手が判明し、それが既婚者でない限り、不義には当たらん。つまり村長としてカリに問える罪がないということになる。で、他の罪があるのか?」
「そ、それは……」
「個人的には、不気味な子が恐ろしいという、お前たちの気持ちはわからんではない。しかし村長の立場としては、罪のない者に罰を与えることはできん。そんな真似をしたら、逆に村長を解任される理由になってしまうからな」
村長の説得を失敗したため、村人たちは神官へ話をつけに行った。
カリが母親のいる家に帰らず、神殿で寝泊りしていることを、村人たちは知っていたからだ。
しかし神官の反応は、村長とは違った意味で、取りつく島のないものだった。
「世俗の罪を人に問うことは、神官の身には関係のないことです。出来ることはありません」
「神官さまは、あの子供の親代わりになっているのでしょう! なら!」
「いいえ。私はあの子に、寝床を貸しているにすぎません。それも、魔術の練習をちゃんとやることを条件にです。その約束がなければ、私はあの子を保護しませんでした」
「それはつまり、あの子供が魔術を練習するのを、止める気はないってことか?」
「神官の役目は、人々に広く魔術を広めること。カリ君が魔術を練習するのを後押しこそすれ、押し留めるなど、役目に反します」
村の中で一番の権力者である、村長。村の外からきた権威者である、神官。
その両方から何もできないと言われてしまったことで、村人たちが正式にカリを罰することはできなくなった。
だが村人たちが私的に制裁すること――見かけたカリを、殴りつけたり、蹴り飛ばしたりたりを、その二人は止められない。
もちろん延々と殴ったり蹴ったりすれば、村長や神官が止めにくるかもしれないことは、村人たちだって理解している。
だからカリを殴ったり蹴ったりするのは、一度の機会に一発だけで済ませる。もし見咎められても、ついうっかりや、気持ちが抑えきれなかったと、言い訳が立つようにだ。
そんな使いを受けるようになったものの、もうこの頃にはカリも嫌がらせされ慣れ始めていた。
村の外から神殿へ戻る道順を固定せず、日によって道を事で、村人たちの待ち伏せを回避する。
もし村人に見つかっても、来た道を走って引き返し、村の出入口まで戻る。ここまで追いかけてくる村人は稀だし、もし追いかけてくる人であっても、村の外まで出ようとする人は居ない。肉食動物や魔物に襲われる可能性を感じて尻込みするからだ。
そうやってカリが涙ぐましい対策を講じながら、日々を暮らしていく。
そんなある日のこと、カリは道の上に人影を見つけた。
カリは逃げようと身構えるが、その人物が誰かを把握して、逃げるだけは止めることにした。
「母さん。なんでこんなところに、いるんだよ」
カリがぶっきらぼうに質問すると、彼の母親は傷ついた顔を返してきた。
「なんでって、カリが皆さんに迷惑をかけているって教えてもらったのよ」
母親の言い分に、カリは怒りが湧いた。
「迷惑だって? 朝に神殿で起きて、そのまま村の外で一日中魔術の練習をしている。そんな僕が、何の迷惑をかけたっていうんだ!!」
カリが怒声を放つと、母親は言うことを聞かない子に癇癪を起こす態度になった。
「知らないわよ! とにかく、皆さんの言うことを聞きなさい!」
「言うことを聞けだって? 違うだろ。大人しく殴られて蹴られてろって言えよ!」
「皆さんがそうするからには、カリが悪いに違いないの! その扱いを受け入れるの!」
カリは、母親に対しての失望が積み上がっていく気持ちになった。
それと同時に、母親は自分の味方ではないと強く感じ、反発心が湧いた。
「嫌だね。僕は火の攻撃魔術を学び終えて、戦士の身分になるんだ。誰が何と言おうと、誰がどんな嫌がらせをしてこようと!」
決意の宣言をしてから、カリは自分から母親に近づく。
二人の距離が段々となくなっていく。
母親は、カリの態度に腹を立てた様子で、力づくで言うことを聞かせようと腕を振り上げる。しかし正義は自分にあるという態度で近づいてくるカリに、段々と恐れの感情を抱き始める。
母親は手を上げた状態で固まり、カリは気にせずに近づく。
二人の距離がゼロになり、そしてカリは母親の横を通り過ぎた。
カリはそのまま神殿へと歩を進ませていき、母親は上げていた手を力なく下ろして地面にへたり込んだ。
「もう、なんなのよ!」
自分が世界で一番の被害者であるかのような声で、母親は嘆いて泣き始めた。




