18話
戦士の助言を受けて、カリは自身の母親の動向が気になるようになった。
カリの今までの認識では、母親は家に閉じこもるか畑の手伝いに出ているかの生活を送っていた。
しかし、違うのではないかという意識で見ると、母親に不審な様子があった。
家に閉じこもる際にも、畑の手伝いに行く際にも、何回に一回程度の頻度で身綺麗にしている様子があったのだ。
以前子供の一人に言われた、カリの母親は男性と仲良くしているという言葉。そして母親が真面目に働かなくても飢えていないのは、その男性から援助を受けているんだろうという、カリは予想していた。
つまり、その仲がいい男に会うときだけ身繕いしているのだろうと、カリは母親の行動を判断した。
だが、カリの状況が激変したのは、つい最近の出来事である。
母親と男性が仲良くしているのが原因なら、あの子供に言われた前後から変化していないと道理が通らない。
ということは、その件とは別で、母親は何かやらかしたのだろうか。
カリは真実が分からずにモヤモヤとした気分を抱えたまま、母親の件は棚上げすることにした。
なぜなら、村人からの嫌がらせが日を追うごとに度合を増していき、いよいよ迫害の域に達しようとしているからだ。
カリは火の攻撃魔術を修めることに集中し、一刻も早く戦士の身分になるべく努力することにした。
カリは村人から手伝いを申し込まれる機会がなくなったことをいいことに、朝に神殿に顔を出して神官から火の攻撃魔術の呪文を確認してもらって修正課題を貰うと、すぐに村の外に出て練習を開始する。
村の外は、他の村人がやってこないため、カリにとって安全な場所だ。
もちろん野生動物や魔物がやってくる危険はあるが、その危険が起こる頻度は低い。
それに攻撃魔術一発で倒せる動物や魔物であれば、それはカリの食料になるだけでしかない。
しかし下手に食料を得ても、村人から難癖をつけられて奪われてしまうことがある。
そこでカリは、獲った日に食べきれる分以外の肉を、戦士たちと取り引きしてパンと交換した。そのうえで、パンは戦士の詰め所に取り置きしてもらった。
流石に村人も、カリの食料だからという理由で、戦士の詰め所に盗みに入ったりはしない。もしカリの物と間違えて戦士の物を盗んだりしたら、戦士たちから報復で暴行を受けるし、村の戦力を害したと村長から厳しい罰が課される可能性だってある。
そんな危険を侵すぐらいならと、村人たちはカリのパンを奪うことを諦める。
しかし、そういった用心をカリが重ねる度に、村人たちからの嫌がらせが酷くなっていく。まるでカリを屈服させようとしているかのように。
「母さんが原因なら、どうして僕にあたるんだ……」
泥水をかけられた顔を手で拭いながら、カリは愚痴を口にしつつ夕暮れに家に戻った。
家の外で水の生活魔法を使って泥汚れを落し、濡れた服を絞って水けをきってから、家の中に入った。
するとこの日、普段とは違う家の中の光景があった。
母親以外の誰かがいた、というわけではない。
ただし、普段はないものがあった。
それは、村の作物で作られた料理。すっかり冷めているように見えるため、作ってからかなりの時間が経っているようだ。
その料理は器に入った状態で、寝床に横になっているカリの母親の脇に置かれていた。
母親は、カリが家に戻ってきたことに遅まきながらに気づいたようで、傍らの器に目を向けてから目を伏せる。それは、見つかってはいけないものを見られてしまった、という反応だった。
カリは母親のその様子から、あの料理は母親と仲良くしているという男性が持ってきたものだろうと直感した。そして今までは、カリが帰ってくる前に料理を食べ終えて、素知らぬ顔でその事実を隠してきたのだろうと理解した。
カリが食料を手に入れる手段を持っていなかったら、この事実に大いに起こったことだろう。なんで一人だけ食べているのかと。自分の分を残してくれても良かったじゃないかと。
しかしカリは今まで、飢えないぐらいには食料を得ていた。今も野生動物の肉が主になっているものの、飢え死にするほどには食料に困っていない。
だからカリは怒りはしなかった。
そんなカリの態度に、母親は安堵から息を吐き――やおら口を押えた。
「う゛ッ」
吐き気を堪える呻き声に、カリは慌てて介抱しようとして、直感的に身を強張らせた。
カリの年齢は九歳。もう一季節過ぎれば十歳になる。
この年齢になるまで開拓村で暮らしていれば、毎年どこかの家庭で子供が生まれる環境もあって、女性の気分が急に悪くなる理由に思い至る判断力が育っていた。
そしてそのためには、どういう行為が必要なのかも理解していた。
しかしカリには、分からないことがあった。
女性が子供を身ごもるのには、夫となる男性が必要だ。しかし母親は、父親を失っている。
だから母親の腹に赤ん坊が生じるはずがない。
その合わない理屈を、カリの頭脳が勝手に保管した。
『仲良くしている男性』が、その夫の役割をしたんだと。
そう分かった途端、カリに母親に裏切られたという気持ちが湧いた。
(父さんのことが忘れられなくて、父さんを失った悲しみで仕事に身が入らないならって、そう思っていたのに!)
母親は、失った父親への想いを守るのではなく、食料のために父親がいた席を他人に売ったのだ。
カリはそう理解して、母親を憎悪した。それと同時に、村人たちの態度が急に変化した理由を理解した。
母親とある男性が仲良くしているだけのときは、村人たちは一時の気の迷いかもしれないと温かい目で見てくれていたのだ。
だが母親が子供を作るという一線を超えてしまった瞬間、村人たちは慈悲を捨てたのだ。
そして開拓村において、ある人の罪はその家族にも波及する。前に税を誤魔化した男性が処刑され後、その家族が農家から小作人の身分の落されたみたいに。
つまり母親の罪によって、子であるカリにも、村人からの罰がやってきたのだ。
そういった諸々の事情を知っていたから、戦士がカリに少しでも早く戦士身分になれと助言したのだ。カリが戦士となって家から独立すれば、母親の罪は母親にだけに適応されるようになるから。
カリは残酷な現実を知って、母親に真実を問うことなく、濡れた服を手にしたまま家から飛び出した。母親のやったことが気持ち悪くて、同じ空間に居たくなかったのだ。
しかし家を飛び出してしまえば、カリには帰る場所はない。
村人からは疎まれているし、寝床として潜り込めるような空き建物は村には存在しない。
そんなカリが頼れる先は、神官が暮らす神殿か、戦士の詰め所か。
既に戦士には、度重なる恩を受けている。これ以上頼ることは、カリには躊躇われた。
「まず神官様に聞いてみよう。ダメだったら、詰め所にいこう」
カリは神殿へ歩を向けた。




