16話
カリが火の攻撃魔術を練習するようになってから、村の外で練習しているため、神殿にいる子供たち――特にベティやアフに関連する事態とは距離を取れている。
しかしカリが外で一人でいることで、幾つかの困った事態が起こっている。
一つは、カリを狙って近づいてくる、肉食の野生動物や魔物たち。
「『土の神よ。その御手に、握りし、石の槍を、お貸し、ください。その御目にて、我が敵の姿を、御映し、ください。その威光でもって、彼の敵を、貫き給え』!」
呪文の詠唱が完成し、石の槍を投射する魔術が発動。一匹だけで近づいてきた、はぐれ野犬。その胴体に石の槍が命中し、絶命させた。
「ああもう。魔力を溜め直さないといけないじゃないか」
カリは呼吸と太陽浴で魔力を集める。火の攻撃魔術を練習しているのに、魔力不足の状態では意味がないからだ。
そんなカリに、村の出入口を守っていた戦士一人が近づいてきた。
「その犬、村の中に持って行って処理するぞ」
「いや。魔術の練習がしたいんだ」
「既に一度試して、文言や発音間違いで発動しなかったんだ。聞き直して覚え直さないと、何度やたって無駄だぞ。それにほら、戦士になったら、動物や魔物の解体はやらなきゃいけない業務の一つだ。いまの内に慣れておくべきだろ」
戦士からの説得を受けて、カリは仕方がないと村の中に戻ることにした。
そして野犬の解体を教わりながら行っていると、他の村人が近づいてきた。
「カリは解体の練習中か? なら、それ終わったら畑仕事の手伝いをして欲しいんだ」
唐突な申し出に、カリは顔を曇らせる。
「まだ魔術の練習する時間なので」
「カリは真面目だな。だが心配するな。魔術の練習なんて、誰も本気で取り組んでないからな。練習をサボったぐらいで文句を言ってくるような奴はいない。むしろ畑仕事を手伝ってくれたほうが喜ばれるってもんだぞ」
問答無用といった雰囲気に、カリは解体を終えたら手伝うことを約束するしかなかった。
この解体や畑仕事の手伝いように、カリが一人でいることを良いことに、村人たちから用事を頼まれることが多くなってきた。
これが、困った事態の二つ目だ。
そして、この村人起因の困った事態は連鎖する。
頼まれた手伝いを終えたところで、また別の村人に呼び止められてしまうのだ。
「カリ。こっちの手伝いをしてくれ。ちょっと雑草を抜くだけだ」
「カリちゃん。これ運んでくれないかしら。今日は腰が痛くてね」
そんな頼みを果たすと、食料という報酬が貰える。
身体が成長中のカリは、食料はいくらあっても足りないぐらい。
今日の火の攻撃魔術の練習は既に失敗しているという言い訳もあり、ついつい頼まれごとを引き受けてしまいがちだ。
手伝いの報酬は、カリの母親の態度と仕事ぶりを村人たちが問題視しているため、家に持ち帰ることは出来ない。そのためカリは、食べ物を貰う端から食べきるしかない。
とはいえ、報酬として渡される食べものは、子供のおやつ程度の少ない量。
全て食べきっても、身体の成長や手伝い中の運動で消費する分があるため、満腹にはならない。
そんな手伝いをやっている間に、今日もまた魔術を練習する時間が無くなってしまった。
カリは、明日こそ練習時間は火の攻撃魔術を練習し続けると決意する、何時ものように。そして毎度毎度、なんらかの要因が起こって、その決意が実現されることがない。
ともあれ、そう決意を新たにしたカリに、更なる困った事態が近づいてきた。
それは、練習時間が終わって神殿から解放された、子供たちだ。
子供たちはカリを見つけるや、口々にカリへ不満をぶつけてきた。
「ずっこいぞ! 一人だけ神殿の外で遊んでるなんて!」
「魔術の練習してないなんて、ズルだぞ!」
子供たちの視点から見れば、カリは最初に神殿に顔をだしたら抜け出していく存在にしか見えない。
そして子供たちの思考では、神殿の外に出たら遊ぶか親の手伝いをするかしか選択肢がない――もっと言えば、神殿を抜け出している不良は遊んでいるに違いないという論法を立ててしまう。
もちろん神官は子供たちに、カリがどうして一人だけ神殿の外で練習を許しているのかの説明をしている。
しかし子供たちは、神殿で練習しなくて良いという部分だけを把握し、特別扱いはズルいとしか考えない。カリと同じ立場を得ようとするのなら、火の攻撃魔術以外の魔術を修めればいいなんて考えはないのだ。
カリも、不満を言われる度に説明していたのだが、子供たちに聞く耳がないと知ってからは対応放棄を選択した。
そうしてカリが言い返さないことを良い事に、子供たちは調子に乗って暴言を口にし続ける。
そんな状態でいると、近くを通りかかった村人が子供たちを怒鳴りつける。
「こら! なに油を売ってるか! 神殿での練習が終わったら、家に帰って仕事を手伝わんか!」
子供たちは怒られて「ひゃ!」と悲鳴を上げると、それぞれの家へと戻っていった。
そして怒鳴った村人は、今度はカリへと顔を向ける。
「お前、暇だな。暇なら手伝え」
その村人は自宅に引き返すと、カリにパン一切れを手渡した。
手伝いの報酬を先払いするのは、あまりないこと。
カリが渡されたパンを咥えながら不思議そうにしていると、村人が不満げに鼻息を吹く。
「ふんっ。手伝いをさせた後で、お前に渡す食べ物を家に取って帰るのも面倒だ。それに、お前は仕事に手を抜かんからな。先払いした方が面倒が少ない」
つまるところ、先に報酬を払っても、カリならちゃんと働くと信用してくれたらしい。
カリは、先ほど助けてくれたし、そういうことならと、村人の仕事を真摯に手伝うことにした。




