14話
九歳になる少し前に、カリは闇の攻撃魔術を習得した。
闇の攻撃魔術の効果は、広い範囲に暗闇を発生させ、その内に入った者の活力を減少させる効果だった。
範囲の広さは同じぐらいとはいえ、眩い光を生み出す光の攻撃魔術に比べ、闇の攻撃魔術は凶悪度合が高い。
その凶悪さの高さがあるからか、ただでさえ難しい闇の魔術の呪文を更に難しいものになっていたようで、それがカリが習得する障害になっていた。
「これで、あと一つ。火の攻撃魔術を修めれば、僕は戦士だ」
目標まであと少し。
そう意気込んで、神官に火の攻撃魔術の呪文を教わった。
カリはここまでの攻撃魔術の呪文の取得で、呪文の正確な文言と発音の重要さを強く認識していた。
だからカリは神官に、付きっ切りで呪文の精査をして欲しいと頼んだ。
しかし神官からの返事は、思いがけないものだった。
「申し訳ありませんが、それは出来ないのです。カリ君の他にも、攻撃魔術を学び始めた方がいるのです。その方は学び始めたばかりで、より多くの手助けが必要なのです」
「その人って、誰のことなんです?!」
「ベティさんですよ。六歳で生活用の魔術を修め終え、攻撃魔術の練習に入っています」
その話を聞いて、カリの胸に反発心が生まれた。
「神官様も、村長の娘だからって依怙贔屓する気なんですね」
カリが強い口調で非難すると、神官はゆるゆると否定の振りを返した。
「それは違います。神官である我が身の役目は、多くの民に魔術を教え広め、そして実行させることです。カリ君はもう既に、多くの魔術を修め、そして実行し、もはや熟練の域です。我が身の役目を考えるのならば、カリ君を手助けするよりも、まだ魔術を成功させていない方や、新たに攻撃用魔術に挑戦する方を優先せざるを得ないのです」
村長の娘だからという理由ではないと語られたことで、カリの反発心は小さくなる。
「でも困ります。僕は、火の攻撃魔術を使えるようになって、戦士になりたいんです!」
「カリ君、焦らないことですよ。貴方はあと数日で九歳になりますが、その年齢で戦士まであと一歩な状況は十分早いんです。そもそも村の戦士は、この神殿での練習を卒業した後で練習を続けた者がなるものなのですから」
状況の説明を受けても、カリは納得できない気分のままだ。
すると神官は、カリの肩に優しく手を置いた。
「火の攻撃用魔術の練習をしてはいけないというわけではありません。ですが事前にお伝えしてあった通り、火の攻撃用魔術は村の外、外壁から出た場所でやらなければなりません。どの道、私が付いて指導することはできないのです」
「……火の攻撃用魔術を練習する際は、成功できる確信がなくても、先に水の魔術で周囲を濡らしておく必要があるんですよね」
「その通りです。もし火の魔術を成功させた際に、うっかり平原を燃やしたりしないよう、用心しておくのです」
「分かりました。あ、もしかして僕は、これから先、神殿に来る必要がないってことですか?」
「それはダメです。まず神殿に来て、私に習得状況を教えてください。その際に呪文についての質問も受け付けます。その後で、村の外に向ってください」
神官からの説得を、カリは受け入れた。
この次の日から、カリは一人だけ村の外に出て、火の攻撃用魔術の練習をすることにした。
まずは水の攻撃用魔術で、練習場所に決めた場所の周辺を水浸しにする。その後で、呼吸と日光浴で魔力を取り込み、身体の魔力溜まりである魔央に痛みを感じるまで満杯にした。
この魔央に感じる痛みは、不思議なことに実感する度に痛みが減っていっている傾向があった。
しかし、魔央を満杯以上にしようとした途端、最初に感じたとき異常の痛みが襲ってきた。
「痛たたっ。魔央の容量が増えたから痛みが鈍くなったってわけじゃないんだよなぁ……」
魔央の仕組みの不思議に、カリは首を傾げてから、火の攻撃魔術の練習を行った。
神官から教わった呪文を口にする。
しかし、一度聞いて初めて実行した呪文は、やはり間違っているようで、掲げた手から魔術の火が噴出することはなかった。
カリは一度で成功するだなんて思っていなかったので、二度目の練習に入ろうとする。
しかしここで、この練習の問題点に初めに気付いた。
「これ、呪文のどこが間違っているか、練習の最初の方はわからないじゃないか」
正しい文言と発音で呪文を唱えることができて、初めて魔術が発動する。
魔術が発動しなければ、その文言か発音かが正解でないという証明になる。
しかしどの文言や発音がダメだったのかは、魔術の失敗からでは分からない。
つまり魔術の発動が失敗し、その何処がダメだったのかを自覚出来ないうちは、村の外と神殿とを往復する必要がでてくる。
「あーもう。神官様が意地悪しているわけじゃないとは分かっているけど」
神官の役目が多くの民に魔術を修めさせることであるからには、既に魔術を多く修めているカリより、魔術を発動できていない子供たちの練習に比重を置くべき。
その理屈はカリも理解していたが、火の攻撃魔術の習得に要らない手間をかけさせられている点は、承知しにくいものがあった。
しかし愚痴を口にしたところで、カリが火の攻撃魔術を使えるようになるわけではない。
カリはぐっと不満をのみ込むと、村の外から神殿へと戻ることにした。
結局、その道を二往復しただけで、この日の魔術練習の時間は消費されてしまった。




