10話
カリは神殿で魔術を学ぶ際は、真剣かつ真面目に取り組んでいる。
それは戦士になるという目標を実現させるためだ。
だから、他の子供たちがベティと仲よくしようと試みている中で、常に一人だけ練習に没頭している。
いわば、一人だけ別のことをしているように、傍目から映る行動をとっていた。
その唯一違う人物という点が、ベティが他の子供たちと仲良くなり終えた後に興味を移す結果を招いた。
「ねえ、あなた。何て名前なの?」
ベティから唐突に声をかけられて、カリは驚きと共に顔を向ける。
「僕のこと? 僕はカリだ」
「そう、カリっていうの。ねえ、カリ、見てて」
ベティに言われて、カリは何をするのだろうと見つめる。
ベティは手を前に掲げると、生活魔術の呪文を口にし始めた。
「『水の神よ。その御体に纏う水衣を、お貸しください』」
一単語ずつ切りながら唱えるカリとは違い、まるで神官が口から出したかのように、ベティの呪文は滑らかだった。
それでいて、発音も単語も完璧だった。
当然呪文が完璧なら、魔術は成功する。
ベティが掲げた手の先から、一口分の水が発生し、地面へと落ちていった。
「どう、できたわ!」
ベティは、胸を張って自慢げにする。
その幼い可愛さから、思わずカリの顔に微笑みが浮かぶ。
「ベティの歳で魔術を発動できるなんて、ちゃんと出来て偉いよ。あと発音が上手だね」
「そうでしょ!」
カリが本音で褒めると、ベティは更に嬉しそうな態度になる。
そして、その態度のまま、動きが止まった。
「…………」
「…………」
カリは、ベティが何か言葉を待っていることは分かったが、褒め終わった後で何を言うべきかが分からなかった。
一方でベティは、欲している言葉が来ないからか、段々と嬉しそうな態度から不満げな様子に変わっていく。
やがて不満さが一定値を突破したようで、ベティは詰まらなさそうな表情になった。
「ふんっ。もういい。ばいばい」
「ああ、うん」
ベティはカリから離れると、取り巻きたちの元に駆け戻っていった。そして取り巻き立ちから、なにやら慰めの言葉をかけてもらっているようだった。
カリは、それらの光景を見て、いまのは一体何だったんだと首を傾げる。
事情が分からずにいると、ベティを取り巻く人の輪から、アフが出てカリに近寄ってきた。
そしてアフはカリを強く押してから、文句を言ってきた。
「おい。小作人のクセに、ベティちゃんを悲しませるなんて、立場をワキマえろよ!」
弁えるの意味を知らずに使ってそうな、アフの言葉遣い。
カリは、その点は指摘せずに、アフに対して質問することにした。
「僕が悲しませたって? 悪い言葉は口にしていないけど?」
「お前は、ベティちゃんを褒めなかっただろ! だからベティちゃんは悲しんだんだ!」
「いや、褒めたよ。魔術が上手だねって」
「それだけじゃ足りんだろうが!」
「……足りないって、他に何を誉めろっていうんだよ」
「そりゃもちろん、ベティちゃんの可愛さだったり、賢さだったり、色々あるだろ!」
苛立ったアフが、再びカリを小突いてきた。
カリは身体に痛みを感じながら、なんだその理由はと呆れてしまった。
(そこを褒めるのを待っていたのか。それを察しろって、無理があるでしょ)
内心で文句を言っていると、アフが鼻息荒く宣言してきた。
「やっぱり小作人はダメだな。ベティちゃんには、お前に近づかないよう言っておかないとだな」
正義感からの言葉のようでいて、アフが足取り軽くベティの元に戻る姿から、カリの存在を下げることでアフへのベティの覚えを良くしようと画策していると分かる。
カリは、魔術の練習の邪魔にならないのなら、何でもいいやと対応を放置することにした。
この決定が、後々の厄介に繋がるとは思いもしないまま。




