9話
村長の娘のベティが魔術の練習に加わってから、しばらく経った。
ベティに気に入られようとする熱意で、子供たちは次々と生活用の魔術を学習していった。
だから今では、子供たちの殆どは魔術を一つは使えるようになっていた。
「わたしも水の魔術、使えるようになったの。ベティちゃんとお揃い!」
「まだベティちゃんが使えない魔術、使えるようになったぜ」
「えー! すごいすごい! 見せて!」
和気藹々と魔術の練習をしている、ベティとその取り巻きたち。
その輪から外れている形で練習を続けているのは、カリの他にもう一人いた。
それは魔術の呪文詠唱が苦手な、アフだ。
アフは子供たちの中で一番大きな体躯を丸めながら、必死な顔で呪文を口にしている。
「『火神。その手の火を、お貸しください』――ああ、クソ!」
苛立たし気に舌打ちをしてから、アフは何度も何度も呪文を唱え続ける。
やがてアフは一度も呪文が成功しないことに腹を立て、人の輪から外れて絡みに行きやすいカリか、ベティに感心を向けられている取り巻き立ちに苛立ちを向けるようになるのが、最近の傾向だ。
今日も今日とて、アフは同じことを繰り返した。
「なんで小作人のクセに、攻撃魔術が何個もできんだよ、てめえは!」
アフが怒声を上げて、カリの胸倉をつかんできた。
痩せっぽちで軽いカリの身体が、アフの腕力に吊り上げられ、足先が地面から浮いてしまう。
カリは息苦しさに顔を顰めているが、その顔に恐怖はない。
アフがカリにあたっているのは、カリに対する怒りではない。何度やっても魔術が使えないことと、好きなベティに見てもらえない悔しさからだ。
そんなアフの気持ちが分かっているからこそ、カリは恐怖を抱く必要がないと分かっているのだ。
「僕を釣りあげて怒鳴っても、魔術を使えるようになんてならない。そんな時間があるなら、魔術の呪文を唱えるのに使えよ」
カリが正論をぶつけると、アフは顔を真っ赤に変える。その顔色の変化は、小作人の子供という底辺者から指摘を受けた怒りなのか、はたまた真っ当な指摘をくらって恥じたからか、それともその両方か。
なににせよ、アフは赤い顔をしながらカリを投げ飛ばした。
「うるさい! 見てろよ! 魔術を使えるようになってやるんだからな!」
どすどすと足音を立てて、アフは神官に正しい呪文を再度教えて貰いに行った。
カリは投げ出された体を地面から起こすと、服に付いた土埃を叩き落としつつ、その叩く音に隠れる声量で呟く。
「僕だって、簡単に呪文を唱えられているわけじゃないんだぞ」
愚痴を口にしてから、カリは練習中だった魔術の呪文を唱え始める。
「『光の神よ。その御頭に、浮かびし光輪を、お貸し、ください。その光キにて――』――発音を間違えた」
カリはすかさず呪文を唱え直す。
「『光の神よ。その御頭に、浮かびし光輪を、お貸し、ください。その光輝にて、我が目前を――』――単語間違いだ」
カリは間違えた部分を正しい言葉で何度も練習してから、再び呪文を唱える。
既に何個も攻撃魔術を修めているカリが、こう何度も呪文を失敗しているのにはわけがある。
その理由は、光の魔術と闇の魔術の呪文は、なぜか他の属性の呪文に比べて使われている単語とその発音が難しい傾向にあるから。
どうして難しくなっているかは、魔術を教しえいる神官でも、昔からそういうものだという認識しかないという。
ともあれ、単語とその発音が難しいからこそ、光および闇の攻撃魔術を修めるのが、戦士になるための関門となっている。
いまカリが修めていない攻撃魔術の系統は、光、闇、そして火。
その三つなら、習得難易度が低い火を先に学べば良いのだろうが、そうもいかない。
この開拓村では、火の攻撃魔術は必ず最後に習得しないといけないという決まりがあるからだ。
なにせ火の攻撃魔術は、大変に危険だ。
殺傷能力だけでなく、延焼能力があることが、最大の危険点。
不意に火の攻撃魔術が成功してしまい、村の建物や畑に引火したら目も当てられない惨状を巻き起こしてしまうことになる。
そんな事態にならないように、火の攻撃魔術を修める練習は、神殿内ではなく、村の外で行わなければならない。
村の外は野生動物や魔物が跋扈していて、咄嗟に攻撃魔術を放てる人でなければ危険な場所だ。
そういう事情が複合されて、火の魔術は必ず最後という決まりになっているわけだ。
カリは、戦士になるためには必要な試練だと奮起し直し、再び光の魔術を唱え始めた。




