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2-33奮闘した悪役令嬢の集大成⑥

 陛下から「さあ、こちらへ」と呼ばれ、シャロンと壇上の中央に並ぶ。

 名前を述べて一芸でも披露するかと思えば、悪い想像が頭を過る。

 私たちの前にある小さな机に、瑞々しい真っ赤なバラが一本ずつ置かれている。至って普通のバラが。

 もしかして、これを「ジェムガーデンの花だと言い張るのではないか」と固唾をのむ。大抵私の悪い予感は当たる。そういう星の元だから。


「それぞれの聖女候補に、私自らがジェムガーデンの花を摘んできた。我こそが聖女と名乗り出たのであるから、その聖女の呪文が分かるのだろう。観衆の前で、奇跡を見せてもらう」


「承知いたしました陛下」と、すまし顔のシャロンが反応する。一方の私は無言を貫く。


 無理、無理、無理。チカチカ光っていないバラは、明らかに偽物。私がバラへ「恋蛍」と唱えたところで光るわけもないが、シャロンの花もしかり。


 陛下から「さあ、それではハロック男爵令嬢から」と促されたシャロンは、恭しく陛下に会釈をする。

 そして、ゆっくりとバラを手に取り、そのまま顔を近づける。

 その動作一つ一つが、大袈裟な程、神聖さを感じさせるため、会場中に一切の雑音はない。唯一聞こえるのは風の音くらいか。

 極め付きは、神へ祈るような仕草を見せれば、「しばしの眠りを」と、呟く。

 すぐ隣にいた私にしか分からない、微かな声で。

 だが、魔法の発動はそれで十分だ。


 晴れた日中だというのに、シャロンが真上に付き上げた手元は、壮大な光を放つ。

 背後にそびえたつ厳粛な大聖堂の雰囲気と相まって、神々しい輝きが周囲に広がった。

 もう何度となくこの光を目の当たりにした私でさえ、まばゆい光に目を瞑る。


 いかさま。間違いない。これは、陛下主導で貴族たちに聖女の存在を印象付ける謀略だ。

 この式典。シャロンが一人でやっても、後で「いんちきだ」と物申す者が登場しかねない。

 それならば、高位貴族の私が当て馬にもってこい。そんなところか……。


 光の目撃者となった貴族たちが、ようやっと目を開き、目の前で起きた不思議な現象に対して、耳をつんざく歓声と拍手をあげる。


 シャロンの足元を見れば、無数のゴミが落ちている。この神聖な場所に。


 おそらく乾燥したバーベナを手で粉砕したのだろう。風で飛ばされれば証拠はなくなるが、誰かに眠りの魔法がかかりかねなない軽率な行動。全くもって危険だ。


 良識ある判別が付かないシャロン。そんな彼女が、他人に干渉できない甚大な力を手にされるのは、国が崩壊する。


 観衆の声援が少しずつ落ち着いてきたタイミングを見計らい、陛下が告げる。

「ハロック男爵令嬢はバラを光らせる奇跡を見せてくれた。では、バーンズ侯爵令嬢も」と当然のように促される。

 ふと、横を見てブライアン様と目が合った。苦悶に満ちる表情は、息も苦しそうなほど辛そうな顔をしている。

 ここに私が来るとは、今の今まで知らず、兄と秘密裏の計画が進行していたのだろう。

 でも、こうなった以上、私がしでかした事は、しっかりとけりをつける。


 この花に触れてはいけないと思う私は、陛下へ言葉を返す。

「この花は偽物です」

「私が式典に用意した花だぞ」

「本物のジェムガーデンの花であれば、チカチカと僅かな光がわたくしには見えます。ですが、わたくしの目の前にある花。そして、今しがた光ったと思わせた、お隣の花も、わたくしには輝きは見えませんもの。陛下がご用意なさった花は、偽物でございます」


 小さな缶に入ったバーベナをブライアン様へ見せた時。僅かに感じた言葉の違和感。私には当たり前のように光って見えていた。それを、この人生一度も疑ったことはない。


 だが、もしかして、私以外の人は、光が見えないのかもしれない。それに賭けてみる。


「バーンズ侯爵令嬢は、私が式典に用意した花が偽物だと言いたいのか」

「そのとおりでございます」


「ご令嬢は、不敬な物言いをするな……。私は神聖な式典に偽物など用意しない。言いがかりを付ける前に、まずは、試してみてはどうだ。そうでなければ、バーンズ侯爵令嬢は、呪文が分からず、不満を言い始めたとしか思えんぞ」


「何と仰られても、わたくしは主張を曲げませんわ。偽物は偽物。それ以上の物ではありません。呪文を唱えたところで、光らないのは明白な事実でございますから」


 壇上に冷たい空気が広がる。横で、肩をピクピクと上下に動かし、笑いをこらえるシャロン。

 目の前の貴族たちが囁き始め、突き刺さる視線が向けられる。

 もはやこれまでか……。

 諦めようかと思いブライアン様を見ると、彼の騎士服に幾分余裕がある。

 決してぶかぶかではないが、いつもより少しだけ、ふくらみが足りない。胸の辺りや、二の腕の辺りが。領地へ私を迎えに来てくれた彼の身体より、いささか少年の体になっている。……あっ。


「嘘でしょう……そんな」

 気付いた途端、私の胸を強く押しつぶす感覚が襲う。苦しくて、胃の奥から苦いものが込み上げる。

 ……彼の変化の原因。それは、今となってはこの場に偽物を用意せざるを得ないバラに違いない。

 こうしている間にも、じわりじわりと彼の命が消えていく。

 彼の些細な変化に、私以外、気付いていないかもしれない。


 いいえ、彼自身は分かっているはずだ。だから、私に会いに来なかったんだ。

 私が間近で彼を見れば、少しの変化でも察知できる。彼は、私に気付かれないまま、何かをしようとしていたのか。悪知恵の働く兄と共に。


「そうですか。私をのけ者にした罰は、一生かけて償ってもらうから」


 今は、陛下直々にちょうだいした私の演戯の時間。存分に生かしてやる。そう思う私は、大声を張り上げる。


「馬鹿ね……。わたくしがあなたをお助けするのに、他の犠牲を惜しむと思っているのかしら。わたくしの愛を甘く見過ぎよ。男に二言は許さないから。一緒に地獄まで付き合ってもらうわよッ!」


 私が大惨事を起こしても、兄なら父と母を路頭に迷わせることはない。お得意の知恵でも使って、亡命でも図ってくれ。後は知らない。

 どうやっても、一番大切な彼には変えられないから。


 これまで随分と遠回りをしたが、今、私の背後にある聖女の実を逃せば二度とチャンスがない。

「それなら最短の手段に出るまでよ」


「……バーンズ侯爵令嬢は何をしている」

 どすの効いた陛下の低い声が響く。何を言われようが、もう知るかッ!


 そして、一際大きく叫ぶ。兄から教えられたあの言葉を。



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