2-31奮闘した悪役令嬢の集大成④
派手好きのお母様の影響で、ドレスには少々目ざとい私は、目利きに長けていると自負する。
その私が一目見て、自分のクローゼットにあるドレスを遥かに超える、最高級品だと感知した。
ライトグリーンのドレスに施された白い繊細な刺繍や、スパンコールがキラキラと輝き、一際存在感を植え付ける。
どう見ても、着てくる場所はここではない盛装姿だ。
だがそれよりも、彼を呼び捨てにしたのは容認できない。
「ブライアンですって? シャロンの立場でその呼び方は失礼よ。訂正なさい」
「いやよ。あたし、もうすぐ王族になるもの、どうでもいいじゃない」
「やっぱり。サミュエル殿下の婚約者はシャロンだったのね」
「そうよ、今ごろ分かったのぉ~愚図ね。あたしね、ジェムガーデンに聖女の実を見に行くのよ。明日の式典のためにね。サミューも今ここへ来るわ」
「シャロンには聖女の実は渡さない。あなたほど信用ならない人物はいないもの」
「人聞きが悪いわね。あたしほど、この世界を熟知している者はいないわ。ふふっ、あなた湊でしょう。第二幕へゲームを進める事もできなかったくせに、偉そうに言わないで。今更、悪役令嬢には何もできないでしょう」
「ゲームを知らなくたって関係ないもの」
「それ、負け惜しみって言うのよ。アリアナが余計なことをしてくれたおかげで助かったわ。本来ならサミューの王籍が剥奪されるのに、そうならないんだもの。ぜーんぶ、あたしのためにしてくれたのね。キャハッ」
そこへ、「待たせたね」と言うサミュエル殿下が現れ、シャロンの腰に手を当てる。
そして、私に気付いたサミュエル殿下は、うんざりするくらい爽やかな笑顔で頬笑んだ。
「バーンズ侯爵令嬢。領地で会った以来だね」
「ごきげんようサミュエル殿下。偶然お目にかかれて光栄ですわ」
彼を知っている身としては、会いたくもない存在。それでも淑女として、略式のカーテシーで体面を取り繕う。
「サミュー、アリアナがあたしには聖女の実を渡さないって言うのよ」
「そうなの? じゃあ、明日の式典にバーンズ侯爵令嬢も出るといいよ。まあ、無理には勧めない、君が望むなら、だけどね」
「わたくしには、その提案の趣旨が分かりかねますが……」
「難しい話ではないよ。明日は、この国の聖女を選考するために、貴族たちの承認を得る式典だからね。この国にとって、国民からより承認を得た女性を『聖女に選出する』のは、当然だと思うけど」
殿下の挑発的な口調に何かあると感じつつも、ものは試し。話にのってみるか。
どっちみち後で、ブライアン様か兄の見解が聞けるだろう。それでいい策が出てくるかもしれない。
「それでしたら、わたくしも立候補させていただきますわ」
「自分の比較対象がいる方がいい」と、キャッキャッと喜ぶシャロン。彼女は魅了の力に自信があるのだろう。
それでも、男爵家の娘に負けるような家名ではない。順当に考えれば勝てる。
「承知した。僕から陛下に伝えておくけど、バーンズ侯爵令嬢は随分と自信があるようだね」
「ええ、シャロンには負ける気がしないものですから」
「そうか……」
「サミュエル殿下は、婚約者のシャロンへ『聖女の実』を授けたいと存じますが、もしも、殿下のお望みの結果にならなくても、撤回なさらないでくださいませ」
「おや? バーンズ侯爵令嬢は何か勘違いをしているのかもしれないけど、明日、聖女として選ばれた者を婚約者として発表する予定だからね。僕の婚約者は、シャロンと決まった訳じゃないけど」
「そのようなことは、聞いておりませんわ!」
私の顔を見て、シャロンは嬉しそうに笑っているが、私の心臓はドックンドックンと激しい音を立てる。
ゲームの黒幕は、どっちに転んでも自分の妃が聖女になる算段なのか。
とてつもなく嫌な予感しかしない。私が勝ったとしても、彼を廃位できなければ……私は……それは無理。
「お言葉ですがサミュエル殿下。それでは話が違います」
「キャハッ。アリアナは何を言っているの? 違わないわよ。昨日、貴族たちに知らせがあったでしょう。あなたのご自慢のお父様にもあったはずよ」
「そうだね。知らないと言われてもね」
「ですが、父は今不在ですから」
「なぁに~。アリアナは今の事だって何も知らないのぉ。嫌なら無理に参加しなくてもいいのよ。偶然ブライアンをたらし込んでも、それ以上は無理よ。嫌われ者の悪役令嬢には荷が重いでしょう。あたしと違ってね」
「は! 出るわよ。あなたには負けないことを証明するから!」
にやぁと笑ったシャロンに挑発されて、勢いあまって乗ってしまった。
だけど、私は独りじゃないし、ブライアン様に相談すれば、よい知恵を拝借できるだろう。
「うふふ。では、ご機嫌よう悪役令嬢さん」
得意気に髪を揺らすシャロンは、二人で仲良く去っていく。
彼らの向かった先にジェムガーデンがあるのか……。
聖女の実を手にしようとすれば、いつだってできるのに、シャロンが無理やり奪わないのは、なぜだろう。
「あー。やっと話が終わったじゃん」
と言ったザカリーが、近くにある木の枝から降りてきた。
「隠れているのが見つからないか、冷や冷やしたわよ。あれ? そういえばどうして一人で隠れているのよ、ブライアン様は?」
「うーん。仕事が忙しくて会えないって。聖女ちゃんに会えないのを悔しがっていたけどな」
「酷い。私と仕事、どっちが大事なのよ!」
前世のドラマで耳にした言葉。当時は「比べるものじゃないでしょう」と思っていた台詞が口をつく。
「彼に相談できると見込んで、二人の胡散臭い誘いに、啖呵を切って返事をしてしまったのに、まずいわ」
「大丈夫じゃない、聖女ちゃんなら。俺、聖女ちゃんがあんたじゃないと困るし、良かったじゃん」
「ねえ、お兄様はどこにいるの? ここに連れてきてよ」
「セドリックは絶対に無理じゃん。あの庭は入れないからな。いつ出てくるか分からないし無駄だって。それに、今の二人が庭にいるだろう」
「うぅ〜。確かにそうだわ。仕方ないからもう帰りましょう」
手の震えが止まらない。
とんでもない事に、首を突っ込んだ気がするんだけど、大丈夫かな。
いや、何とかなるわよ。きっと、夜にブライアン様が来てくれるから。そう願うことにする。






